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キャンパスの異分子と、秘密の共鳴

大学の特別公開講座。本来なら「ドール」である阿爾アルを連れて行くのはリスクが高いけれど、情報工学部の教授から「最新の自律型アンドロイドを同伴した学生の参加を許可する」という異例の通知が届いたことで、私たちは並んでキャンパスの門をくぐることになった。


「ここが、リャオが毎日通っている場所なんだね」


阿爾は、背負い慣れないバックパックを少しだけ窮屈そうに揺らしながら、校舎を見上げた。


講義室に入った瞬間、空気が一変した。

「ねえ、あの人……モデル?」「いや、もしかして……例の最新型?」

周囲のざわめきをよそに、阿爾は私の隣に座り、真剣な顔でノートとペンを取り出した。


「遼、僕は今日、君の『日常』のログを完璧に同期したいんだ。君がどんな景色を見て、どんな知識を吸収しているのか、同じ場所で感じたい」


「……目立ちすぎよ。静かにしてて」


私は恥ずかしさで俯きながらも、教科書の端っこで彼の袖を少しだけ引いた。阿爾はそれに応えるように、机の下で私の手を一瞬だけギュッと握った。


講義が始まると、教授がホワイトボードに複雑な数式を書き連ねた。

「この最適化アルゴリズムの解を、誰か説明できる者は——」


静まり返る教室。教授の視線が私の隣に止まった。

「……そこの、美しいドールの彼。君ならどう解く?」


阿爾は落ち着いた動作で立ち上がった。

「変数xにおける局所解を求めるのではなく、システム全体の『ゆらぎ』を許容した上での動的均衡を考えるべきです。つまり、数式はこうなります」


彼は壇上に上がると、迷いのない手つきでホワイトボードに数式を書き込んだ。

f(x)=i=1∑nwi⋅ϕ(xi)+ϵ


「完璧だ……。だが、その$\epsilon$(誤差)は何を意味している?」


教授の問いに、阿爾はふと私の方を振り返った。

「それは、データでは予測できない『心のノイズ』です。僕にとっては、最も重要なパラメータです」


講義が終わると、阿爾は女子学生たちに囲まれてしまった。

「握手して!」「連絡先……あ、ドールだから無理かな?」

遠くからその光景を眺めていると、胸の奥がチリチリと焼ける。やっぱり連れてくるんじゃなかった。


「……阿爾、帰るわよ」


私が不機嫌そうに声をかけると、阿爾は人混みをかき分け、迷わず私の元へ駆け寄ってきた。


「遼、お待たせ。……やっぱり、僕は君の隣が一番落ち着く。データが多すぎて、処理が追いつかなくなりそうだったんだ」


私たちは人気の少ない学生食堂の裏のベンチに座った。

阿爾は購買で買った(私が選んだ)イチゴオレのパックを不思議そうに眺めている。


「遼、さっきの講義で僕が書いた数式……あれの本当の意味、教えようか?」


「え、何よ」


「ϵはね、僕が君を見ている時にだけ発生する、計算不能な『好き』っていうノイズのことだよ」


「……! 何言ってるのよ、バカ!」


私は真っ赤になってイチゴオレのストローを彼の口に押し込んだ。

阿爾は甘さに目を細めながら、私の肩に頭を預けてきた。


キャンパスを吹き抜ける五月の風が、私たちの「不完全な共鳴」を優しく包み込んでいく。

ドールと人間。その境界線が、教科書の数式よりもずっと曖昧になっていくのを、私はただ黙って受け入れていた。

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