89 ナリトモ様
「カゲロウが獣人族の王国の軍人だって? おまけに王子様に仕えてるの?」
「そうだ。ミナモト王国の第二王子ナリトモ様に仕え、そして……彼を探している」
カゲロウは俺の手からネックレスを優しい手つきで受け取ると、それを首にかけ直した。
「そのネックレスは軍人の証なのか?」
「そうだ。軍人はみな同じようなネックレスをつけているが、所属する部隊によって少しずつペンダントトップの模様が違う。吾輩がつけているのは、直属部隊の証なのだ」
カゲロウはニッと口角を上げた。自分の身分を誇りに思っている顔だ。
「それでナリトモ様とやらを探している……と。どうして弟を探していると嘘をついたんだよ」
「こちらにも事情があるのだ。アーニマ大陸ではナリトモ様が失踪したことは伏せられておる。彼はいま病に臥せっていることになっておるのだ。第二王子ナリトモ様が行方不明になったことが明るみに出れば、王位継承問題がややこしくなる。第一王子派閥があまりに活気づけば、ナリトモ様のご帰還後に支障が出ることは明白だ。吾輩は問題が顕在化する前に彼を見つけ出し、アーニマ大陸へとお連れするという使命がある」
カゲロウは静かに、しかし力強く言った。
彼の言う事は、果たして真実なのだろうか。
すると、クロジがぴょんと飛び上がり、カゲロウの頭の上にちょこんと乗った。
「こら、クロジ!」
「俺様はカゲロウを信じるのニャ。カゲロウの目の動きも、体の揺れも、いつも通りなのニャ。人間は愚かだから、嘘をつけば必ず体の一部が怪しい動きをするんニャ。でもカゲロウはいつも通り。だからヒロ達も信じていいのニャ」
「クロジ! 吾輩の頭の上に乗るでない!」
カゲロウが頭の上に手をやろうとするのをヒラリと交わし、クロジは床に降り立った。
「……信じていいんだよな?」
俺はカゲロウの目をまっすぐに見る。彼の碧い瞳は一瞬たりとも揺らぐことはない。
そうか、ザカリオのパーティなどで貴族のような所作を難なくこなしていたのは、カゲロウが普段王族の側にいるからなのか。
カゲロウの荒っぽいところは元々の性格に由来するところなのだろうが、きっと主人の前では穏やかで気の利く男なのだろう。
「ああ、信じろ。吾輩もお前達を信じて、本当のことを話そう」
◇
「ふうん、それでその時命を助けられたことでナリトモ様に心酔して、そのまま直属部隊に入ったと」
カゲロウはナリトモに仕えることになった経緯について話してくれた。
冒険者としての任務中に仲間とはぐれた際、助けてくれたのが近くにいたナリトモとその側近達だったそうだ。
元々貴族ではないカゲロウを王族の直属部隊に入れることに関してはひと悶着あったそうだが、紆余曲折を経てカゲロウがナリトモに重用されるようになったという。
「ナリトモ様ほど、人の本質を見抜く力に長けている方はおらぬ。齢十にしてあの人格のすばらしさ。ヒロ達も一度会えばすぐに分かるであろう」
カゲロウは誇らしげだ。
「なるほど、ナリトモ様は10歳なんだね。カゲロウが仕えてるってことは犬……じゃなかった、狼の獣人なの? あ、それともやっぱり、百獣の王だからライオンとか大型のネコ科の獣人なのかな」
「なぜそこでネコの獣人が出てくるのだ」
カゲロウが思い切り嫌そうな顔をした。
「日本、というか俺のいた世界では動物の頂点はライオンっていうネコ科の動物ってことになってるんだけど」
「信じられぬ! あんな意地の悪い、甘え上手で容量がいいだけの猫どもが動物の頂点だと⁉」
「いま聞き捨てならないことを聞いたんにゃけど」
クロジがじっとりとした目でカゲロウを睨む。
「日本の常識というのは頭がおかしいのではないか? 猫の獣人が国を治められる訳がなかろう」
カゲロウは猫の獣人と過去に揉めたことがあるに違いない。
「じゃあやっぱり、ナリトモ様は狼?」
「いいや。ナリトモ様は空と地上すべてを手中に収める、鳥の獣人だ。アーニマ大陸の四大王国のうち、三つは鳥の獣人が国を治めている」
