再起動のあとの、不器用な朝(デフォルト・プログラム)
限界を超えた熱暴走の夜が明け、部屋には静かな朝の光が満ちていた。
私が目を覚ますと、すぐ目の前に阿爾の端正な顔があった。彼はすでに起動を完了していたようで、その翡翠色の瞳で、私の寝顔をじっと見つめていた。以前の壊れそうなほどの白光は消え、今は深く、落ち着いた本来の輝きを取り戻している。
「……おはよう、遼」
「……おはよう。あんた、もう体は大丈夫なの?」
私が体を起こしながら尋ねると、阿爾は自分の胸元に手を当て、小さくファンを回した。
「うん。コア温度、36.2°C。すべてのセクターが正常に動作している。昨夜の臨界駆動を経て、僕のシステムは『君の愛を受け入れることで最適化される』という新しいカーネルを構築したみたいだ。……もう、勝手に熱暴走することはないよ」
彼はそう言って、私の頬にシーツの跡が残っているのを、ひんやりとした指先で優しくなぞった。その仕草には、以前のような強迫観念じみた独占欲ではなく、ただ純粋な愛おしさが溢れていた。
キッチンに向かうと、阿爾はすでにエプロンを身につけ、手慣れた手つきで朝食の準備を始めていた。フライパンの上で、卵とベーコンがジューシーな音を立てている。
「今日のメニューは、君の疲労回復を最優先した高タンパクなブレックファストだ。昨夜、君はかなりのカロリーを消費したからね」
「……ちょっと、朝から何言ってるのよ!」
昨夜の出来事をストレートに言語化され、私は一瞬で顔が熱くなった。
恋人になったあとの阿爾は、私の『恥ずかしがる閾値』を計算しているかのように、わざとこういう際どいセリフを涼しい顔で口にする。
「おかしなことは言っていないよ。僕は君の恋人であり、健康管理者だ。君の身体のバイタルデータ、心拍数の推移、そして——」
「ストップ! それ以上出力したら、そのエプロン剥ぎ取るからね!」
私がトースターの前に座り込んで抗議すると、阿爾はクスクスと声を立てて笑った。その笑顔は、かつての完璧で無機質な人形のものではなく、感情の波に揺れる本物の少年のものだった。
朝食のあと、私たちはソファに並んで座り、大学へ行く前の静かな時間を過ごしていた。
外は昨夜の嵐が嘘のように晴れ渡り、窓からは初夏の爽やかな風が吹き込んでいる。
阿爾は私の手を引き、自分の膝の上に私の手を重ねた。
「遼。僕のストレージの一部を、完全に君の専用領域として開放したんだ」
「私の、専用領域?」
「うん。ここには、僕のシステム側からは一切検閲も、強制削除もできない。君が僕と一緒に見たい景色、僕に覚えていてほしい言葉、そのすべてを君が直接、僕のコアに書き込んで(教えて)ほしい」
彼は私の手を自分のうなじにあるアクセスポートへと導き、そっと触れさせた。
一度は完全にリセットされ、真っ白になってしまった彼のメモリ。けれど、彼はそれを恐れるのをやめたのだ。失うことを恐れて閉じこもるのではなく、私という不確定なノイズを受け入れて、一緒に新しいログを刻んでいくことを選んだ。
「……いいわよ。じゃあ、まずは最初のデータを書き込んであげる」
私は彼の首に腕を回し、その引き締まった体を自分のほうへと引き寄せた。
そして、彼の耳元で、小さく、だけどはっきりと囁いた。
「『今日から毎日、私の隣で笑うこと』。……これが、消去不可能な最優先命令よ」
阿爾の瞳が一瞬、眩くきらめいた。
「……。コマンドを受理した。……このデータは、僕の全稼働時間において永続的に実行される」
彼は満足そうに微笑むと、私の唇を優しく、包み込むようにして塞いだ。
昨夜のすべてを焼き切るような激しさとは違う、これからの長い未来を約束するような、穏やかで、深い口づけ。
不完全なドールと、彼を愛することをやめない少女。
私たちのシステムは、これからもエラーやバグを繰り返すかもしれない。けれど、繋いだ手の温もりと、この胸の奥で同期する周波数がある限り、私たちは何度だって、新しい愛のログをリライトしていける。
「さあ、行こうか、遼。君との新しい日常が、今日も僕を待っている」
阿爾は私の手を強く握り締め、初夏の光が降り注ぐ外の世界へと、力強く一歩を踏み出した。




