82 新しい仲間
扉から入って来たシィの両腕には、何人もの子供が楽しそうにぶら下がっている。皆一様にキャッキャと楽しそうな声を上げていて、なんだかこっちまで楽しくなってくる。
「ばあちゃん、アタシ、ディカマンに来れて良かったと思ってるよ」
シィは子供を一人ずつ丁寧に床に下ろすと、「外に遊びに行っておいで」と声をかけた。子供たちはきゃーっと元気な声を上げながら、扉から外へ飛び出していく。全員が外へ出ると、再び家の中は静かになった。
「アタシさ、ここに来たおかげで、家事とか薬づくりとか色々できるようになったこと、本当に感謝してるんだ。ここに来る前のアタシは家事もロクにできなかったし、仕事も続かなくて、本当にダメなやつだった」
ここに来る前、とは日本に居た頃の話だろうか。シィの過去が少しだけ垣間見えた。
「ここに来る前に自分もスキルが使えるって気づいてたら、きっとそのスキルに頼りきりになってたと思う。アタシのスキルは腕力が強くなるみたいなんだけど、もしかしたらそのスキルで誰かを傷つけたり、喧嘩に明け暮れてた可能性もある。でもディカマンの皆にお世話になったあとの今の自分だったら、このスキルを正しく使える気がするんだ。だから、ばあちゃん、絶対に自分を責めないでほしい。それから、今日までアタシの面倒を見てくれてありがとう」
長老は目を潤ませながら、「そうかい」と呟いた。
「シィは、行くんだね?」
「うん、アタシは、ヒロ達と一緒に行くことにした!」
「はあぁ!? 何も聞いてないけど!?」
驚いた俺が立ち上がると、シィは俺をギロリと睨みつけた。
「なによ、文句あんの」
「いや、文句はない……けど! 長老に伝える前に、先に俺達に了解を取ろうとか、そういう考えはないわけ!?」
「なんでアンタらの了解がいるんだよ。だいたい、ヒロは故郷への帰り方を探してるんだろ? それって日本に帰るってことじゃないのか」
「なんで知ってるんだよ」
「なんでって、でっかい声でばあちゃんとそんな話をしてたじゃないか。アタシもベッドに横になりながらだけど、アンタらの話はしっかり聞いてたんだ。その時はヒロの言う故郷ってやつが日本だとは気づかなかったけどね」
「シィは日本に帰りたいって思うのか?」
「当たり前じゃん! こっちの世界に来て半年以上経つけど、日本を想わなかった日はないよ。味噌汁が飲みたい、米が食べたい、ウォシュレットのあるトイレに座りたい、推しのライブに行きたい……やりたいことは、たんまりとある。だからヒロが日本に帰ろうとしているのなら、アタシもそれに乗っかるってワケ」
シィが日本に帰りたいと当たり前のように言ってのけるので、俺は少々面食らってしまった。だって、ザカリオで会ったハオランも、イッセーで会ったダイゴも、日本に帰ることをそこまで望んでいなかった。こんなにも日本に帰ることに固執している自分の方が変なのではないかと少し悩んでいたくらいだ。
俺達がぎゃあぎゃあと話している声がうるさかったのか、ベッドで寝ていたリタが「うーん」と声を上げた。
「リタ、起きたのかニャ? しんどくないかニャ?」
すかさずクロジが走ってベッドの淵に跳び乗る。リタが上体を起こすと、クロジはリタの腹のあたりにぐりぐりと自分の頭を押し付けた。
リタは今の状況が飲み込めないようで、きょろきょろと辺りを見回している。
「ここは……おばあさんの家ですか? なぜ私はベッドに……。確か、外に出たらたくさんのモンスターがいて、戦っている方々の救護にあたっていたら白いキツネに襲われて……そこから記憶がないんです」
「アンタは白いキツネ、もといアイスフォックスに噛まれて凍死寸前だったんだ。そこでアンタを助けるために、デカいウナギと戦って薬の材料を手に入れたのが、このアタシってワケ!」
シィが思いっきりウインクをした。恐る恐るカゲロウの顔を見ると、彼はもう爆発寸前である。
「さも自分の手柄かのように言うでない! そのデカいウナギと楽しく遊んで気を失ったお前を、はるばるディカマンまで運んだのは誰だと思っておるのだぁぁぁぁ!!!!!」
「やだなぁ、ふわもこ兄さん。そんなの分かってるよ。猫に人間は運べないだろうし、ヒロも荷物がいっぱいだったし、アタシを運んだのはふわもこ兄さんだって分かってるよ」