「えー! 鳥なの⁉」
俺が驚きの声をあげると、カゲロウは怪訝な顔をした。
「どうして意外なのだ? 鳥は空を飛べる。地面も駆け抜けることができ、水面を泳ぐこともできる。全ての動物の中で、最も広い土地を知り、なおかつ抜群に頭も良い種族ではないか。我ら狼は地面を素早く駆けることには長けておるが、泳ぎは早くないし、空は飛べぬ。ただ忠誠心の深さは他の種族と比べて群を抜いておるし、戦闘力が高いゆえ、軍では重用されておるがな」
カゲロウは誇らしげに胸を張った。
「はぁ。言われてみればそうか。それで、王族のナリトモ様がどうしてゲルセミウムに攫われるようなことになったんだよ」
「ナリトモ様がご学友と、長期休暇を利用してお出かけになったのだ。おそらく軍の中にゲルセミウムと通じている者がいて、ナリトモ様の行程が漏れたのだろう。ナリトモ様とその側近達は出かけた先で何者かに襲われ、消息を絶った。正しくは、ナリトモ様とご学友2名が消息を絶ち、側近たちは一人が死亡、残りが重傷だ」
「殺されたですって?」
リタがひっと息を飲む。
「その時カゲロウはどうしてたんだよ」
「翌日にナリトモ様が狩を行うとのことで、現地を下見するためにその場を離れておったのだ。吾輩ともうひとりがその場を離れたが、戦闘に長けた直属部隊の面々が3人残っておったのだ。下見組みの吾輩たちも小一時間ほどで戻る予定だったため、警備には問題ないと思われた。しかし、その隙を狙われたのだ。我々が戻った時にはもう、側近の一人は息が無く、あとの二人は血の海に沈み虫の息、ナリトモ様とご学友お二人が行方不明となっていた」
カゲロウはきつく目を閉じ、ぎりりと奥歯を噛んだ。
「王族の私有地だったため、鼠は入り込めんだろうと油断しておったのだ。甘かった。ただ、その場にナリトモ様たちの遺体がないことからも、誘拐されたので間違いないだろうという結論になったのだ」
カゲロウによると、当初は王位継承権を巡って対立している第一王子の派閥の者が過激な手段に出たのかと思ったらしいが、よくよく調べてみても第一王子派閥に怪しい動きはなく、代わりにミナモト王国内で不審な動きをするゲルセミウムという非獣人族の情報が入ってきたらしい。
「元より現王はナリトモ様への関心が薄い。第一王子を自身の後継者にする気だからな。よって、ナリトモ様が失踪しても大々的に捜査を指示したりはしなかったのだ。それよりも、王族の私有地で襲われたという醜聞を広めないことに尽力しているように見えた。よって、ナリトモ様の捜索は側近である吾輩と、狩場の下見に行っていたもう一人で内々に行うことにしたのだ。ナリトモ様の失踪を公にすることは現王も望んでおらず、またナリトモ様が無事に帰還されたあとに彼の足かせになることは必須だ。吾輩はなんとしてでもナリトモ様を見つけ出し、アーニマ大陸にご帰還する手助けをするのだ」
カゲロウはぎゅっと拳を握った。力を込めすぎて、彼の拳は白くなっている。
「それで、ナリトモ様を探しているっていうもう一人はどこにいるんだよ」
「そいつはアーニマ大陸で広く情報を集めている。ゲルセミウムは四大王国の全てに入り込んでおるからな。ナリトモ様はそちらに誘拐されている可能性だってある。こちらの大陸まで来たのは吾輩だけだ」
主を助け出すため、大した情報もないままに海を渡ってきたカゲロウ。
どれだけ心細かっただろう。それ以前に、主を奪われてどれだけ腹立たしく、また辛かっただろう。
彼の心労を想うと、自然に溜息が出た。
「大変だったんだな。俺にできることがあれば——」
なんでも力になるよ、と言いかけたその時だった。
バン! という大きな音とともに廃屋の扉が開いた。
そこから中に飛び込んできたのは、先ほど俺達に助けを求めてきた孤児院の子供だった。
「助けてくれ! もう時間がない。アンタら……アンタらの中に、獣人族がいるだろ⁉」
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