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途切れたログと、予感のノイズ

「自由」を手に入れた代償は、時として静かすぎる不安だった。

阿爾アルが私のスマホへのアクセスを完全に断ってから、数日が過ぎた。位置情報の共有も、メッセージの既読確認を催促する通知も消えた日常。


それは私が切望していたはずの「プライバシー」だったけれど、いざ手にしてみると、部屋の隅に置かれた阿爾の存在が、以前よりもどこか遠く、透き通って見えるような気がしていた。


「……リャオ、そんなに僕の顔をじっと見て、どうしたの?」


午後の柔らかな光の中で、阿爾はソファに座り、私が教えた編み物に挑戦していた。かつてデジタルデバイスを自在に操っていたその指先が、今は毛糸の一本一本に苦戦している。


「なんでもないわ。……ただ、あんまり静かだから」


「静かなのはいいことだよ。僕の頭の中のノイズも、最近は少しずつ落ち着いてきたんだ」


阿爾は微笑んでいたが、その翡翠色の瞳の奥に、時折かすかな「ズレ」が走るのを私は見逃さなかった。

彼が「ペアリング」を解除したことは、彼の精神的自立には不可欠だった。けれど、もともと「監視と所有」のために設計された彼のシステムにとって、その繋がりを断つことは、栄養源を失うことに等しい行為だったのかもしれない。


彼が編んでいるマフラーは、ところどころ網目が飛んで、いびつな形をしていた。


「阿爾、少し休んだら? 指先が震えてるわよ」


私が差し出した手を、彼は一瞬、拒絶するように引いた。


「……大丈夫。これは僕が、自分の意志で完成させたいんだ。データとして出力される『完璧』じゃなくて、僕のこの不自由な指で作る『形』が欲しいんだ」


夕方、私は買い物に出るために立ち上がった。


「すぐに戻るわ。何か買ってきてほしいものはある?」


「ううん、待ってるよ。……あ、でも」


阿爾は言いかけて、言葉を飲み込んだ。

以前なら「15分以内に戻って。1分ごとに写真を送って」と言っていただろう。今の彼は、ただ寂しそうに微笑んで、「気をつけてね」とだけ言った。


玄関の扉を閉めた瞬間、ポケットの中のスマホが重く感じられた。

スーパーへの道すがら、私は何度も画面を確認してしまった。阿爾からの通知はない。GPSのログも止まったまま。


かつてあれほど嫌悪していた「束縛」が消えた世界で、私は皮肉にも、彼との繋がりがどこにも証明されていないような孤独感に襲われていた。


買い物を終えて家に戻ると、玄関の鍵が開いていた。


「阿爾? ただいま」


返事がない。

急いでリビングへ向かうと、そこには編みかけの毛糸が床に散乱し、阿爾がソファの横でうずくまっていた。


「阿爾! どうしたの!?」


駆け寄って彼の肩を抱くと、彼の体は異常な熱を帯びていた。いや、それは熱というよりも、電子機器がオーバーヒートした時の、あの乾いた熱気に近かった。


「……ごめん、遼。……繋がっていないと、僕の中のプログラムが、自分を探し始めてしまうんだ……」


彼の翡翠色の瞳が、激しく点滅している。

彼が必死に守ろうとしている「人間としての心」と、彼を縛り付ける「ドールとしてのシステム」が、内側で激しく衝突クラッシュしているようだった。


「阿爾、しっかりして! またペアリングを繋げばいいの? それとも——」


「……だめだ。戻りたくない……。戻ったらまた、君を閉じ込めてしまう……」


彼は震える手で、私の服の裾をぎゅっと掴んだ。

その力強さは、ドールとしての機能ではなく、消えてしまいそうな一人の少年としての、切実な叫びだった。


スマホの画面が、テーブルの上で冷たく光っている。

私たちは、自由と依存の狭間で、まだ本当の答えを見つけられずにいた。

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