「だぁれが、ふわもこ兄さんだ! 変な呼び方をするな! おいヒロ、吾輩はこんな変な女と一緒に旅をするのはごめんだ! いますぐ断れ!」
カゲロウはグルルルル、と聞いたことがないほどの唸り声を発しながらキレている。
「まぁまぁ、カゲロウも落ち着いてください。話がよく分からないのですが、そちらの金髪の女性が今後一緒に旅をするという話ですか?」
リタが穏やかに尋ねると、カゲロウはガルガルと唸りながら答えた。
「そうだ! リタもよく知らぬ人物と一緒に旅をするなんて嫌であろう? 今すぐ断っていいのだぞ!」
「いえ、私は構いませんけど」
「なに!?」
「だって、カゲロウもヒロさんも男性だから、色々気を遣うこともあるんですよ。特に野営の時なんかはね。だから、仲間に女性が増えるのは歓迎です」
すると、カゲロウは叱られた犬のようにひゃんひゃんと情けない声を発しながら言った。
「でも、でも、この女は吾輩のことを変な名前で呼ぶし、戦闘の後に気を失って迷惑をかけてくるし、道案内役のはずなのに洞窟内の道をよく分かってないかったのだぞ!?」
「不満はそれだけですか? それくらいなら許容範囲じゃないですか。仲間が増えることはいいことです。私はリタ。ヒーラーなので、この中では回復役です。あなたは?」
リタはにっこりと微笑んでシィを見た。
「アタシはシィ……いや」
シィは少し間を置いたあと、腹を決めたように続けた。
「本名はシズカだ。ディカマンの人たちにはシズカっていう名前は発音しにくいみたいで、ずっとシィって呼ばれてた。シィっていう響きも悪くないけど、誰からも本名を呼ばれないと、自分が何者か分からなくなっちまいそうで、時々怖かったんだ。だから、これからはシズカって呼んで欲しい。スキルは身体強化ってやつだ。そういえば、リタは寝込んでたからアタシのスキルを知らないよな? ばあちゃんも、アタシのスキル見たいだろ? みんな家の外へでてくれよ。アタシがどんだけかっこいいか見せてあげる」
シィは部屋の壁に立てかけてあった鏡を掴むと、意気揚々と家の外へと出て行った。カゲロウは、不満そうにその後ろ姿を睨みつけていた。
◇
「やあやあ、みんな集まってよ。アタシ、実はスキルが使えたみたいなんだ」
外に出たシズカは家の外に出ていた人たちを集めると、その真ん中に立った。
「さあ見ててよ! いくよ、【身体強化】!」
シィがスキルを唱えると、彼女の体はあっという間に獣人へと変化した。筋肉で肥大化した体は、やはり鱗に覆われ、背中や腕には羽毛もある。これは一体何の動物の獣人なのだろうか。
「うわあ、トカゲ人間じゃないか!?」
「いや、羽毛があるから鳥のなりそこないじゃないのか?」
「すごい爪だな」
周囲の人々は好き勝手に感想を言い合っている。凶悪な見た目を皆恐れるのではないかと心配したが、杞憂だったようだ。皆楽しそうにワイワイ言いながらシズカの体を触っている。
「この鱗、薬の材料になったりしないだろうか」
「この爪を削って粉末にしたら新しい薬を開発できるんじゃないか」
ディカマンの人間が、だんだんマッドサイエンティストの集まりに見えてきた。いくら研究熱心だからといって、仲間の体の一部を薬の材料にしようという発想はなかなかぶっとんでいる。そんな人々に囲まれて、シズカの顔も心なしか引きつっているように見える。
「それにしても、シズカは一体何の獣人なんだろうな」
カゲロウに尋ねると、彼は腕を組んだまま「うーむ」と首を傾げた。
「少なくとも獣人族にあんな珍妙な見た目の奴はおらんな。爬虫類系の獣人かとも思ったが、普通は羽など生えておらんからな。彼らの進化系のようなものか?」
そもそも、シズカは爬虫類の獣人なのかだろうか。俺の頭の中で何かがひっかっかっている。鱗があって、羽毛があって、大きな爪がある動物……。
「ああ! 分かったぞ!」
俺がポンと手を叩くと、それに驚いたクロジが尻尾をピンと逆立てて言った。
「何が分かったのニャ。もったいぶるニャ!」
「シズカは恐竜の獣人なんだ!」
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