93 ここが最後の部屋だけど
虎の獣人やコカトリスとの戦いを切り抜けた俺達は、孤児院の中を調査することにした。囚われていた子供たちはシズカが逃がしてくれたはずだし、俺達はどこかへ連れ去られたナリトモ様につながる手がかりを見つけたいところだ。その過程でリタのお兄さんに関する情報を掴めれば尚良い。
カゲロウは孤児院の中の廊下を、足音を潜めることもなくドスドスと歩く。もう虎の獣人は仕留めたし、あと何人か出てきても対処できる自信があるのだろう。
目に入ったドアを遠慮なく開きまくり、中に人がいないか確認していく。
時折、ベッドの上で縮みあがっている孤児院の大人がいれば容赦なく縛り上げ、そしてリタのスキルで熟睡してもらった。これであと数時間は大丈夫だ。
「荒っぽいのはあの虎の獣人だけだったね。あとの人たちは俺達が侵入したことにも気づいてなかったみたいだし……」
「いや、非戦闘員であれば、気づいても怖くて出て来れぬのだろう。おそらくあの虎の獣人は、こういったことを見越して用心棒として雇われていたのだ。用心棒といっても吾輩の前では取るに足らない実力だったがな」
カゲロウがニヤリと口角をあげる。そりゃあ王子様の直属部隊の副隊長だから、カゲロウは強いよね。
「ところで、ここのお部屋ですが……」
リタが廊下の突き当たりにあった部屋を開け、首をかしげる。
今まで孤児院の職員のものと思しき個室はだいたい調べてきた。ここが最後の部屋だ。
「ベッドはありますが……シーツが乱れてないですね。ここは最初から誰もいなかったのでしょうか」
「予備の部屋かもしれないニャ。それか、俺様たちが来るのを察知してどこかへ逃げたか……んにゃ?」
「どうした、クロジ」
「奥にもう一個扉があるニャ。俺様は猫だから暗くても見えるけど、ヒロやリタは見えにゃいだろ? 部屋の明かりをつけるニャ」
クロジに促されて部屋の明かりをつける。
孤児院に潜入したことを村人に悟られないために、ここに侵入してからは最低限の光源で調査してきたが、さすがに部屋の中を詳しく調査するにはもっとはっきりとした明かりが必要だ。
リタが壁のスイッチを押すと、部屋の中がはっきりと明るくなった。
「あれ、村人にバレないようにカーテン閉めなきゃと思ったけど、最初から閉まってるじゃん」
「おかしくないですか? 普段使っていない部屋のカーテンなら、閉めっぱなしにしますかね」
「まぁ日光で傷ませたくない書類とかあったら、閉めっぱなしでも変ではないと思うけど……」
リタは釈然としない様子で部屋を見渡している。確かに俺も、もう少し警戒すべきかもしれない。
「それで、クロジが言ってた扉は——あった」
意外と広い部屋の奥の、ついたての向こうに木製の扉がある。
「ここの部屋、今まで見てきたどの部屋よりも一番広いニャ。もしかして、えらいヒトの部屋かニャ?」
確かに言われてみると、置いてある家具も他の部屋より質が高そうだ。
クロジが艶のある木製のデスクの上に飛び乗ると、その天板の下にあるチェストに前足をかけた。
「んにゃ⁉ 引き出しが開かないんにゃ……鍵がかかってるんニャ」
「ふむ、貸せ」
カゲロウはそう言ってチェストの引き出しに手をかける。バキっという音とともに引き出しが開いた。
俺の頭の中には「不法侵入」の文字に加えて「器物損壊」の文字も浮かんだ。
あ、あと虎の獣人もボコボコにしてるから傷害の罪名もつきそうだ。
ここが日本でなくて良かった、と心から思う。例えどれだけ孤児院に非があっても、これだけムチャクチャをすれば、日本なら確実に俺達も罪に問われる。
「怪しい紙がいっぱい入ってるんニャ」
クロジ、カゲロウ、リタはチェストの中から書類の束を引っ張り出すと、手分けして読み始めた。この世界の文字が読めない俺はぼーっとするしかない。
うーん、手持無沙汰だ。
しょうがないので、ついたての向こうにある扉を開けてみる。奥に何があるか確認するくらいなら俺にもできるだろう。
取っ手に手をかけると、扉はすんなり開いた。どうやら鍵はかかっていなかったらしい。
そうっと中をのぞくと、真っ暗だが人の気配はない。
手探りで明かりのスイッチを探し、部屋を明るくする。先ほどの部屋よりは狭いが、一つの壁を丸ごと覆うほどの棚と、作業台のようなものを置いても充分なスペースがある。
壁一面に備え付けられた木製の棚には薬品が入っていると思しき瓶がぎっしりと並び、うっすらと消毒薬のような匂いもする。
ガラスの瓶がぎっしりと詰まった棚には見覚えがある。これは——
「エレガンス製薬……?」
ここにエレガンス製薬の関係者がいたのか、それともあそこから買い取った薬が並んでいるだけか。
その時、俺は消毒の匂いに混じった別の匂いに気付いた。
なんだろう。香ばしいような、少し落ち着くようなこの匂い。
部屋の中をぐるりと見渡すと、俺の視線は作業台の上で止まった。
カップに入ったコーヒーだ。
湯気こそ立っていないものの、触るとまだ温かい。
俺の心臓がドクンと跳ねた。
まだ温かいコーヒーがあるってことは、さっきまでここに誰かいたってことじゃない?
やっぱりリタの言った通り、まだ孤児院のスタッフがいたのだ。おそらく、俺達はまだソイツに遭遇していない。ということは俺達の隙をついて逃げたのか?
村人に助けを求められると面倒なことになる。
俺は急いでカゲロウたちに知らせることにした。
「ちょっとみんな、聞いてくれ! やっぱりこの部屋には誰かいたっぽい。その証拠にコーヒーが——」
そう言いかけたところで、背後から俺の首に腕が回されたのを感じた。
こめかみには冷たい金属の感触がある。
「ヒロさん!」
「馬鹿者、油断しておってからに!」
「ヒロ、早く逃げるんニャ!」
こちらを向いた皆の焦り方を見ても、相当やばいっぽい。
やっぱりそうだよね? 俺、いま後ろから羽交い絞めにされて、こめかみに凶器っぽいものを突き付けられてるよね?
後ろを確認しようにも、がっちりと締め上げられているため、体勢を変えることができない。
ひえぇ、助けて!
「なんや深夜に強盗かと思ったけど、喋る猫に獣人に、若いオネーチャンに……ということは、いまここに捕まえとるボウズはあれか、日本人か」
ねっとりとした女の声は、関西なまりで気だるそうに喋った。
「ウチがせっかくエレガンス製薬に誘ったったのに、誘いを断った上で、あろうことか孤児院に押し入るとはどういうことや。子供らが可哀そうやとは思わんのか。なあ、ヒロ?」
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