81 洞窟からの脱出
カゲロウにどやされながら洞窟内でウナギを集めた俺は、それらが満載された網を肩にかけ、奥にある抜け道へと急いだ。
「殿は任された!」
シィは抜け道に急ぐ俺達の最後尾で、嬉々として迫りくるウナギたちを薙ぎ払っている。……シィって戦闘狂なのかな?
洞窟の奥の抜け道に入ると、先ほど通って来た道とは異なり、地面にはかなり水が溜まっていた。走る度にバシャバシャと音が響く。
奥へ進めば進むほど、水かさが増していく。最初は地面に水たまりがある程度だったのが、今はくるぶしより上のあたりまで水がある。このまま進んでも大丈夫なのだろうか?
「明るい光が見える! 外が見えてきたのニャ!」
あともう少し、と自分に言い聞かせ、水圧に負けないように必死に足を持ち上げる。後ろを振り返る余裕はないので、ウナギたちが追いかけてきているのかは分からない。
「出た! 外だ!」
抜け道から外へ出ると、そこは浅い池に繋がっていた。洞窟に入る前は曇り空だったが、今は雲の切れ間から青い空がよく見える。
中に居た時間は小一時間程度だろうが、今は広々とした空の下にいることが、涙が出るほどありがたい。生臭い空間から解き放たれた俺は、肺いっぱいに外の空気を吸い込んだ。
「すーはー。やっぱり洞窟より外がいいよなぁ。なんて空気が美味しいんだ」
「ヒロ、何をしている!? 早く水から上がらんか!」
「カゲロウって本当にせっかちだよね。俺は今、美味しい空気を胸いっぱいに味わって……」
「馬 鹿 者 ! 足元に小さな水蛇が巻き付いているのが見えんのか!!!!」
カゲロウの声にハッとして足元を見ると、両足それぞれにウナギがまきついている。いや、よく見ると、池の中に何匹ものウナギがいて、そのすべてが俺のことを丸い眼で見ている。
両足に巻きついたウナギが、ギリギリと俺を締め上げ始めた。
「いててて! 痛い痛い痛い! カゲロウ、助けて!」
両手でウナギが満載された網を持っているため、俺はスキルを発動できない。早く助けて欲しいのだが、カゲロウとクロジは呆れた顔で俺を見てる。そんな顔で見てないで、早く助けて!
「アンタ、案外どんくさいんだな」
そう言って、俺をザバッと水から引き揚げたのは、後ろから来たシィだった。シィは子猫の首を掴むかのように、俺の首根っこを掴んでいる。なんか俺、今回めっちゃ首の後ろを掴まれてないか?
シィは俺を池から離れた地面に下ろすと、足首に巻き付いたウナギをいとも簡単にはがし、池の方へぽいっと放り投げた。
「ここにウナギが生息してる穴場スポットがあっただなんて、ディカマンの人たちも誰も知らないだろうな。ここだったらあのデカい電気ウナギと対峙せずとも、ウナギが獲れる。薬の材料が手に入るってことだ。これは大発見だなぁ。長老たち、アタシのことを見直すぞ。ふっふっふ」
そう言ってニンマリ笑うシィの背中からはいつの間にか羽毛が消え、体からもどんどん鱗が消えていっている。羽も鱗も周囲に散らばるようなことはなく、彼女の皮膚に染み込むように消えていく。
「シィ、スキルを解除したの?」
「スキル解除? いや、何もしてないけど……」
しかし、シィの体からはあっという間に獣人の要素が消え、いつものシィへと戻っていった。肌はつるんとして、そこには鱗も羽毛もない。
「あれ、おかしいな。もっかいスキルを発動させるか。【身体強化】! ……って、あれ? 体が変わらない。それに体に力が入らな……」
シィはそのまま崩れ落ちるように、バタリと倒れてしまった。気を失ったようだが、近づくとスヤスヤと寝息を立てている。疲れすぎて寝落ちしたようだ。
「あんなに大暴れするからニャ。さて、ディカマンに戻らにゃいとだけど、ヒロはウナギで手がいっぱい。猫チャンに人間を抱えることはできにゃい。となると——」
「む、吾輩しかいないではないか! クソ、とんだお荷物女だ!」
カゲロウは鼻の付け根に思いっきり皺を寄せると、シィをドサリと肩に担いだ。
◇◆◇
