第12章 旅立ち 終焉
奈緒はやっと遅い昼休みを取り
携帯を開いた。
「あ、お兄ちゃんからだ」
開いてみると
「奈緒、急な話で申し訳無いんだが、来週から2週間ほど海外に行こうと計画してる。都合が付けば一緒にどうかと思って」
旅行の誘いだった。
「かーーーっ!行きてぇーーー!」
「どこに行くの?2週間は流石に休めないけど、休みが取れたタイミングで合流したい。一旦、会社に申請してみるね」
返信したものの奈緒は仕事を任されているポジションだ。
あぁ…休みを取れるか問題。
「悠人、行きたい所決まったか?」
「パパ、僕、お城を見てみたい!ほらコレとか」
「イギリスかぁ。悠人、センス良いじゃん」
「あと、これ」
「ハワイかぁ。去年行ったんだよな」
「うんっ!楽しかったの覚えてる」
「イギリス1週間、ハワイ1週間いくか?」
「いいの?パパ」
「いっつもパパは忙しくて家にいない事が多いからさ。折角の休みだ。思いっ切り旅しようぜっ!」
「パパー」
「奈緒も、もしかしたら来れるかも知れないぞ」
「なぁちゃんも?」
「そうだ。仕事の都合も有るから、まだ確定じゃ無いんだけど」
「一緒に行けたらいいね、パパ」
「そうだな」
湯船に浸かりながら徹は考えていた。
悠人から幼稚園での出来事を聞き出すか。
それとも言ってくれるまで待つか。
ただ、母親が亡くなった事は伝えないといけない。
どのタイミングで、どう伝えるか…
旅行中に言おうか…
いや
旅行中は楽しい思い出にしてあげたい。
答えが出なかった。
出発前日
「よし、これで準備完了」
「うんっ」
「悠人のコロコロバッグは小さいから
何入れる?」
「僕はスケッチブックと色鉛筆!それとコロちゃん」
子犬のぬいぐるみのことだ。
いつも一緒に寝ているせいか、旅先へも持って行きたいのだ。
「じゃあ、明日起きたら忘れないで入れないとだぞ」
「うんっ」
徹と悠人、祖父母たちはイギリスへ旅立った。
奈緒は後からハワイで合流する事になった。
徹は奮発をしビジネスクラスに乗った。
「悠ちゃん、広々してて気持ちいいねぇ」
祖母が言うと
「僕の席にバァバも座れる位、広いね!」
「お手洗いに行きたくなったら、直ぐに教えてね」
「うんっ」
悠人は靴を脱いで座っていた。
後ろに居る祖父母の方へ振り向いたり
徹の腕に絡んだり、お喋りをしたり
楽しんでいるうちに寝落ちした。
脇澤百枝は太田を家から締め出した日に
携帯や荷物を見た。
「何?この鍵」
弥生の部屋の鍵が入っていたのである。
「キーホルダーとかマジでキモいんだけど。何が“ようちゃん“よ」
キーホルダーは太田の呼び名になって居たのだ。
「あいつ、あのババアの部屋を自由に出入りしてたってこと?」
「くれてやるよ、あんな男」
太田は行く当てが無く
財布にも千円と小銭しか入っておらず
公衆電話から弥生へ電話をした。
「もしもし、ようちゃん?さっき、変な女の人がようちゃんの携帯からかけて来たの。同棲してるとか、結婚するとか。本当なの?」
「携帯落として使われない様に、さっき携帯会社へ電話したとこなんだけど、既にイタズラ電話が行ったんだね」
「携帯落としたの?さっきホテルから出る時は持ってたじゃない」
「そうなんだよね。どこで落としたんだろう…」
「ねえ?同棲してるの?他の人と結婚するの?」
「同棲もしてないし、結婚の予定も無いよ」
「私は、アナタの何?」
「え?」
「え?って何?」
「改めて言うまでも無いだろうってこと」
「ようちゃん…」
「携帯落として落ち着かないんだ。君の顔を見て落ち着きたい。行ってもいい?」
「ようちゃん。構わないわ。バッグにこっそり部屋の鍵を入れたの気付いた?」
「え?」
ヤバい。百枝が見たら…
「うふふ。まだ気付いてないみたいね。その鍵で入って来て。待ってる」
「分かった、これから向かうね」
ダメだ。
弥生の部屋へは行かない方が良いな。
今日は車で寝るしか無い。
だが結局は、弥生の部屋へ向かった。
ピンポーン、ガチャ
「いらっしゃい。待ってたわ」
弥生の部屋へ入る姿を百枝は見ていた。
「ふんっ、結局ババアのとこに行くんかよっ!」
数日後
百枝は弥生の部屋のリビングに居た。
「私の顔、見覚えありませんか?」
「…。ごめんなさい」
「悠人君が通ってたスイミングスクールで受付しています」
「まあ!そうだったんですね。ごめんなさい気付かずに」
「いつからですか?」
「え?」
「太田とです」
「何故、答えなきゃならないのかしら?」
「電話で言いましたよね?同棲中で結婚も近々するって」
「あ、あの電話はイタズラ電話…」
「んなわけ無いですよね。太田に何を言われたのか知りませんが私たち結婚するんですよ」
「彼は同棲もしてない、恋人は私だと言ってます」
「何、訳わかんないこと言ってるんですか?
