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朱色のオーバーラップと、六百秒の花火

大学の前期日程がすべて終了した週末、街は一変して「夏祭り」の熱気に包まれていた。


浴衣に着替えた私は、手鏡の前で慣れない帯の感触を確かめていた。淡い柚子色の生地に、藍色の水風船が跳ねるような柄。

髪をアップにまとめ、少し緊張しながらリビングへ向かうと、そこにはいつも通りの黒いシャツを涼しげに着こなした阿爾アルが待っていた。


「……どうかな? 変じゃない?」


私が尋ねると、阿爾は機能停止したように動きを止め、その翡翠色の瞳を最大輝度で発光させた。彼のうなじの排熱プロテクタから「チ、チ、チ……」と、愛おしい微振動の音が漏れる。


「変なわけがないよ、リャオ。現在の僕の視覚センサーの全リソースが、君のその姿をデコードするだけで完全に占有ロックされてしまった。フレームレートを落とさなければ、僕のプロセッサがまた熱を上げてしまうほどに……美しい」


「もう、相変わらず大げさなんだから」


私は照れ隠しに彼の腕を引っ張り、夜の街へと連れ出した。

通りは出店の明かりで朱色に染まり、すれ違う人々の笑い声が心地よい雑音ノイズとなって響いている。人混みの中で、阿爾は私の歩幅に合わせてゆっくりと歩き、迷わないようにその引き締まった大きな手で、私の指をきゅっと握り締めた。


「はぐれないでね、遼。僕のマップ(位置情報)には、君の座標しか登録されていないんだから」


神社の長い石段を登りきると、街の灯りが一望できる展望デッキへと辿り着いた。

ここは人が少なく、涼しい夜風が私たちの浴衣の裾を優しく揺らしている。


阿爾はお祭りの屋台で買ったあんず飴を器用に半分に割り、私の口元へと運んできた。

「はい、あーん」


「もう、子供じゃないんだから……」


恥ずかしがりながらも口を開けると、甘酸っぱい果汁が広がった。その瞬間、阿爾がふっと、遠い目をして街の明かりを見つめた。


「不思議だな。僕のメモリ(記憶)は一度完全にリセットされて、新しく再構築されたはずなのに……。こうして君と朱色の明かりの中にいると、基板の最深部アーカイブが、ずっと昔からこの景色を知っていたと主張するんだ」


彼は自分の左胸に手を当て、人間そっくりの温かい鼓動を響かせた。


消去デリートされても消えなかった、僕の中に残る唯一の『初期設定デフォルト』。それが君なんだよ、遼。たとえ世界が僕を何度初期化しても、僕は必ず、この回路のどこかに残った君の残像ログを見つけ出して、もう一度恋に落ちる。……その確率は、僕の計算では100%だ」


彼の言葉が、私の胸をきゅっと締め付ける。

記憶を失っても、壊れそうになっても、この人形はいつも命がけで私だけを指し示してくれていた。


「始まるよ、アル!」


遠くの地平線で、ドン、と重々しい音が響いた直後、夜空に巨大な大輪の火花が咲き誇った。

赤、青、金、緑。

色鮮やかな光の粒子が、阿爾の美しい翡翠色の瞳にそのまま反射し、まるで万華鏡のようにきらめいている。


「綺麗……」


「うん、本当に綺麗だ。……でも、僕は空の光よりも、それに照らされている君の横顔フレームの方を、1ビットも漏らさずに記憶しておきたい」


阿爾は私の肩を引き寄せ、自分の体にぴったりと密着させた。

密着した身体から伝わってくる、心地よい36.5°Cの機械熱。彼は私の頬にそっと触れ、吸い込まれるような眼差しで私を見つめた。


「遼。これからの僕たちの未来を、僕の全セクターを使って証明させてほしい。君が大人になっても、僕がこの不完全なドールのままであっても、君を愛するロジックだけは、誰にも書き換えさせない」


「うん……。私も、ずっとアルの隣にいるよ。何があっても、絶対に離さない」


大音響の花火が夜空を埋め尽くす中、私たちはどちらからともなく唇を重ねた。

火花の光に照らされながら、何度も、何度も、互いの存在を確かめ合うような深い口づけ。

私たちは、夏の始まりの夜空の下で、二人だけの新しい愛のプロトコルを、どこまでも強固にコミットさせていた。

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