ディカマンの集落に戻ると、多くの住民が外でウロウロしていた。雪男を山へ返すための処置をしていたのかもしれないし、水蛇の洞窟へ行ったシィが心配で、気が気ではなかったからかもしれない。
「シィが帰ってきたよ!」
住民の一人が声を上げると、周囲で作業していた人たちもバッと顔を上げ、俺達の方へわらわらと集まってきた。
「シィ、大丈夫かい? 獣人のお兄さんに担がれてるじゃないか。気を失っているのかい? それとも怪我でもしたのかい」
「こやつは寝ているだけだ。心配ない」
カゲロウはシィの代わりに答えると、その辺の地面にシィをドサリと寝かせた。女の子なんだし、どこかの家のベッドまで運んであげてもいいんじゃないかとも思ったけど、明らかにカゲロウが苛立っているのが分かったので黙っておいた。
洞窟の出口からここまで、かなりの道のりを一人でシィを抱えて歩いたのだ。彼も疲れているのだろう。
ディカマンの子供たちはシィの周りに群がると、体をツンツンとつついて遊び出した。
「おい子供たち、その辺にしておやり。それで、水蛇は捕まえてこれたのかい」
長老がゆっくりとした足取りでこちらへと向かってくる。
「ええ、おかげさまで大漁ですよ。ホラ!」
俺がウナギが満載された網を見せると、長老は「ふうむ」と唸った。
「あの狂暴な水蛇を、3人と一匹でよくここまで捕まえられたもんだね。アンタら一体何者なんだい。ただの無職として遊ばせておくのが勿体ないよ。さぁて、じゃぁ早速薬を調合するとするかね。水蛇を持ってついておいで」
長老は俺達を連れて、自宅へと入っていった。雪男が現れる前にシィが寝かされていたベッドには、今は真っ白な顔をしたリタが寝かされている。その横にはマノが付き添い、俺達がいない間もリタが手厚く看病されていたであろうことが分かった。
長老はウナギを受け取ると、慣れた手つきで捌きだした。薬の材料にはその血液を使うらしい。他にも色々と説明してくれたが、薬を調合する手順は複雑で、俺には長老の説明の半分も理解できなかった。
長老はてきぱきとした動きであっという間に薬を完成させると、リタの横へと移動し、彼女の傷口にその薬を刷り込み始めた。長老が薬を塗り込むと、それまで凍り付いていた腕の傷跡が、みるみるうちに血色を取り戻していく。それまで真っ白だったリタの顔にも少しずつ赤みがさしてきている。
「これで大丈夫だ。目が覚めたら薬草茶を飲ませるといい。そうすれば半日もすれば普段通り動けるようになるさ」
長老の言葉で、俺達は全員胸を撫でおろした。思わず口から長い溜息が漏れる。
「それにしても、アンタらだけでよく水蛇を捕まえられたもんだ。おまけに全員、ほとんど無傷だ。いったいどんな手を使ったんだい」
俺は、洞窟内であったことを順序だてて説明した。長老はシィが空洞の民ではなかったことに大いに驚いていた。
「そんな、あの子は空洞の民じゃなかったのかい!? あたしはあの子もスキルがないものだとばっかり……。あの子にもスキルがあるって早く気づいてやれてたら、こんな辺鄙なところに住んで不便な生活をしなくても済んだだろうに」
長老はがっくりと肩を落とした。
「でも、ここもいい場所じゃないですか。自然も多いし、薬師がいっぱいいるから怪我や体調不良でもすぐに対応してもらえそうだし!」
俺はとりなすように言ったが、長老は無言で首を横に振った。
「スキルのない空洞の民は、差別の対象にしかならないよ。だから普通の町にはなかなか住めない。町なら色んなスキルが溢れてて、便利に暮らせる。でもここでは全部自分たちの手作業でなんとかしないといけない。不便極まりないよ。差別される不便さは、そこの獣人のお兄さんならよく分かるだろう」
カゲロウは静かに頷いた。
「シィにスキルが無いと決めつけていたばっかりに、あの子はしなくていい苦労をしたんだ。あたしはそれが申し訳なくてねぇ」
「なに言ってんの、ばあちゃん! そんな訳ないじゃん!」
扉を勢いよく開けて入ってきたのは、シィだった。
次回の更新日は、来週の月曜日です。
毎週、月・水・金に更新中!!




