83 シズカの提案
「キョウリュウ……とは何なのだ」
カゲロウは納得のいかない顔で俺を見る。獣人については自分の方が圧倒的に詳しいはずなのに、俺が分かったような口をきくのが面白くないのかもしれない。
「俺の住んでた世界で、太古の昔に繁栄した大型の動物だよ。爬虫類や鳥に似てるんだけど、既に絶滅しちゃってる。アーニマ大陸には恐竜はいなかったの?」
「いたのかもしれんが、聞いたことがないな。少なくとも、そのキョウリュウとやらの獣人はおらん。まぁシズカはこちらの人間ではないから、ヒロのように珍妙なスキルを持っていても不思議ではないな」
そう言って、カゲロウはシズカに視線を移した。
シズカはリタやディカマンの人々に囲まれながら、身体強化で変化した自分の体を自慢している。
獣人化したシズカは女の子が好きそうな可愛いらしい見た目ではないものの、彼女はその姿をかなり気に入ったようだ。鏡に映った自身の姿を見て、うっとりしている。まぁ、好みは人それぞれなので、何も言うまい。
◇
翌朝、俺達はディカマンを発ち、ナルゴヤを目指すことにした。ここからは歩いて二日ほどらしい。
俺達一行に加わることにしたシズカは、その背中がすっぽりと隠れそうなほど大きな荷物を背負っている。ディカマンの人々からの餞別や、長老から譲ってもらった薬や調薬に使う道具が入っているらしい。
ディカマンの人々は朝早いにも関わらず、住民の全員で俺達を送り出してくれた。彼らの顔をみていると、シズカがここでどれだけ愛されていたかが分かる。
彼らに別れを告げ、俺達は次の目的地を目指して歩き出した。俺達が進むのは大きな街道ではないので、馬車などはない。ひたすら歩くしかない。
小一時間ほど歩いたところで、シズカが荷物の中からおもむろに一つの瓶を取り出した。
「なぁ、ヒロ。これなーんだ」
シズカは意味ありげな口調で、俺の顔の前で瓶をシャカシャカと振って見せた。瓶は掌ほどの大きさで、中には白い粒が入っている。
色は白くて、形は少し細長い。粒はさほど小さい訳でもない。
「え、まさか!」
俺はシズカの手から瓶を奪い取るようにし、まじまじと中身を見る。シズカは「その、まさかだ」と言い、悪い顔をしてニッと笑った。
「これ、どこで手に入れたんだよ!?」
「なんと、ばあちゃんの家の奥にあったんだよ! 色んな薬の材料と一緒になってたんだ。数か月前にディカマンに来た商人から買い取ったらしいんだが、使い道がないとかでそのままにしてあったんだよ。なぁ、すごいだろ?」
「二人だけで分かる会話をしないでくださいよ。何がすごいんですか?」
リタが不満そうに頬を膨らます。
「悪い悪い。これはな、米っていって、俺達の故郷の主食だ。これをオカズと一緒に食べると、めちゃくちゃ美味い」
「めちゃくちゃ、美味いんですか」
リタの目の色が変わる。穏やかな少女の目から、肉食獣の目へと変わった。
「ああ、美味い。まぁ日本産じゃないから味がどこまでかは分からないけど……でも、炊いた米にコカトリスの炭焼きをのっけて、カゲロウが持ってる醤油と砂糖を煮詰めて作ったタレをからめれば、世にも美味しい焼き鳥丼ができる」
「今すぐに作りましょう! コカトリスを探せばいいんですね? そしたらその美味しい、ヤキトリドンとかいう食べ物が食べれるんですね!?」
「でも、一つ問題がある。米の量が少なすぎる。この瓶に入ってる米の量じゃ、せいぜい二人分ってところだな。皆で食べるには足りない。まぁ、足りない分は追加でパンでも食べればいいんだけど」
でも、せっかく久々に米を食べるなら、米だけで腹いっぱいになりたいと思うのは贅沢だろうか。こっちの世界に来てから、炭水化物といえば固いパンか芋だった。一度だけ柔らかいパンも食べたが、それでも日本のものに比べると食感の柔らかさも味も物足りなかった。そろそろ、何か美味しい炭水化物を腹いっぱい食べたい。
