91 孤児院への潜入
月がくっきりと見えるようになってから、もう何時間も経った。村の中はしん、と静まり返っている。
「皆、準備は良いか」
カゲロウが一人ひとりの顔を見渡す。
獣人の少年の腕輪も、シズカとカゲロウの頑張りにより無事に外れた。少年はいま、獣人化して元の姿へと戻っている。ちなみに、腕輪を外すまでの間に、彼がヒデヨシという名であることを教えてくれた。
「ヒデヨシ君、犬の獣人だったんだね?」
「ガルルル、狼だ」
ヒデヨシが大そう不満そうに俺を睨んだ。ごめんよ、可愛い子犬にしか見えなかったんだ……。
「ええっと、それで孤児院に突入したら、まず何をするんだっけ?」
俺が尋ねると、カゲロウは目を吊り上げた。
「馬鹿者! どうしてお前は毎回毎回、そう緊張感がないのだ⁉ 何回も言っておるが、まずは囚われている子供たちの部屋に忍び込み、全員の腕輪を破壊する。そうすれば子供たちも全員、身体強化できるはずだ」
「それで、一緒に戦うと」
「馬 鹿 者 ! 子供に戦わせるとは何事だ! 戦闘において足手まといになる子供は先に逃がすのだ。獣人の足で走れば、子供といえど普通の人間に追いつかれることはないだろう。子供たちを先導するのは身体強化できるシズカだ。シズカはヒデヨシと共に子供たちを連れ、村から離れた場所まで走って身を隠してもらう」
「カゲ様、任せといて!」
シズカはウインクしたが、カゲロウは無視している。
「子供たちを逃がしたあとは、孤児院にいる大人たちを縛り上げて、中をじっくりと調査する。本当は憂さ晴らしに大暴れしたいところだが、騒いだ音を聞きつけて村の人間が加勢してきたら厄介だ。この村の人間は信用できんからな。全員、準備は良いか?」
カゲロウは再び全員を見渡した。一人ひとりと目を合わせ、それぞれの覚悟を問うているようだった。
「では、孤児院に行くぞ。あの中には何があるか分からぬ。ただ子供が囚われているだけとも思えぬ。皆、気を抜くでないぞ」
◇
静まり返った村の中を、一列になってソロソロと歩く。
村人たちに孤児院への突入を悟られる訳にはいかない。
俺は自分の呼吸の音さえも押し殺すようにして、ひたすら気配を殺して歩いた。
「ついたニャー」
クロジもいつもよりだいぶ小さな声で呟く。
孤児院の門を押し開けると、キィと音が鳴った。静まり返った夜だと、ほんの少しの音でも大きく響くような気がする。
俺は一瞬息を飲んだが、孤児院から誰かが出てくる気配はない。多分バレてない。
「気を抜くでないぞ」
カゲロウが押し殺した声で言う。俺は静かに頷き、彼の後をソロソロと歩く。
「子供部屋は玄関を入って、廊下の突き当りにある。本当は窓から侵入できたらいいんだけど、子供部屋には窓がないんだ」
ヒデヨシがささやく。
窓がない子供部屋なんて、俺の中ではありえない。日当たりの無い暗い部屋に子供を押し込めていることからも、この孤児院が子供たちをあまり大事にしておらず、なおかつ逃がす気がないことが分かる。
孤児院の玄関前に辿り着くと、シズカが前に進み出た。手にはあらかじめ調合しておいた薬の入った瓶がある。
シズカはフタを開けて瓶を傾け、玄関の鍵穴に向かってトポトポと中身が滑り込ませる。
薬剤を流し込まれた鍵穴はシュワシュワという音とともに刺激臭を放ち、そして音もなく扉が開いた。
「ヨッシャ。アタシ特性の薬剤にかかれば鍵穴なんて屁でもないよ」
俺達は一層足音を殺すようにして、静かに廊下を進んだ。特に床がきしむこともなく、子供たちが寝ているという部屋の前に辿り着いた。
子供部屋には鍵はかかっていないらしい。ドアノブをひねると、あっけなくドアが開く。中からはすうすうと子供たちの寝息が聞こえた。
「トミ、起きろ。兄ちゃんが助けにきたぞ」
ヒデヨシが小さい少女を揺り起こす。きっと彼の妹だろう。
ヒデヨシの気配に気づいたのか、他の子どもたちも次々に起き始めた。
