95 ジンの逃亡
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ジンに背後から銃をつきつけられ、絶体絶命だった俺。
それを救ってくれたのは——
「シズカじゃないか! どうしてここへ? おまえは子供たちを連れて逃げたはずじゃ?」
「途中で軍の連中に会ったから、子供らは託してきたんだ。確か、ジュリアとかいうお貴族様が軍の警察部を呼んでくれる手筈になってるんだろ?」
そういえば、ジュリアに軍に連絡するように頼んでいた。けれど、こんなに早く、なおかつ夜中にも関わらず駆け付けてくれるなんて。
ジュリアがすごいのか、それとも貴族の発言力と言うのはこれほどまでに強力なのだろうか。
「軍の人らは馬に乗ってたから、そのうちここに来ると思うよ。村の場所も孤児院の場所も伝えといたからね」
「シズカ、やるじゃん!」
「へへん。これでカゲ様もアタシの有能さと魅力に気づくかな」
シズカがおずおずとカゲロウの方を見ると、カゲロウの怒声が飛んだ。
「馬鹿者! ざれ言を言う暇があったら、さっさとその女から距離を取らんか!」
「わかってるってぇ」
シズカは俺を抱えたまま、軽やかにカゲロウたちのところに合流する。
向かい側では、銃を構えたジンがこちらを静かに睨んでいた。
ジンは30代後半くらいの、黒いワンピースを着た黒髪ロングヘアの女だった。薬剤師というよりは、スナックのママでもしてそうな、少し妖艶な雰囲気をまとっている。
「他にも仲間がおったんやな。チッ、このけったいな獣人は報告にあがってへんかったから油断しとったわ」
ジンはシズカをちらりと見て悪態をついた。
「誰がけったいな獣人だよ。失礼しちゃうな。それより、このオバサン誰だよ。ラスボスか?」
「オバサンやとぉ⁉ 獣人風情が調子に乗ってるんとちゃうぞ!」
ジンの銃から、連続で何発もの攻撃が繰り出される。銃口から飛び出た液体は、どうやら酸の類らしい。攻撃が当たったところからシュワシュワと煙があがり、所々溶けている。
俺は先ほどジンにやられた足の甲が再び痛むのを感じた。早くこの戦いにケリをつけて、リタに傷の治療をしてもらわなければ。
「この女の人はジンっていうんだ。俺やシズカと同じ……日本人だ」
「日本人?」
シズカとジンの声が重なった。お互い、目の前の敵が同郷だとは思わなかったらしい。
俺だって、まさか異世界に来て同郷の人間とここまで対立するとは思わなかったよ。
ジンが鼻根に思い切り皺を寄せる。
「この爬虫類みたいな獣人が日本人ってどういうことや……。ああ、そういうスキルか。こっちに来た日本人はけったいなスキルを持ってることが多いからなァ」
「おばさん、爬虫類じゃないよ。アタシは恐竜の獣人なの」
ふたりの間で、バチバチと見えない火花が飛び散っている。
「ほぉ、恐竜か。ほな、ここで殺さずウチのサンプルになってほしいところやけど……獣人ふたり相手はさすがに分が悪いわァ。他の連中が助けに来ないっちゅうことは、どうせアンタらがシバいてもうたんやろ?」
ジンは余裕を滲ませた表情で俺達を見る。その足元は、少しずつ後ずさっているように見えた。逃げる気か?
……でも彼女の後ろには、さっき俺が入った小部屋しかない。他に出口は無かったはずだ。では、あそこの部屋に籠城する気だろうか。
嫌な予感がする。
「ジン、待て!」
「ヒロ、飛び出すでない!」
咄嗟に飛び出す俺の背中に、カゲロウの声が刺さる。
その瞬間、ジンは背後にあった小部屋に飛び込み、扉をバタンと閉めた。
「出てこい、ジン!」
俺が扉に手をかけた瞬間。
ドカンッ!