俺が小さい溜息をつくと、シズカがすかさず声をかけてきた。
「ヒロもリタも、米を食べたいよな? もし、米が手に入りそうな見込みがあるってアタシが言ったらどうする?」
シズカは俺達を試すように言う。彼女は何か知っているのか? するとリタが元気よく挙手をした。
「はいっ! はいっ! ヒロさんが美味しいと言う、ヤキトリドンが食べたいです。どこに行けばその米とやらは手に入るんですか? 早くナルゴヤに急げということでしょうか?」
「いや、ここの道をまっすぐ行けば二日ほどでナルゴヤだが、ここの道を左に逸れると米がある、かもしれない」
シズカは目の前にある二股に分かれた道を指さした。
「かもしれない、ってどういうことだよ?」
「こっちの世界では多分、米は一般的に食べられてる食材じゃない。アタシはディカマンに辿り着くまでいくつかの町を転々としたんだが、いずれも米は見当たらなかった。でもやっぱり日本人として米が食べたいじゃん? そこで、ばあちゃんちでこれを発見したとき、ばあちゃんに色々聞いたんだ。そうしたら、こっちにある農村で米らしきものを作ってるっていう情報をゲットしたワケ」
「農村に寄り道したとしたら、どれくらい時間がかかるのかな」
「片道半日くらいだと。それくらいの寄り道なら許されるだろ? なんせこの先もきっと長いんだろ? それまでに米を手に入れて、アタシらの食糧事情を整えとこうよぉ」
シズカは甘えるように体をくねらせて言った。それをきっぱりと両断したのはカゲロウだ。
「ならん」
「なんでよ。行くのに半日、この街道に戻るのに半日だ。1日くらい食料調達に費やしてもいいじゃない」
「ならん」
カゲロウは再びきっぱりと言った。シズカが仲間入りすることに反対していたカゲロウなので、シズカの意見というだけで否定したいのかと思ったが、そうではないらしい。
「田舎に行けば行くほど、排他的な雰囲気になる。シズカが行こうとしているのは、街から離れた農村だ。そんなところに吾輩達が行ってみろ。米を売ってもらえるどころか、村の入り口で追い返されるのがオチだ」
「さすがにそれはないでしょ。それにカゲロウはスキルを解除したら普通の人間の見た目になるじゃん。差別だなんて——」
俺が軽い調子で言うと、カゲロウはため息をつきながら小さく首を横に振った。
「吾輩は自分のことだけを言っているのではない。ヒロのその特殊な髪色のことも言っておるのだぞ」
そう言われてハッとした。そうだ、俺はこの世界では珍しい黒髪なのだ。確かに、今までも髪をジロジロと見られることが多かった。都市部であれば色々な人がいるので許容されていたが、人口の少ない田舎の農村部でも同じように許容されるとは限らない。
「こっちの人は他人の見た目に敏感なんだね。そういうことなら、アタシに考えがある。要は、ヒロの髪色を目立たなくすればいいんだろ?」
シズカはニンマリと笑うと、自身の荷物の山に手を突っ込んだ。中から出てきたのは調薬用のボウルとすりこぎだ。
シズカはいくつかの薬品をボウルの中で混ぜ合わせると、その辺に生えている雑草をブチブチとちぎり始めた。
「何してるんニャ?」
「まぁ見てなって」
シズカは慣れた手つきでボウルの中に雑草を放り込んでいく。そして、どろりとした液体を作り出すと、それを俺達の前にずいと突き出した。
「くっさいのニャ!」
ボウルに顔を近づけたクロジが、目と口を思いっきり見開いたと思ったら、そのままフリーズしてしまった。フレーメン反応というやつか。
カゲロウも鼻がきくようで、思いっきり顔をしかめると数歩後ずさった。
「シズカ、何をする気だ!?」
「何って、ヒロの髪を染めるんだよ。田舎の農村でも浮かないような髪色にするのさ」
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