90 少年の訴え
ひどく焦った様子で廃屋に飛び込んで来た孤児院の少年は、俺達の中に獣人族がいると言い当てた。
確かにカゲロウは紛れもなく獣人族だが、この村に入る前からスキルを解除して非獣人、つまり俺達普通の人間と見分けのつかない姿をしている。一目見ただけでは獣人と分からないはずだ。
おまけに、カゲロウは獣人族の中では小柄かつやせ型だし、俺達と非獣人と体格が違いすぎるということもない。身体強化を解除し非獣人化すれば、少なくとも俺には、少し背の高い普通の人間にしか見えない。
「君はどうして俺達の中に獣人族がいると思ったんだい」
すると少年は無言でカゲロウの剣を指さした。
「それ、獣人族専用の大剣だ。非獣人には重すぎて振り回せない。それに、俺の父ちゃんは冒険者だ。獣人族専用の武器はいくつか見たことがある。こっちの大陸のものとは少し違うだろ」
「ということは、小僧の父親は獣人族の冒険者か」
カゲロウが碧い瞳でじっと少年を見つめた。
「ああ、そしてもちろん俺も獣人だ。なあ、助けてくれ! もう時間がないんだ!」
少年は切羽詰まった様子で言う。
よく見ると、少年は頭の先から足の先までうっすらと濡れている。雨の中、孤児院からここまで全速力で走って来たのかもしれない。
「時間がないってどういうこと?」
「ジンが来た。あいつが来たときは、だいたい仲間が一人連れて行かれるんだ。そして帰ってこない。ジンは『ここよりもっといい所に行く』って言うが、そんな訳あるか! 連れていかれた奴から手紙が届いたこともない。連れて行かれた仲間がその後何してるか教えてくれる人もいない。生きてるかどうかすら怪しいんだぞ! あんたらも気づいてるかもしれないけど、あそこは孤児院じゃない。子供は全員誘拐された獣人の子供なんだ!」
少年は一息で言い切ると、ぜいぜいと息を吐いた。彼の必死さと悲壮感が伝わってくる。
「それで、吾輩たちにどうしろと言うのだ」
「アンタ獣人族だろ⁉ ってことは、俺達を助けに来てくれたんじゃないのか⁉ もう今じゃないと助からない奴がいるんだ! 急いでくれ!」
「フン、どうして吾輩が助けなくてはならんのだ。吾輩たちは米を譲ってもらいに来ただけだ。お前らがどうなろうと関係ない。……ただ、こちらの欲しい情報を話してくれるのなら、少しだけ力を貸してやらんこともない」
「情報……?」
「そうだ。小僧、お前のいる孤児院に鳥の獣人はいるか」
「……猛禽類の獣人なら、いた。でも、もういない」
猛禽類と聞いて、カゲロウの眼にいっそう力がこもる。しかし、次の一言でカゲロウだけでなく、俺達全員が打ちのめされた。
「ナリトモは前回ジンが来たときに、一緒に連れていかれたんだ。その後どうなったかは知らない。それで、さっきまたジンが来た。次は俺の妹が連れて行かれると思う」
「ナリトモって、ナリトモ様か⁉」
大声を上げて驚くシズカを、カゲロウが静かに腕を上げて制する。
「小僧、ジンとは何者だ」
「ジンは獣人族を研究してる奴。いっつも俺達に注射して、血を取るんだ。それがすげぇ痛くて」
もしかすると、ジンは獣人族の血液から獣人化ポーションを作る研究をしているのかもしれない。この村に来るまで、俺達はエレガンス製薬の作る訳の分からない薬による被害に散々苦しめられてきた。
ここは見て見ぬフリをする訳にはいかない。
「それで、小僧はどうして獣人化しないのだ? お前達が獣人化すれば、隙をついて素早く逃げ出すことは可能だったはずだ」
「それは、これだよ」
少年はげんなりした顔で腕を持ち上げた。
手首には白い腕輪がはまっている。
「腕輪……に問題があるのか?」
「ああ。あいつらに捕まってすぐに、俺達獣人の子供はこの腕輪をはめられた。どうしてか、これがあったら獣人化できないんだ」
「なるほど。獣人化を抑制する腕輪か……いや、スキル自体を抑制する腕輪かもしれぬ」
カゲロウは少年の手首を取り、腕輪をしげしげと眺めた。
「カゲロウ、それを壊せばいいんじゃないか? そうすれば、この少年は獣人化して今からでも逃げることができるかもしれないじゃん」
俺が提案すると、カゲロウは「身体強化」と唱え、獣人の姿へと戻った。
少年の腕輪に指をひっかけ、左右に引っ張ってみる。しかし、腕輪はびくともしない。
「だめだな。獣人化して筋力を強化しても腕輪は壊せなかった。吾輩の剣で叩き切れば破壊できるかもしれんが」
「そんなことしたら、腕まで一緒に破壊されちゃうニャ!」
クロジが怯えた声を出した。
「それなら、アタシが薬で腕輪を溶かしてやろうか?」
シズカが張り切って腕まくりをする。
「シズカは一人前の薬師じゃないだろ⁉ この少年の手首まで溶かしちゃうんじゃないか?」
「失礼だな。見習い薬師とはいえ、アタシは薬師の聖地と名高いディカマンにいたんだよ? 完全に溶かしきるほど強い薬剤を使うんじゃなくて、腐食を早める薬剤を薄く塗る。そこで劣化したところをカゲ様の腕力で破壊すれば可能じゃないか?」
「なるほど。それなら可能かもしれぬ」
「ですよね、カゲ様! ああ、アタシとカゲ様初めての共同作業……」
シズカはうっとりとした顔でカゲロウを見ている。
「シズカ、さっさと薬を調合しろ。それからリタ、ジュリア殿に手紙を書いてヒロに送らせろ」
てきぱきと指示を出すカゲロウに、リタは首をかしげる。
「ジュリアさんに何と手紙を書けばいいんですか?」
「ジュリア殿は貴族だから、我々平民よりは軍の警察部へのツテもあるはずだ。警察部に、ここの村で子供の誘拐と監禁が行われている、すぐに人をよこせと伝えるように指示しろ。証拠もあると言え」
「証拠って、この少年の証言だけですよね? もし孤児院にのらりくらりとかわされた場合、私達が虚偽報告の罪で軍に捕まりかねませんよ?」
「構わん。ナリトモ様の名前が出てきた時点で、明らかに孤児院はクロだ。猛禽類の獣人でナリトモという名前の少年が、海を経た大陸に何人もいる訳がない」
カゲロウは牙をのぞかせ、グルル、と唸った。
平静を装っているが、きっと彼の怒りはピークに達しているはずだ。
「おい小僧、ジンとやらはいつも何時ころに孤児院を後にするのだ?」
「だいたい、孤児院にやってきた翌日にいなくなるんだ。でも何時ころに帰ってるのかは分からない。気が付いたらいなくなってる」
「ならば、今日中であればまだ時間があるということだ。全員よく聞け。夜更けに孤児院に突入する。異論は認めん。吾輩は必ず、ナリトモ様に繋がる手がかりを手に入れる!」
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