強烈な爆風が俺の体を押し出した。ジンが小部屋ごと爆破させたらしい。
「ヒロさん!」
視界は白くなり、キィンと鳴る耳にはリタが叫ぶ声がわずかに聞こえる。
「ヒロ! しっかりするニャ!」
クロジの声をはじめ、みんなが口々に俺の名を呼ぶ。よかった、みんな無事みたいだ。
「いまヒールをかけますからね!」
リタの温かい手が俺の額を包んでいる。もしかして、そのあたりから出血でもしているのかもしれない。俺は掠れる声を精一杯振り絞り、尋ねた。
「ジ、ジンは……? 自爆、したのか……?」
「いまカゲロウとシズカが調べています。ヒロさんは回復に専念しましょう」
やっとゲルセミウムとエレガンス製薬の黒幕に辿り着いたのに。
やっと、カゲロウとリタの探し人が見つかるかもしれなかったのに。
俺がジンを取り逃がしたせいで、全部水の泡だ。
俺はこの時、なぜか全部自分の責任だと感じていた。
よくよく考えると、ジンを取り逃がしたのは俺だけのせいじゃない。その場には他の3人と1匹もいたのだから。
でも、ジンは日本人だ。俺が連れてきた訳じゃないけれど、同郷の人間なのだ。
だからこそ、俺が率先して彼女を改心させなければいけないような気がしていた。俺もジンも、この世界の人間じゃない。だからこそ、ここで好き勝手しちゃいけないんだ。
小部屋を覗き込んでいたカゲロウとシズカが、こちらへ戻って来た。
「だめだ、逃げられた」
カゲロウがぐるる、と唸った。
「自爆したんじゃなくて?」
「ああ。部屋を調べると、床に魔法陣の一部らしきものがあった。おそらくアレは転移魔法陣だ。魔術師のスキルを持つ人間は少ないゆえ、吾輩もほとんど見たことがないのだが……。転移魔法陣を作動させてどこかへ逃げた直後に、時限式の爆破物かなにかで部屋ごと魔法陣を吹っ飛ばしたのだろう。そうすれば我々はジンの後を追うことができぬからな」
ジンは生きてる。そう知った瞬間、少し肩の力が抜けた。
俺が追い詰めたことで彼女が死んだのなら、後味が悪すぎるから。
それに、彼女はこの世界でやってきたことの罪をちゃんと償うべきだ。
彼女がゲルセミウムやエレガンス製薬を組織するのに、どんな背景があったかは知らない。俺が想像できないほどの苦労をした末、悪の道へと進んだのかもしれない。
でも、理由があるからといって悪事に手を染めていいという話にはならないはずだ。
「ジンを追わなきゃ。俺達、やっと黒幕に辿り着いたんだ。彼女を放っておいたら、悪事が積み重なっていくだけだ。転移魔法陣がなくたって、エドランに行きさえすればジンがいるはずだ。絶対に捕まえないと」
俺はゆっくりと立ち上がった。リタのヒールがよく効いたらしく、もう体はほとんど痛くない。
「ヒロさん、爆発に巻き込まれたせいですごい出血だったんですよ? もう少し休んだ方がいいですって」
「いや、早くジンを追いかけないと……」
「この村からエドランまで一体何日かかると思っておるのだ。少しくらい休んでも構わん。無理をするな」
リタもカゲロウも、俺にちゃんと休むように言った。心配してくれるのは嬉しいけれど、俺は居ても立っても居られないのだ。
「ヒロもやる気満々みたいだしさ、さっさとあのジンとかいうオバサンを追いかけるとするか」
シズカが明るく言った。
「馬鹿者。転移魔法陣というのは、長距離を移動するためのものなのだぞ? もうジンはとっくにここから遠く離れたエドランに着いておるわ。ここで急いだからといって何になるのだ」
呆れたように言うカゲロウに、シズカがニヤッとして答える。
「転移魔法陣がもう一回作動するようにすればいいんでしょ? ディカマンの薬師の手腕を見せてやろうじゃないの。薬剤で魔法陣をもう一度浮かび上がらせるのさ」




