87 ジュリアからの手紙
空は灰色の雲でどんよりと覆われている。
「これ、一雨きそうだぞ」
そう呟くと同時に、俺の頬を一粒の雨が濡らした。
ポツ、ポツと間隔を空けて空から零れ落ちた雨粒は、あっというまにザァっという大きな塊のようになって地面に降り注いだ。
「まずい、通り雨かも! どこか雨宿りできる場所はあるかな?」
「あそこに廃屋っぽい家があります。家の前に朽ちた家具が放ってあるから、多分人は住んでいないかと……とりあえず、あそこに向かいましょう」
俺達は、リタが見つけた廃屋へと走る。幸い、玄関は施錠されていなかった。
俺達はビショビショになりながら家の中へ滑り込んだ。
「うひゃぁ。一瞬でビショビショだよ。参ったなぁ」
シズカが顔をしかめて服の裾を絞る。ポタポタと水滴が床を濡らした。
「ごめんくださいニャ。……ふんふん、やっぱりここは誰も住んでいないのニャ。しばらくここで雨宿りさせてもらおうニャ」
クロジは鼻をヒクヒクと小刻みに動かしながら家の中を歩いた。
床じゅうに小さな肉球のスタンプが押される。
「それにしても、米を譲ってもらったらさっさと街道に戻ろうと思ったのに、明日の朝にまた行かなくちゃならないなんて。おまけにゲルセミウム絡みだから、リタのお兄さんやカゲロウの弟の手がかりも調査しなくちゃならないし……」
「カゲ様の弟……?」
シズカが首をかしげて俺を見る。
「ああ、シズカにはまだ話してなかったな。俺達の旅の目的は大きく二つある。一つ目は、俺とクロジとシズカが日本に帰るための手がかりを探すこと。二つ目は、行方不明になっているリタのお兄さんとカゲロウの弟の手がかりを探すこと。二つ目に関しては、どうやらゲルセミウムっていう反社組織が関わっているらしいってことは分かってる。だから俺達はゲルセミウムの手がかりがあれば、そこに積極的に関わっていかなくちゃならない」
「ほお。こっちの世界にも反社はいるんだな。世界は違えども、人間が住んでたらそんなもんか。で、そのゲルなんとかってやつが、そこの孤児院を運営してるってことだね? それは分かった。なあ、みんなも思ってると思うけど、あそこの孤児院怪しくね? だって男の子が『助けてくれ!』つってきたんだよ? 絶対なんかあるって」
俺もそう思う。村の人たちはあの孤児院を信用しているのかもしれないが、俺はゲルセミウムが善意で孤児院を運営しているとは思えない。
「吾輩もそう思っておる。しかしあそこであの男を問い詰めてみろ。我々は警戒され、米をもらえないどころか、孤児院にも近づけなくなるであろう。あの子供もすぐに死ぬ訳ではないだろうし、明日の朝まで様子を見てもいいだろう。とはいえ」
埃っぽいソファに腰かけていたカゲロウが、すっと立ち上がった。
「あした再度、孤児院に行く前に情報は集めておいた方が良さそうだ。雨も少し小ぶりになってきておる。吾輩は少し出てくる」
外を見ると、バケツをひっくり返したような大雨から、霧雨のような細かい雨へと変わっていた。
「はぁ。雨に濡れたカゲ様もステキ。弟さんの行方を一生懸命追ってるなんて、家族思いのステキなお兄さんじゃん。アタシもできる限り協力しよっと。……ん?」
「どうした、シズカ?」
「ヒロのカバン、光ってね?」
シズカが俺のマジックバッグを指さした。マジックバッグの蓋の隙間から、光が天井に向かって線を描くように漏れ出ている。
「なんだよコレ!」
俺は慌ててバッグの中に手を突っ込む。バッグの中に入れているものといえば、主に食材か、食材を調理するためのものだ。激しく光りそうな物を入れた覚えはないのだが……
光の元を取り出すと、それは薄緑色の石だった。片方の先端が尖っていて、もう片方は丸い。表面には複雑な模様が書いてある。
「なんだっけコレ? 見覚えはあるけど何に使うやつか覚えてない……」
「ああ、それ。ザカリオでジュリアさんからもらった魔石じゃないですか?」
「あ! 思い出した! そうだ、ジュリアからもらった、手紙を受け取るための魔石だっけか」
確か、魔石の表面に魔法陣を描き、それを三等分したものだったはずだ。手紙を出す人と受け取る人、それを運ぶ鳥がそれぞれ所有すると説明された覚えがある。
これが光っているということは——
「うわあああ!」
その時突然、廃屋の玄関をバン! と開けて白い鳥が舞い込んできた。大きさは普通のハトよりも一回り大きい。その首元には、俺の持っている魔石とよく似た薄緑の石が、ネックレスになってかかっている。
鳥は俺の顔に勢いをつけてダイブしてきたかと思うと、そのまま紙の束をバサッと落とした。
「むごごご! 顔にぶつかってくるなよ!」
「ジュリアサマカラ、オテガミデス」
鳥は流暢に人間の言葉を喋った。
「わあ、この鳥さん賢い!」
鳥は顔を輝かすリタの周りをすいっと一回りすると、そのまま玄関から出て行った。
鳥の仕事は完了したということだろう。
「ジュリアから手紙? 一体なんの用だよ」
「ヒロさん、ジュリアさんから手紙を書いて欲しいって言われてませんでしたっけ?」
「……え?」
「ほら、ジュリアさんが将来ヒロさんをモデルにした小説を書きたいから、その参考にするためにこの世界での出来事を手紙に書いてしたためてほしいとか言われてませんでしたっけ?」
「そう言われれば……すっかり忘れてた!」
色々忙しくて、そんなことはすっかり頭から抜け落ちていた。
まずい。この紙の束にはジュリアからの恨み節が書かれているのではないか……と思い、急いで手紙を広げてみたが。
「……読めない。俺はこっちの世界の文字が読めないんだった」
「代わりに読んであげますよ。ええっと……」
手紙に目を走らせていたリタの顔が、みるみる強張っていく。
「おい、リタ。どうしたんだよ」
「え、まさか、そんな」
リタの顔が青ざめて見えるのは気のせいではない。
クロジもリタの肩にぴょんと飛び乗ると、黄色い目を発光させた。スキルを使って手紙を読んでいるのだろう。
「にゃ、なんてことニャ……」
「だから、一体何があったんだよ! 手紙の内容を教えてくれよ!」
「ジュリアさんからの手紙をかいつまんで説明すると……冒頭は貴族らしい長い挨拶から始まります。ここはあまり関係ないので一旦飛ばしますが、問題はその後です」
「だから、何」
「カゲロウに気を付けろ、と書かれています。おそらく、カゲロウは私達に身分を偽っています。彼に……彼に弟はいないそうです」
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