94 ジン
背後から俺の首に腕を回している女は、少し気怠い雰囲気の関西弁で、俺の名を「ヒロ」と言い当てた。
「な、な、なんで俺の名前を知ってるんだ⁉ この関西弁……まさか、キリエか⁉」
白い忍者服に身を包んだキリエの姿が頭に浮かぶ。
いや、でもキリエにしては少し声が低いような……
「ヒロさん、その人はキリエじゃありません! 私たちよりもずっと年上に見えます!」
「ハッ、ずっと年上、とは失礼やな。これでも若く見られるんやで」
リタが「ずっと年上」と言ったことにイラついたのか、女が俺の首に回した腕に力を込めた。うう、苦しい。
すると、素早い動きで剣を構えたカゲロウが目をすがめた。
「貴様……ジンか」
女は答えない。カゲロウは女の答えを待たずに続ける。
「ヒデヨシが言っていた。毎月、ジンという女が孤児院に来て、どこかへ子供を連れ去ると」
あれ、カゲロウいつの間にそんな詳しい話を聞いたんだろう。きっとカゲロウは俺と違って、この村に来てからずっと気を張りつめてるんだ。俺がぼーっとしてる間にも、カゲロウは可能な限りずっと情報を集めたり、作戦を練ったりしていた。おそらく、ヒデヨシからもその時に詳しい話を聞き出したのだろう。
「……ナリトモ様をどこに連れていった」
「アンタ、ナリトモの関係者か? 様づけで呼んでるっちゅうことは、あの子ホンマに王子様やってんな。面白いわぁ」
「どこへ連れて行ったと聞いておるのだ!」
カゲロウの怒鳴り声で空気がビリビリと震えた。
部屋の中には刺すような殺気が立ち込めている。
「ナリトモはエドランや。さすがにあっちみたいな都会で子供を監禁しとったら、万が一逃げ出された時に厄介やからな。子供らの血を使いたい時だけ、その都度連れていくんや。ナリトモは珍しい猛禽類の獣人やさかい、いいサンプルがいっぱい採れたわ」
「体つきを見れば分かる。貴様は戦闘員ではないのだろう? ここで吾輩に殺されたくなければ、ナリトモ様のもとへ連れて行け!」
「お断りや。人の敷地に勝手に入っといて、タダで済むと思ったらアカンで!」
女は俺のこめかみにつきつけていたものの先端を、俺の足に向けた。
そっと視線を落として見えたのは、まさかの銃口だった。
背中に冷や汗が流れる。
「ジンさん⁉ ですよね⁉ やめてください、俺思いっきり非戦闘員なんで、あなたに危害は加えないから見逃してください!」
「アホか。キリエから聞いてるわ。アンタ料理人やけど戦うんやろ? うちの娘の顔を傷つけた落とし前は、キッチリつけさせてもらうで」
娘の顔を傷つけた……だと? 俺が顔に傷をつけた女なんて、キリエしかいない。俺の背後にいるのは、まさかキリエの母だというのか?
ということは——
「アンタ、エレガンス製薬の社長か? そうなんだな?」
女は何も言わない。けれど、それは肯定と捉えていいだろう。
「アンタも俺みたいに日本から転移してきたんだろ⁉ どうして異世界に来て犯罪に手を染めるんだ⁉ いや、そもそもどうしてゲルセミウムと繋がりがあるんだ⁉ ここはゲルセミウムの関連施設だろ?」
「ゲルセミウム・エレガンス」
女が俺の耳元で静かに囁いた。生温かい息が耳にかかる。
「……は?」
「ヒロ、ゲルセミウム・エレガンスって知ってるか? 植物の名前や」
「知らない。それが何だっていうんだ」
「アジアに生息する強力な毒をもつ植物や。黄色くて小さい花が咲いてな、致死性の毒を持ってるとは思われへんほどに可憐な見た目なんや。私はこの異世界で、可憐で美しい猛毒として生きようと思った。だからゲルセミウムを作った」
「なんだって……? アンタがゲルセミウムを、作っただと……?」
カゲロウたちもさぞかし驚いているだろう、と思い彼らの方を見た。
リタが苦々しい表情で口を開く。
「ここのチェストに入っている書類を読みました。それをいくつか読めば、ジンという人物がゲルセミウムのトップだということは分かりました。でも、それがまさかヒロさんと同じ世界から来た人だったなんて……」
「以前、ヒロがキリエから聞かされたんニャ。エレガンス製薬の社長は元薬剤師で、日本から来た女にゃって……アンタがジンなのかニャ? ジンという名前は、この世界の人間に紛れるための、偽名かニャ?」
すると、俺の背後でジンが高笑いをし始めた。
「あっはっはっは! ジンは本名や。私のフルネームはジン・ユリコ。神と書いてジン。花の百合に、子供の子。ちょっと変わった名字やけど、紛れもなく日本人のフルネームやで」
神百合子。それが、俺達が今まで戦ってきたゲルセミウムやエレガンス製薬の黒幕だったのだ。この二つの組織は繋がりがあると思っていたが、それらを操っていたのは全てジンの仕業だったのだ。
俺は、腹の底からふつふつと怒りが込み上げてくるのを感じた。
「おい、ジン。なんでアンタはこの世界の人たちを困らせるようなことばかりするんだ? ゲルセミウムのせいで、どれだけの人が苦しんだと思ってるんだ! それに、エレガンス製薬のせいで、ナリトモ様やカゲロウ達がどれだけ苦しんだと思ってるんだよ⁉」
「うっさいわ。アンタ、ウチがこの世界に来て何年経つと思ってんねん。その間に、どれだけ辛酸を舐めたと思ってるねん。分かったようなクチ聞いとんとちゃうぞ!」
ジンが俺の足に向けた銃口から、シュッという音と共に何かが飛び出した。
その直後、足の甲に激痛が走る。
「ぐっ……」
「痛いやろう? ウチは戦闘系のスキルが無いさかい、こうやって自分のスキルで作った薬を銃に込めて打ち出してるんや。まぁ、凶悪な水鉄砲と思ってくれたらいいわ。ガワはオリハルコンっちゅう特別素材でできてるんやけどなぁ。結構いい値段するんやで、アハハ」
同じ日本人だからといって、相手は同じような倫理観ではないらしい。
いや、反社会的組織のトップに倫理観を求める方が間違ってるのだろう。
日本人同士、話せばわかり合えるかも、というのは幻想にすぎないのだ。
「あ、獣人も猫も動いたらアカンよ。次はアンタらのお仲間のヒロの、顔を溶かすで? 嫌やったら大人しく——」
ガシャン! ドカッ!
その時、急に横から降ってわいた衝撃で、俺はジンと共に真横に吹っ飛ばされた。
どうやら俺達の真横にあった窓が割れ、そこから何かが突っ込んできたらしい。
「いてぇ!」
気づくと、俺は誰かにお姫様だっこをされていた。
さっきの衝撃で床に転がった俺を、誰かが即座に抱き上げてくれたらしい。
俺がか弱い女子だったら、ここでホレているに違いない。一体だれが……
「ヒロ、捕らわれのプリンセス状態ってやつ? アタシはさしずめ助けに来た王子様ってとこだな」
「シズカ!」
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