なら、太田に部屋へ行きたいって言ってみてくださいよ。断られますから」
その時、電話が鳴った。
「もしもし、ようちゃん?今、受付の方がいらっしゃってるの。お付き合いしてるって。同棲してるって。本当なの?」
百枝は弥生から受話器を奪い
「もしもし?なんでアンタが電話寄越してんの?。ごめんなさい、もうしませんって私に言ったのは嘘な訳?もう、本当に終わりだね」
受話器を切った。
「川島さん、太田なんか、くれてあげますよ。あんなクソ男。お邪魔しました」
なんで弥生の部屋に百枝が居んだよ…
車じゃ寝づらいから、弥生の部屋は
都合の良い宿だっただけなのに。
弥生の気持ち利用して楽に布団で寝たかっただけだったのに。
弥生の部屋まで来るなら、俺を追い出すなよ!
太田は百枝の言っている事と、やっている事の違いに腹立たしさと
「結局、俺の事が好きなんじゃん」の
自惚れた思いが交差していた
俺は弥生なんか正直、居なくなればいいと思っている。
百枝を失いたく無い。
百枝は俺が、どうにか言えばそばに居てくれる。
太田は弥生の部屋へ出向きチャイムを鳴らす。
出て来た弥生は太田に抱きついた。
「ごめん、離れてくれない?」
「ようちゃん…」
「中、入っていい?」
「あ、うん」
「ようちゃん、何か飲む?」
「いや、要らない。直ぐ帰るから」
「帰るって?」
「あの、君は僕の本命では無いんだ。ただの遊び相手」
「え?何言ってるの?」
「だから、どうして君が僕の本命だと思ったのか分からないけど、君は遊び相手に過ぎないんだ」
「言わなくても分かるだろうって言ったじゃない!」
「言わなくても遊び相手だと分かるだろう。の意味だ」
「携帯無くして落ち着かないからわたしの顔見て落ち着きたいって」
「百枝に追い出されて金も行く当ても無かったから、口からでまかせを言ったんだ」
「ひどい!私、離婚までしたのに」
「僕は、一言も結婚しようだの、一緒に居たいだの言った事はない。僕の知らない所で離婚しようが何しようが正直、君は遊び相手のままだ」
「あの子が好きなの?」
「当たり前に、普通に大切な存在だ。君との事でゴタついてるけど結局、僕が帰る場所は彼女だ。結婚もしたい。彼女との未来しか考えてない」
「君だって、子供の居る良い大人だ。一回りも年下の僕と結婚出来ると思って居る事がズレてるよ。若いのと遊べただけラッキーと思って欲しい」
「ひどい!」
弥生は激昂し手当たり次第に物を投げつけた。
「痛っ!何すんだよ!このクソババア!」
「私の人生って返してよ!」
「は?結婚するなんて一度も言ってないのに自分で勝手に勘違いしただけだろうが!俺がいつ好きだの愛しているだの言ったんだ!俺に何も言われても無いくせに勘違いしてんのは誰だよ!」
太田は言うだけで言って部屋を後にした。
「ひどい!ひどい!ひどい!」
弥生は言いながら狂った様に頭を壁や箪笥に叩きつけた。
流れる血を見て
「あはは!流れてる」
「見てよ、ようちゃん…。アタシ、血も涙も流れてるの」
やがて力尽きた様に寝転び、天井を見上げた。
「見てよ……私を……」
弥生はそっと目を閉じた。
そして、二度と目を覚まさなかった。




