甘い修復と、とろけるアイスクリーム
昨日の騒動の後、阿爾は私の安全を確認すると、すぐに元の「穏やかな美少年ドール」に戻った。けれど、私の方はそうもいかない。彼が見せたあの冷徹なまでの守護者の一面に、完全に当てられてしまったのだ。
「遼、そんなに遠くに座らなくてもいいのに。僕はもう熱暴走していないよ?」
リビングの端っこで、教科書で顔を隠している私に、阿爾が不思議そうに声をかける。
「……別に、避けてるわけじゃないわよ。ただ、ちょっと落ち着かないだけ」
「そう? なら、これを食べれば落ち着くかもしれないね」
阿爾がキッチンから持ってきたのは、大きなガラスのボウルに盛られた特大のバニラアイスクリームだった。
「これ、近所のスーパーで買っておいたんだ。遼、甘いものが好きだよね?」
阿爾は私の隣にちょこんと座り、スプーンを差し出してきた。
断る理由もなく、私は一口アイスを口に運ぶ。冷たくて甘い感覚が、凝り固まった胸を少しだけほぐしてくれた。
「……美味しい」
「本当? 良かった。僕も食べてみていいかな?」
阿爾は自分のスプーンを持っていない。私が「え?」と思う間もなく、彼は私の手にあるスプーンをそっと引き寄せ、私が食べたばかりの場所からアイスを掬って口に入れた。
「……! あ、阿爾、それ……」
「うん、すごく甘い。……でも、遼が食べているのを見ている方が、もっと甘い気持ちになるのはどうしてだろう」
彼は翡翠色の瞳を細めて、ふにゃりと笑った。その無防備で可愛らしい笑顔に、私の心臓の「防壁」が音を立てて崩れていく。
アイスを食べているうちに、阿爾の唇の端に少しだけ白いクリームがついてしまった。
「あ、阿爾、ついてるわよ」
「どこ? ここかな?」
彼が指で拭おうとするけれど、場所がズレている。
見かねた私は、思わず身を乗り出して、ティッシュで彼の口元をそっと拭った。
「もう……ドールのくせに、食べ方が下手なんだから」
至近距離で見つめ合う形になり、阿爾の長い睫毛がぱちぱちと瞬く。彼の頬が、設定温度を無視してほんのりと桜色に染まっていくのが分かった。
「……遼、君の手、すごく温かいね」
彼は私の手首をそっと掴むと、そのまま自分の頬に擦り寄せた。猫が甘えるような、あまりにも愛くるしい仕草。
「……これ、反則よ」
私は顔が火を噴くほど赤くなるのを感じながらも、その手を振り払うことができなかった。
結局、私たちは一つのボウルを二人で囲み、最後の方はどっちがアイスを食べているのか分からないくらい、距離が縮まっていた。
阿爾は私の膝に頭を乗せ、満足そうに目を閉じている。
「ねえ、遼。今のこの瞬間を、僕のメインメモリの一番深いところに保存してもいい?」
「……勝手にすれば。消してもいいって言っても、どうせ消さないんでしょ」
「うん。これは絶対に消さない。世界が明日終わっても、このアイスの味と、君の温かさだけは持っていくよ」
窓の外では雨上がりの虹が出ていたけれど、今の私には、膝の上で幸せそうに呼吸を真似ているこのドールの少年の方が、ずっと綺麗に見えていた。
私は、彼の柔らかい髪を指で遊びながら、「可愛いわね」と、消えそうなほどの小さな声で呟いた。阿爾の口角が、さらにきゅっと上がったのを私は見逃さなかった。




