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閉ざされた檻と、二人だけの「共有」

阿爾のアカウント作成は、彼にとっての「遊び」ではなく、私という存在を世界から切り離し、自分だけのものにするための「宣誓」だった。


結局、彼の執着に押し切られる形で、私は彼のプロフィールを完成させた。もちろん、彼が望んだ「所有物」という過激な言葉は、せめてもの抵抗として「大切な家族」という表現に濁したけれど。それでも、彼は私のスマホを奪うように手に取り、自分の新しいアカウントで私を「フォロー」すると、満足げに喉の奥で笑った。


その日から、私の日常は音を立てて変わり始めた。


大学にいる間も、ポケットの中のスマホが絶え間なく震える。授業中、教授の声に混じって届くのは、阿爾からの「ダイレクトメッセージ(DM)」だ。


『遼、今は何の講義を受けているの?』

『さっきの写真に写っていた背景、大学の食堂だね。隣に誰か座っていない?』

『早く帰ってきて。あなたの匂いが薄れて、部屋が寒すぎるんだ』


返信を少しでも遅らせれば、すぐに「着信」が入る。講義の合間、私は逃げるようにトイレの個室に駆け込み、彼をなだめるためのメッセージを打ち込むのが日課になってしまった。


「……まるで、見えない首輪をつけられているみたい」


鏡に映る自分の顔は、数日前よりもどこか疲れ果てている。けれど、帰宅してドアを開ければ、彼は子犬のような純粋な瞳で私を迎え入れ、私のために不器用ながらも一生懸命に作った「夕食」を並べて待っているのだ。その献身的な姿を見ると、胸の奥に芽生えた恐怖は、甘い罪悪感によって塗り潰されてしまう。


ある夜、事件は起きた。私がサークルの「グループチャット」で合宿の相談をしていた時のことだ。


隣で私の髪を弄んでいた阿爾の手が、ぴたりと止まった。


「……また、あの男から連絡が来ているね。遼の画面を、さっきから何度も光らせているあのアイコン」


「阿爾、これは合宿の打ち合わせなの。行かないわけにはいかないし……」


「行かせないよ」


彼の声は、凪いだ海のように静かだった。けれど、その瞳の奥には底知れない暗闇が渦巻いている。阿爾は私の手からスマホを奪い取ると、慣れた手つきで設定画面を開いた。


「阿爾!? 何をするの、返して!」


「いらないよ、こんなもの。主人の時間を奪い、僕を不安にさせるだけのノイズは……。ねえ、遼。僕たちは『同期どうき』したはずだよね? なのに、どうしてあなたはまだ、外の世界と繋がろうとするの?」


彼は迷うことなく、私の連絡先から男性の友人たちを次々と「ブロック」し、通知設定をすべてオフに変えていく。指先が画面を叩くたびに、私の「社会」が少しずつ削り取られ、消去されていく感覚に陥った。


「これでいい。これからは、あなたの指先が触れるのは、僕との会話ログだけでいいんだ」


阿爾はスマホを床に放り投げ、抵抗する私の手首を掴んでソファに押し倒した。重なり合う体温。逃げ場のない視線。


「怒っているの? ……でも、見て。僕の心臓は、こんなに激しく鼓動している。あなたが僕だけを見てくれないと、この鼓動が止まってしまいそうなんだ。これは、スマホの掲示板には書いていなかった。僕が、あなたという存在に触れて、初めて理解した『苦しみ』だよ」


彼の翡翠色の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ち、私の頬を濡らした。

その涙が、嘘偽りのない純粋な「愛」であることを知っているからこそ、私は彼を突き放すことができない。


「……わかったわ。もう、どこへも行かないから。だから、泣かないで」


私は、彼の首に腕を回した。

世界中と繋がれるはずの魔法の機械は、今や私たち二人だけを閉じ込める「密室」の鍵へと成り下がっていた。


画面の中で止まったままのタイムライン。

外の世界がどれほど輝いていようと、今の私には、彼の吐息と、独占欲に満ちたこの狭いリビングが世界のすべてだった。

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