86 村の孤児院
「ゲ、ゲルセミウムだと!? あの孤児院はゲルセミウムが運営してると言うのか!?」
カゲロウが前のめりになっておじいさんに尋ねる。
「ゲルセミウムそのものが関わっているかどうかは知らんよ。ただ、あの孤児院の院長がゲルセミウムに入ってるっちゅうのはこの村の人間なら誰でも知ってることだ。ははあ、やはりザカリオの方でもゲルセミウムは評判が悪いんじゃな?」
俺達がゲルセミウムに反応するのは、そこにリタやカゲロウの家族が関わっているからだ。街での悪評を気にしているんじゃない。
しかし、ここはおじいさんに話を合わせておくことにする。
「ええ、ザカリオでもゲルセミウム絡みの騒動がありまして。うーん、困ったな。せっかく米を分けてもらいにこの村までやってきたけれど、相手が反社会的組織じゃぁ……」
ちらりとおじいさんを見る。
ここでできる限り、あの孤児院の情報を引き出しておきたい。
「お前さんが心配するのも分かる。ワシらもゲルセミウム事態は敬遠しておるよ。ただ、あそこの孤児院は開設してから今日までの数年で問題を起こしたこともないし、あそこの子供はみんな身なりも綺麗じゃ。肌つやも悪くないから、ちゃんとご飯も食べているんじゃろう。全く話の通じない相手ではないと思うがのう」
「なるほど。ちなみにあそこの孤児院には何人くらいいるんですか?」
「子供は10人くらいかのう。大人は時々入れ替わっておるが、常時あそこにいるのは2人くらいじゃな。それから、院長も時々顔を出しておる。ああ、そういえば」
おじいさんはポンと手を叩いた。
「時折、タンボの世話をしに来る娘さんもいるな。まあ、あそこに出入りしている大人の数はそんなもんじゃ。そのうちの誰かに聞けば、米を譲ってもらえるかもしれんな。無事に手に入るといいのう」
◇
「はぁ、まさか米を求めてきたらゲルセミウム絡みだったなんて」
「何をがっかりしておるんだ。せっかくゲルセミウムに近づくチャンスなのだぞ? 米を求めている料理人のフリをしてあの孤児院に近づく。完璧なプランではないか」
カゲロウは俺の背中をバシッと叩いた。背中がジンジンする。
確かにリタやカゲロウの家族の行方を追うには、ゲルセミウムの尻尾を掴むしかない。
ただ俺は、今回は戦いとは関係なく米を満喫したかったのだ。
この世界に来てから、ひたすら戦っている。
たまには戦いとは無関係な、ただの料理人でありたいと思うのは贅沢だろうか。
「ところで、どうやって孤児院を尋ねますか? もちろん、米を譲ってもらう交渉をするのは大前提ですが、あそこがゲルセミウムに関係するのであればしっかり探りも入れた方がいいでしょうし」
リタがむむっと言いながら唇に指を当てる。
「孤児院を見学させてくださいって言うのはダメかニャ? そうすれば建物の奥の方も探れるのニャ」
「さすがに急に見学させてくれって言うのはダメっしょ。話を聞いてる感じだと、あいつらはゲルなんとかっていう反社なんだろ? 犯罪者を取り締まる軍のスパイだって来るかもしれないのに、部外者をそう簡単に内部には入れないだろ」
俺達は顔を見合わせ、お互いにうーんと唸った。
その時、孤児院の方からこちらに走ってくる小さな影が見えた。
「誰か来るのニャ。……子供かニャ?」
見ると、小学校低学年くらいの大きさの少年が、息を切らせて走ってくる。
その子は俺達の姿を見つけると、少しスピードを上げた。
「あ、あんたら、村の人間じゃねぇよな!?」
その少年は切羽詰まった様子で、俺達に切実な眼差しを向けた。
白い服に、白い腕輪を嵌めている。孤児院の揃いの服だろうか?
「俺達はザカリオから来たんだけど。君、もしかして孤児院の子かな? それなら——」
「助けてくれ! 頼む、あそこの孤児院はおかしいんだ! 俺以外にも何人も子供がいる。でも本当はみんな孤児じゃない。みんな家に帰りたがってる。お願いだから軍の警察部っていうやつを呼んでくれ。この村の人間はダメだ。俺達の話を信じちゃくれねぇ。俺達がただの孤児だと思ってる。早くしねぇと孤児院の先生が——」
その時、少年の後ろから背の高い男が現れた。2メートル以上あり、カゲロウよりも更に大きく、がっちりとした体形だ。
「すみません、うちの施設の子供がご迷惑をおかけして」
男は少年の襟首をひょいと掴むと、柔和な笑顔で言った。少年の足が地面から離れる。
「この子、何か変なことは言っていませんでしたか?」
「はあ、なんか助けてくれとか……むぐ!」
俺が答えようとすると、カゲロウが俺の口を手でふさいだ。苦しい。
「いえ、何も言っておりませんよ。我々は米という珍しい食材を求めてこの村まで来たのです。いまちょうどその少年が走ってきましたので、米について知らないか尋ねていたところなのです」
カゲロウは出鱈目を言った。俺達はこの少年とそんな会話はしていない。
「おや、米のために、わざわざ? 随分珍しいですね?」
男は俺達一行を舐めるように観察する。その視線は俺達を信用していいかどうか思案しているようだ。
「ええ、こちらの姉弟は料理人なのです。珍しい食材とあらば、西へ東へと探し回っているそうで。今回は彼らの護衛として私とそこにいるヒーラーの彼女が付き添っているのです」
「ああ、そういうことだったのですね。でも、米は全てエドランの方へ出荷することになっておりまして……」
男が断りの体勢に入りそうになると、リタがずいっと前へ身を乗り出してきた。
「お願いします! そこをなんとか! 私はどうしてもその米っていうやつを食べてみたいんです。米とコカトリスを一緒に食べると天国に昇るような味わいだとある人が教えてくれました。お願いします、どうか、どうか~!!」
リタが拝み倒すように男にすがりつくと、男は顔を盛大に引き攣らせた。
「こ、米を探しているのはそちらのご姉弟では? この女性は護衛のヒーラーではないのですか!?」
「コラ、リタ! 失礼なことをするんじゃない!」
リタは「ひぃん」と泣きながらカゲロウに引っ張り戻された。
そんなに米を食べたかったのか……。
「コホン、米を譲れるかどうかは、私の一存では決められません。明日の朝に責任者が孤児院に参りますので、その時に再度訪ねてもらえませんか? 話は通しておきますので」
男は俺達をいぶかしげな眼で見ると、そのまま少年の襟首を引っ張って孤児院へと戻っていった。
「これで明日は孤児院に潜入できますね!」
リタが爽やかに言うと、カゲロウが彼女にゲンコツをくらわせた。
「なぁにが『潜入できますね』だ! 余計なことを言いおって! リタのせいであの男に怪しまれたではないか」
「違いますよ、私の情熱が通じたから明日孤児院を訪ねられることになったんですよ! 勘違いしないでください!」
リタとカゲロウはバチバチと火花を飛ばしあっている。
「まあまあ、とりあえず明日までこの村の中で時間を潰そう。……ん? なんだか一雨きそうだな……」
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