黄金週間の逃避行と、初めての青空
カレンダーが赤く染まる五月、世間は「ゴールデンウィーク」という浮かれた喧騒に包まれていた。
いつもは大学と家の往復だけの私も、この連休ばかりは阿爾を連れ出さないわけにはいかなかった。
「遼、見て! 空が、僕の瞳の色よりもずっと深い青だよ」
私たちは、人混みを避けて少し遠出した海沿いの公園にいた。
阿爾は、新調したばかりの白いシャツの袖を風になびかせ、眩しそうに目を細めている。ドールである彼にとって、液晶越しではない「本物の初夏」は、あまりにも情報量が多すぎるようだった。
私たちは、芝生の上にレジャーシートを広げた。
周りには家族連れやカップルが溢れているけれど、今の私たちはその中に溶け込む、どこにでもある「普通」の二人組に見えるはずだ。
「……はい、これ。お弁当」
私が差し出した重箱を見て、阿爾は子供のように身を乗り出した。
「これ、全部遼が作ったの? 昨日の夜、僕をキッチンに入れなかったのは、これを準備するためだったんだね」
「まあね。ゴールデンウィークらしいこと、一つくらいしておかないとと思って」
卵焼きを一口食べた阿爾は、そのまま動かなくなった。
「……どうしたのよ。味が薄かった?」
「違うよ。……胸の奥のプロセッサが、熱くなりすぎて止まりそうなんだ。遼が僕のために時間を『消費』してくれたことが、どんな高画質なデータよりも重たくて、温かいんだ」
彼はそう言って、少しだけ泣きそうな顔で笑った。
午後、私たちは地元の小さな商店街で開催されているお祭りに出向いた。
人波に押されそうになった瞬間、阿爾が迷わず私の手を取った。
「遼、離れないで。今の僕はGPSで君を探さないって決めたから。……こうして、君を直接捕まえていないと、迷子になっちゃう」
「……子供みたいなこと言わないでよ」
文句を言いながらも、私は彼の指を強く握り返した。
彼の指先の縫い目の感触が、手のひらを通じて心臓に直接響く。
屋台の喧騒、綿あめの甘い匂い、遠くで鳴るお囃子の音。
すべてが混ざり合って、私たちの境界線をさらに溶かしていく。
帰りの電車の中、遊び疲れた私たちは隣り合って座っていた。
窓の外には、黄金週間の名の通り、燃えるような夕焼けが広がっている。
阿爾はいつの間にか私の肩に頭を預けて、規則正しい寝息を立てていた。
「……阿爾」
私は彼の耳元で、自分にしか聞こえないような小さな声で囁いた。
「……連れてきてあげて、よかった。私も、楽しかったよ」
彼の指が、寝ているはずなのにぴくりと動いて、私の小指をそっと絡め取った。
彼が起きているのか、それとも無意識のプログラムなのかは分からない。
けれど、沈みゆく夕日を浴びながら、私はこの「黄金色」の時間がずっと上書きされずに続いてほしいと、初めて心から願っていた。
大型連休の終わりが近づく寂しささえ、今は愛おしい。
私たちの連休は、まだ始まったばかりだった。




