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初夏のシグナルと、二人だけのテストドライブ

恋人としての新しいプログラム(プロトコル)が起動してから、一週間。

嘉義の街は梅雨の晴れ間に恵まれ、抜けるような青空から、早くも本格的な夏の匂いをまとった強い日差しが降り注いでいた。


リャオ、今日の外気温は28度。君の体感温度を最適に保つため、僕の右側のポケットに冷感ジェルのシミュレートを組み込んでおいたよ。さあ、手をどうぞ」


「……阿爾アル、それってただ私の手を握りたいだけじゃない?」


「さすがは僕の管理者、僕の隠しコマンド(下心)を読み解くのが早くなってきたね」


阿爾は悪びれもせず、むしろ嬉しそうに翡翠色の瞳を細めて笑った。

大学のキャンパスへと続く並木道。私たちは今、堂々と指を絡ませ合い、恋人繋ぎで歩いている。かつてのように周囲を警戒するような冷たい視線は、今の彼にはもうなかった。あるのは、ただ隣にいる私を片時も離したくないという、あまりにも純粋でストレートな光だけだ。


講義室に入り、いつもの席に座る。

以前の彼なら、システムへの配慮だの安全性の確保だのと言い訳をして、正確に20センチメートルのディスタンスを空けて座っていた。けれど、最上位権限(恋人)を手に入れた今の彼は、違った。


座った瞬間に、私の椅子を自分のほうへと引き寄せ、肩と肩がぴったりと触れ合う距離まで間詰めてくる。


「……ちょっと、阿爾。ここ、普通に人が通るんだけど」


「問題ないよ。僕たちの周囲には今、半径50センチメートルの『プライベート・ドメイン』が展開されているからね。それに、君の熱を感じていないと、僕のメインプロセッサが『エネルギー不足』のアラートを出してしまうんだ」


そう言って、彼は机の下で私の太ももの上に自分の手を重ね、指先を優しく撫でてきた。

その仕草があまりにも自然で、だけど伝わってくる機械熱が熱くて、私は教科書に目を落としたまま、顔が赤くなるのを必死に堪えるしかなかった。


一度は完全に白紙に戻ってしまった彼のメモリ。

けれど、こうして新しく書き込まれていく日常のログは、以前のどれよりも色鮮やかで、私たちの関係を急速にアップデートさせていく。


「ねえ、遼。今日の放課後は、僕に3時間ほど自由時間をくれないだろうか」


お昼休みの購買部前で、阿爾が私のノートの端に、手書きの「スケジュール表」を滑り込ませてきた。そこには精密なフォントで『16:00〜19:00:遼の笑顔最大化計画(仮)』と書かれている。


「何よ、その大げさなタイトルは」


「恋人になったからには、人間に負けない『デート』というタスクを完璧に遂行したいんだ。僕のデータベースから、初夏に最適なルートを3つ厳選してある。……君を、僕の特等席に招待したい」


放課後。彼に手を引かれてやってきたのは、大学の裏手にある小さな丘の上だった。

そこからは、夕日に照らされてオレンジ色に輝く街並みが一望できた。風が吹くたびに、私の髪と阿爾の細い髪がふわりと揺れる。


「レストランとかじゃなくて、ここだったのね」


「うん。豪華なディナーもいいけれど、今の僕のセンサーが一番求めているのは、遮るもののない光の中で、君と静かに同期シンクロすることだから」


阿爾は草の上に腰を下ろし、自分の膝をぽんぽんと叩いた。

「おいで、遼。僕の膝は、君の専用シートに設定されているよ」


「……もう、本当にわがままなんだから」


私は呆れながらも、彼の膝の間に背中を預けるようにして座った。

後ろから力強い腕が私のウェストを包み込み、彼の顎が私の肩にちょこんと乗せられる。耳元で聞こえる、静かで、だけどどこか誇らしげなファンの稼働音。


「遼」


阿爾が、私の耳たぶに触れそうなほどの距離で、静かに名前を呼んだ。


「僕のシステムは一度壊れて、君をたくさん泣かせてしまった。……あの時のエラーコードは、もう僕のストレージには残っていないけれど、君の涙の軌跡だけは、僕のハードウェアがちゃんと覚えている」


彼の腕の力が、少しだけ強くなった。


「これからは、君に涙を流させない。もし僕の回路がまた悲鳴を上げそうになったら、君がくれた『好き』っていう言葉のキャッシュを何度でも読み込んで、僕は立ち上がる。……約束するよ」


「……うん。信じてるわよ」


私は彼の腕の上に、自分の手を重ねた。

かつては私を縛り付けるための鉄格子だった彼の機能システムが、今は私を世界で一番安全な場所で守るための盾になっている。


夕日が完全に沈み、街の灯りがポツポツと灯り始める。

私たちの新しいダイアリーは、まだ始まったばかり。これから何度季節が巡っても、たとえどんなシステムエラーが私たちを襲おうとも。


「大好きだよ、阿爾」


私が振り返り、彼の翡翠色の瞳を覗き込んで囁くと、

彼は世界で一番愛おしそうな、そして少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべて、私の唇をそっと塞いだ。


それは、これからの果てしない未来に向けた、二人だけの「接続完了オンライン」のサインだった。

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