「あれ、ヒデヨシ。どこに行ってたんだよ」
「しっ。静かにしろ。全員靴を履け。逃げるぞ」
俺とヒデヨシで子供たちを順番に起こす間、カゲロウとシズカが子供たちの腕輪を破壊していく。
状況を把握しきれない幼い子供たちが大きな声をあげようとするのを注意するたびに、バレて孤児院の大人が来たらどうなるんだろ……と寿命が縮まる思いだった。
子供部屋には全部で8人の子供がいた。その全員の腕輪を破壊し終わり、身体強化をするように——と告げた瞬間、ひとりの子供が泣き出した。
「えーん! いやだ、怖いもん! それに身体強化なんかしばらくやってないから、できるか分かんない!」
幼い子供特有のよく通る声は、部屋いっぱいにキンキンと響いた。
「わわ! 静かにしまちょうねぇ~! 今からおうちに帰れまちゅからね~!」
「ヒロに赤ちゃん言葉を使う趣味があったとは知らなかったニャ」
「違う! 小さい子供に威圧感を与えないように——」
俺とクロジが小声で言い合っていると、遠くの部屋の扉がバン! と開く音がした。
マズい! バレた! 孤児院の大人が来る⁉
「あーあ、ヒロが赤ちゃん言葉なんか使うせいニャ」
「関係ないだろ!」
「お前ら、緊張感を持てと言っておるだろう! まあいい。小僧たち、身体強化は済んだか? 済んでないその少女は、シズカが抱えて走れ! 今から吾輩の武器で壁を破壊する。その後は全員そこから逃げるのだ! シズカと共に死ぬ気で走れ!」
カゲロウは剣を振り上げ、壁の一部に斬りつけた。一撃、もう一撃と攻撃を加えるうちに、壁が崩れた。子供なら充分に通れる大きさだ。
シズカは先にそこから這い出すと、壁の外で身体強化した。
恐竜の獣人になったシズカの鱗が、月明りに照らされてキラキラと光る。
「カゲロウ……俺も逃げていい?」
「馬鹿者! ヒロとリタとクロジはここに残って孤児院の大人を捕まえ、部屋の中を調査するのだ! まったく、何回言ったら分かるのだ⁉」
「聞いてみただけだよ! 俺だってもう戦いたくないんですけど!」
「誰かが来ますよ! 全員構えて!」
リタの声で、身を固くする。
——でも構えてって言っても、料理人である俺のスキルは対人攻撃はできないし、何をやったらいいんだろうか。
ドタドタという足音とともに、廊下から一人の男が現れた。
日中に、ヒデヨシを連れ戻した男だ。
身長は2メートルほどあり、横幅もかなりある。カゲロウの二回りくらい大きい、大男だ。
「深夜の招かれざる客は……日中に米をよこせと言ってきたお前らだったか。怪しいと思ったが、まさか子供部屋が目当てとは思わなかったな」
ヒィィィ! 体が大きいことに加えて、よく見ると顔もコワイ!
「子供たちは別の者が追っている。どうせ逃げ切れない。お前達の相手は俺がしてやろう。——【身体強化】」
男がスキルを唱えると、彼の体はさらに大きくなり、体全体が毛皮で覆われた。月明りで、その毛皮が縞々模様であることが分かる。
頭の上の耳は三角で、口からは長い牙がにゅっと覗いている。
「ひいい! 虎じゃん! また獣人化ポーションかよ⁉」
「馬鹿者! あれはポーションで変化したのではない! 紛れもなく獣人だ! クソ、ここにも獣人がおったとは!」
武器を構えて睨みをきかせるカゲロウを、虎の獣人が鼻で笑う。
「やはりお前は獣人だったか。妙な武器を持ってるからもしやと思ったが。犬の獣人など俺の相手ではないわ。さっさと息の根を止めてやろう。お前らが何人束になっても、負ける気がしない」
その時、カゲロウから「ぷちっ」という音が聞こえた気がした。
……もしかして、キレた?
「だぁれが犬の獣人だ! どいつもこいつも! 吾輩は誇り高き狼の獣人かつ、ナリトモ様直属部隊の副隊長だ! ミナモト王国の名にかけて、貴様を成敗してくれる!」
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