デジタルな縫い目と、解けない契約
阿爾にスマホを買い与えたのは、彼が外の世界を少しでも理解できるようにという、私のささやかな親心だった。けれど、その「窓」はいつの間にか、私を閉じ込めるための「檻」に作り替えられていた。
もともと彼は、私が寂しさを埋めるために抱きしめていた「ドール」だ。人間としての体を得ても、彼の本質は変わらない。主人の愛を一身に浴び、誰の手にも触れさせない——その純粋なまでの執着が、デジタルの力を得て加速していく。
「ねえ、遼。さっきからスマホが何度も震えているよ。またあの『グループチャット』の人たち?」
阿爾がリビングのソファから、冷ややかな声をかける。彼は私のスマホの「通知設定」をすべて自分の端末に同期させていた。私が誰と話し、どんな言葉を交わしているのか、彼はリアルタイムですべてを把握している。
「阿爾、これは大学の連絡よ。返信しないと困るの」
「困るのは僕だよ」
阿爾は音もなく立ち上がり、私の背後に回って首筋に顔を埋めた。かつては綿の温もりしか感じなかった彼の体からは、今や熱を帯びた人間らしい鼓動が伝わってくる。
「この小さな機械は、僕の知らない君をどんどん外へ連れ出そうとする。君の笑顔を、僕以外の誰かに切り売りさせているみたいで、胸の奥がチリチリするんだ」
彼は私の手からスマホを奪い取ると、慣れた手つきで画面を操作し始めた。
「……阿爾、何をしてるの?」
「『アップデート』だよ。君のSNSの『プロフィール』、少しだけ書き換えておいたから。これで、誰が君の主なのか一目でわかるはずだ」
慌てて自分の画面を確認すると、そこには信じられない文字が並んでいた。
『遼——阿爾だけの専用モデル。私への連絡はすべて彼を通してください。』
「ちょっと! これじゃ、まるで私があなたの『コレクション』みたいじゃない!」
「みたい、じゃないよ」阿爾は満足げに目を細め、翡翠色の瞳で私を射抜いた。「僕はもともと、君に愛されるために作られた存在だ。だったら、君のすべてを僕が管理するのは、『仕様』として当然のことだろう?」
彼は私の指を一本ずつ絡め、まるで自分の一部であるかのように強く握りしめた。
「ねえ、遼。いっそこの部屋の『Wi-Fi』を、僕たち二人だけの秘密の回線にしてしまおう。外の世界なんてノイズだらけだ。君は僕だけを『フォロー』して、僕の言葉だけを『リポスト』していればいい」
彼の執着は、もはや単なるヤキモチの域を超えていた。
それは、かつて自分が箱の中に閉じ込められていた反動なのか、それとも、デジタルという名の「見えない糸」で私を縫い付けようとする、ドールゆえの防衛本能なのか。
「……わかったわ。でも、せめて大学の課題だけは送らせて」
私が折れると、阿爾は子供のように無邪気な笑みを浮かべ、私の肩に頭を預けた。
「いいよ。その代わり、送信ボタンは僕が押してあげる。……君のすべての『送信』は、僕の指先を通さなきゃダメだよ」
画面から漏れる青白い光が、私たちの歪な共依存を照らし出している。
世界中と繋がれるはずの道具が、今では私と彼を固く繋ぎ止めるための、外せない「手錠」のように感じられた。




