第11章 沈む心 浮かす努力
「お世話になっております。川島悠人の父ですが、お名前を伺うのを母が失念しまして。お電話する様にと言付かったのですが」
「悠人くんのお父さんですね。担任に変わりますので少々お待ちください」
「はい」
「お電話変わりました。担任の木崎です」
「いつも悠人がお世話になっております」
「とんでも無いです。お家での悠人くんの様子が心配で」
「今朝は珍しく元気が無く、食事も進みませんでした」
「そうだったんですね。お休みだし昨日の事も有って悠人くん大丈夫かなと思いまして…」
「昨日の事と仰いますと?」
「はい、実は昨日、園庭で遊んでいる時に
大勢のお友達の前で悠人くんのお母さんの事を言った子が居て泣いてしまったんです」
「そんな事が有ったんですね。
お恥ずかしい話ですが、仕事で帰りが遅いもので悠人が起きて居ない時は
朝食時に話す程度でして」
「おばあちゃまにも話している様子は無かったですか?」
「はい、多分…」
「幼稚園での悠人くんは本当に優しくて、お昼を食べ切らないと遊べ無いのですが、中には食べるのが遅い子が居たりします」
「はい」
「悠人くんは食べ終わってても遊びに行かず、待っててくれるんです。一緒に遊びたいから待ってるーって」
「そうなんですか」
「はい。何に対しても、こぼれてしまうお友達を掬いあげて、みんなと同じだよって雰囲気を作ってくれるんです」
「これは、我々大人がやると慰めに見えてしまう部分です。子供同士だとそうは見えません」
「誰かしらが悠人くんの優しさに救われています」
「全く知りませんでした」
「お父様が知らないのは恥ずかしい事でも何でも無くて、悠人くんの性格が自身の自慢になる様な事を口にしないからだと思います」
「おばあちゃまが作ってくれたお弁当の話などは、きっと自慢気に伝えてると思うんですよね」
「あのう、先生」
「はい」
「悠人はお友達の前で母親の事を言われたと仰ってましたが、どの様に言われたのでしょうか?」
「大人ですら耳を塞ぎたくなる様な内容です」
「はっきりと仰って頂けませんか?」
「えっと…」
「悠人の親として、どうケアをするか、その為にも私には包み隠さず仰って頂けると助かります」
「えっとですね…」
「はい」
「色ボケババア、変態ババア。だから殺されたんだ。と」
「沢山の園児の前でですか?」
「はい」
「あれだけ優しい悠人くんの心は1日2日では傷が癒えないのでは無いかと心配しています」
「悠人くんへ暴言を吐いた子と、その親には園から厳重注意をさせて頂きました」
「まあ、他人の口に戸は建てられませんから。
早かれ遅かれ、言われてしまうだろうと覚悟はして居ました」
「それと聞いてしまった子は自分の親にアレコレ聞くでしょうし、二次被害ではないですけど、それによって派生して更に言われるかも知れないとも覚悟しておりました」
「ご覚悟されていらっしゃったんですね」
「はい。ただ、今のままで悠人が幼稚園へ行っても楽しく過ごせない様に思っています」
「こればかりは正直、蓋を開けてみないと分からないです。ただ、今日の時点では子供達は何も言ってませんでした。悠人くんのお休みを心配していました」
「そうですか…」
「先生、申し訳ございませんが当分の間、お休みさせてください」
「幼稚園へ来づらくなりませんか?」
「先のことより今は悠人をケアしたいです。ケアをした後に幼稚園へ行きたいか、どうかを本人に決めさせたいです」
「承知しました。園で出来る協力は惜しみませんので何か有ったら、仰ってください」
「有難うございます」
徹は電話を切った。
悠人……
辛かったよな……
可哀想に。
徹は仕事をある程度片付け
翌週より有給休暇を取った。
「ただいまー」
徹は何事も無かったかの様な振る舞いで言った。
「パパ、お帰りなさい」
「悠人、起きてたか。眠くないか?
大丈夫か?」
悠人は幼稚園を休んだ事で徹に迷惑を掛けたと思い、殊勝な態度でいた。
「じゃーんっ!悠人、これ」
海外旅行のパンフレットが悠人の目の前に数冊置かれた。
「パパこれって?」
「うん。海外の海って青いだろう。綺麗だな」
「山もなんか凄いよな!」
「海と山、どっち行きたい?両方でもいいぞ」
「パパ…」
「ようやく仕事が落ち着くんだ。パパが頑張ったご褒美でお休み貰える事になったんだ。折角の休みだから旅行どうかなって。悠人どうだ?」
「うん!行ってみたい!」
「だろう!行こう!」
「ジィジとバァバは?」
「勿論、みんなでだ」
「あら、私たちまで?」
「ああ。折角だから行こうよ」
「お父さん、嬉しいわねぇ」
「徹に旅行のプレゼントされるとはな」
「悠人、ジィジは英語が話せるんだ。言葉が分からない時はジィジに助けて貰えるぞ!」
「ジィジ、凄い!」
「そうか?あははは。ジィジは仕事で随分長く海外生活してたからなぁ。でもバァバは全く話せないんだ」
「じゃぁ、バァバと僕は話せないチームだね」
「あらっ、悠ちゃん。バァバだって少しは話せるわよっ」
「悠人、バァバの少しは本当に少しだ。ハローくらいだ」
祖父が言う。
「なーんだ、バァバは結局、話せないチームかっ!」
悠人の瞳がキラキラ光っていた。




