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98 キリエ再び

毎週、月・水・金に更新中!

 確かにこのフロアに人の気配は感じなかった。


 けれど、目の前には白い忍者装束に身を包んだキリエがいる。俺たちの宿敵であるジンの娘にして、【隠密】のスキル持ち。気配を消すことくらい朝飯前なのだろう。


「まさかこんなに早くここまで来るとは思わんかったわ。そんなにウチに会いたかったんか、ヒロ」


 キリエが忍者装束からのぞく目を細める。

 その時、カゲロウの焦った声が響いた。


「シズカ! しっかりしろ!」


 シズカは床の上に座り、カゲロウに背中を支えられている。

 シズカが押さえた首元から胸のあたりにかけて、大量の血が流れ出ているのが見えた。先ほどキリエに押し倒された時に、刃物でざっくりと切られたらしい。


「カゲ様、アタシのカバンから止血剤出して……そう、それ。ウン、これで大丈夫」


 シズカは顔をしかめながらも、冷静に応急処置をしている。ぜいぜいと肩で息をしているが、意識はしっかりしてそうだ。


「あー殺したと思ったのに。ちょっと浅かったみたいやな」


 平然というキリエは、まるでゲームをしているかのような軽い調子で言った。コイツは人が傷つくことも、死ぬことも、何とも思っていないのだ。


 仲間を傷つけられた怒りで、俺のハラワタは一気に煮えくり返る。


「ママはここに帰ってきたばっかりでお疲れやねん。だから、アンタらの相手は私がさせてもらうわ。前回はやられてもうたけど、今回はそうはいかへんで。助っ人も呼んできたしな!」


 忍者装束からのぞく目をニカっと細めたキリエの視線の先を辿ると——

 いつの間にか俺達の背後に、二人の男がいた。

 中年の小太りの男と、俺より少し年上に見える赤茶色の髪の背の高い男。


 その背の高い男の方が、リタの背後から彼女の首にがっつりと腕を回している。おまけに刃物をリタにつきつけ、彼女の自由を奪っている。


「リタ!」


「回復役を先に潰しとく。これは戦闘の常識やで、ヒロ」


 男たちは眉を下げ、憐れむような目で俺を見た。

 リタは顔を引き攣らせ、静かにに息を飲んだ。


「ヒロもウチらの仲間になったら、みんなで楽しく暮らしていけたのになぁ。残念、残念。うちらに歯向かったせいで、今日がヒロの命日や。そこにいるウチの仲間達も憐れんどるわ」


 そうか、この憐れみのような目は、俺がここでキリエに殺されると思っているのだ。

 だが、俺達はキリエに殺されるためにここに来たんじゃない。エレガンス製薬とゲルセミウムの悪だくみをブッ潰すために来たのだ。


 俺はキリエの方に向かい直すと、彼女をまっすぐに睨みつけた。


「俺達は4人と1匹だ。そっちは3人だろ。数の上でも俺達が有利だ。それに、俺達は覚悟があってここまで来てるんだ。舐めるな!」


「ハッ。既にそこの獣人野郎の横にいるネーチャンは使い物にならんやろ。あれだけ出血しとったら無理やて。ハハハ!」


 周囲にキリエの高笑いが響く——が、その後キリエがはっきりと目を剥くのが見えた。

 シズカがゆらり、と立ち上がったのだ。

 キリエがすうっと目をすがめた。


「ネーチャン、よく立ち上がれたな。無理すんなや、死ぬで」


「……ッハァ。出会い頭に斬りつけるなんて、アンタ相当ヤバいやつじゃない? アタシ完全に頭にきた。アンタが斬りかかってきたせいで、カゲ様のお洋服に血がついちゃったじゃん。絶対に許さない」


 痛みを我慢しているからか、それとも純粋な怒りからか、シズカの目はだいぶ座っている。


「アンタのことはここで倒すわ。カゲ様もヒロもクロジも、絶対に手を出さないで。これは女の闘いだから」


「いや無理だろ! シズカ、正気になれって!」


 しかし俺の声は、彼女の耳には届いていないようだった。シズカは深呼吸をすると、俺の方を見ずに言った。


「この忍者みたいな女はアタシに任せて! ヒロ達はリタを助けるんだよ! いくよ、【身体強化】!」


 シズカがスキルを発動すると、彼女の滑らかな肌がみるみるうちに筋肉で盛り上がっていく。体を包む鱗とオレンジと青の鮮やかな羽毛が、窓から差し込む光を反射してキラキラと輝いた。


 シズカは牙を剥き出しにして、大きく床を蹴った。彼女の体がキリエに向かって覆いかぶさるように動く。

 キリエがどこからか取り出したクナイと、シズカの爪がカキンカキンと硬質な音を立ててぶつかりあう。


 あれだけ出血しているのだから、シズカもいつまでもつか分からない。

 けれど——

 俺の目の前では、リタが首元に刃物を当てられ、拘束されている。こちらも放ってはおけない。


 俺はリタの動きを封じている男達に、できるだけ威圧的にならないように声をかけた。


「リタを、彼女を離してくれ。俺達はエレガンス製薬の社長に——ジンに用事があってきたんだ。アンタたちに危害を加えるために来たんじゃない。なあ、アンタらもここの会社がまともじゃないことくらい分かってるんだろ? エレガンス製薬がポーションを量産したことで助かった人もいるだろう。でもアンタらの社長のせいで、大勢の人が傷ついた。大勢の人が苦しんだ。俺の仲間たちの家族や、大事な人が連れ去られた。こんなことはもう辞めなくちゃならないんだ。さぁ、リタを離してくれ」


 俺は説得するように、彼らの目を交互に見つめて言った。

 すると、背の高い方の男がリタの首に腕を回したまま、嗚咽を漏らし始めた。もしかして、俺の説得が効いたのか?


「アンタもこんなことしたくないんだよな? もしかして、ジンやキリエに脅されてこんなことをさせられてるのか? もしそうなら、もうあいつらの言う事なんて聞かなくていいんだ。俺はあいつらの悪事を辞めさせるために来たんだ。なんなら一緒にあいつらと戦おうよ」


 しかし、男は涙を流すばかりで答えない。

 その時、ずっと黙っていたリタが口を開いた。


「そうだよ。もうこんなことは辞めて——お兄ちゃん!」


次回の更新は今週の金曜日です⭐︎

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