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80 シィのスキル

 デカいウナギ型モンスターと対峙して、絶体絶命の俺たちに一筋の光が舞い込んだ。

 それはスキル無しだと思っていたシィが、実はスキルを持っていないのではなく、使い方が分からなかっただけなのかもしれない、ということだ。


 彼女のスキルでこの窮地を脱することができればいいんだが。


「ステータスオープン」と唱えたシィの前に、ステータスウィンドウが現れた。


 確かにそこにウィンドウがあるのは分かる。しかし書いてある内容は本人にしか読めないため、俺にはそこに何と書いてあるのかは分からない。

 シィはステータスウィンドウを前に、口をぽかんと開けて固まっている。


「おい、シィ! なんて書いてあった!?」


 いきなりスキルだ、ステータスだと言われて、すぐに理解できる日本人はいないだろう。状況が飲み込めず、体が固まってしまうのも良く分かる。しかし、今はすぐ傍にモンスターがいる。状況がどうであれ、すぐにでも動いてもらわないと、シィも俺達も全滅してしまう。


「シィってば! 聞いてるのか!?」


「あ、ああ。ええと、職業は何も書いてなくて、その下に【身体強化】って書いてる。どういう意味なの? アタシはどうすればいい!?」


「【身体強化】って唱えたらスキルが発動する……はず、なんだけど」


 改めて聞かれると、それで合っているのか不安になる。カゲロウの方をチラッと見ると、カゲロウは「身体強化だと……?」と呟き、思いっきり怪訝な顔をしている。


「何故シィが獣人のスキルを持っているのだ? 日本にも獣人がいるのか?」


「ハァ? 日本にアンタみたいな毛むくじゃらの人間とかいるわけないじゃん」


「毛むくじゃらとは失礼な! ……とにかく、今はスキルを発動させることが先決だ。シィ、スキル名を唱えろ。吾輩のスキルと同質ならば、スキル発動後にお前の体は一気に変質する。体も大きくなるはずだし、力も強くなる。水蛇をなんとかやり過ごせる可能性がある。分かったら、とっととスキルを発動させるのだ!」


 カゲロウにどやされると、シィは決意を固めるように目をつむり、細い息を吐いた。


「ウナギなんかにやられてたまるか! 【身体強化】!」


 シィがスキルを発動した途端、シィの全身は鱗に覆われ始めた。指先から肩に向かって、緑とオレンジの鱗がグラデーションになって広がっていく。時折、水蛇の放った電撃の光を反射して、鱗がきらりと光る。それはうっとりするような輝きだった。


「トカゲとかヤモリの獣人かニャ?」


 クロジは首を伸ばし、シィの体が変化していくのを見守っている。確かに、シィの全身は鱗に覆われているし、目は瞳孔が縦長になっている。確か、ヤモリは瞳孔が縦長だったはずだ。

 けれど、シィの指先は鋭い爪で覆われ、しかも——


「背中と腕に羽毛が生えてないか? 何の動物の獣人なの!?」


 カゲロウに尋ねると、カゲロウは目を丸くして固まっている。


「こ、これは獣人……なのか?」


 カゲロウが驚愕の目と共に俺を見る。彼も事態を飲み込めていないようだ。


「俺に聞かれても分かる訳ないじゃん! 俺が知る限りではこんな動物はいないけど、獣人の大陸にはいるのかなと思って聞いたんだよ」


「アーニマ大陸にこんなトンチキな個体がいてたまるか! ええい、獣人の類ではありそうだが、詳しいことは分からん。シィ、体は動かせるか? 動かせるなら、ここから一気に水蛇を叩くぞ! シィのスキルが何なのかを考えるのは、ここから出てからだ!」


 完全に体が変化したシィは全身が鱗に覆われ、面影があるとすれば金髪の髪の毛だけだ。腕や足も随分たくましく変化したし、体全体が大きくなっている。


 彼女は自分の手を見つめ、ゆっくりと指を曲げたり伸ばしたりしている。もしかしたら、鱗だらけになった自分の体を受け入れられないのかもしれない。


「シィ、大丈夫か? 体の様子が変わってショックかもしれないけど、今は戦わないといけないから……」


「ああ、大丈夫だ。今までに感じたことがない感覚にびっくりしてただけさ。体中にパワーがみなぎってる。今なら何にでも勝てそう。アタシ、ずっとこんな体になってみたかった……!」


 シィは満足そうにニヤッと笑ったが、その笑顔はなんとも凶悪だった。瞳孔は縦長で明らかに人間っぽくないし、口からは大きな牙がギラリと覗いている。声だって、さっきよりもずっと低くなっている。もし街中でこんな人に話しかけられたら、俺は間違いなく小便をちびる自信がある。


「いっちょ、ひと暴れしてやろうじゃないの! おりゃぁぁぁ!!」


 シィには、俺達と足並みを揃えるという発想はないらしい。彼女は俺とカゲロウ、クロジの出方も確認しないまま、水蛇の方へと突っ込んでいった。


「考えなしに突っ込みよって! あの馬鹿!」


 カゲロウがくわっと目を見開いた。

 シィはその大きな爪で、周囲のウナギをばっさばっさと切り裂いている。シィが腕を振るうたびに、複数のウナギが宙を舞い、壁へと叩きつけられている。俺たちが先ほどまで苦戦していたのは何だったのかと思うほどだ。


「やっぱり獣人って強いのニャァ……」


 クロジが半ば呆れるように言った。俺も同意見である。あそこまで強いのなら、最早シィひとりで全部倒せる気もする。いや、全部倒してはいけないんだった。


「シィ、待て! 長老からも、間違っても全部倒すなって言われてるだろ! 水蛇の周辺に発生するウナギたちは、ディカマンの薬師にとっては重要な薬の材料なんだ。ある程度残しておかないと」


「分かってるよ! でも、あの水蛇には一発お見舞いしないと気がすまないね! 散々電撃を放って、アタシらを追い詰めてくれたからな。お礼をしないと——おりゃあ!」


 シィは水蛇から繰り出される電撃をひょいひょいとかわすと、大きく腕を振りかぶり、水蛇の顔面に向けてその腕を思い切り振り下ろした。


 グギャァァァァ!!


 水蛇が苦しそうな叫び声をあげると同時に、奴の紫色の血が周囲に飛び散った。

 シィの爪の先からは、ポタポタと紫色の液体が(したた)っている。水蛇は顔の中央を大きく切り裂かれ、苦悶と憎悪に染まった叫び声をあげた。


「ウナギめ、シィ様の実力を思い知ったか! はっはっは!」


 シィは腰に手をあて、水蛇に挑戦的な態度を取っている。このまま水蛇を倒すべきか、それともどこか別の抜け道を探して撤退すべきか——その時、カゲロウがハッとして言った。


「全員聞け! シィが暴れている間に辺りを確認したところ、水蛇がいる奥に、人が一人通れそうな細さの通路があるのが分かった。奥からはうっすらと外気の匂いがする。おそらく外へ繋がってるはずだ。もう水蛇は放っておいて、撤退するぞ! リタが待っていることを忘れるな!」


 そうだった。俺達はリタのためにここへ来たのだ。俺達が優先するべきなのは、薬の材料となるウナギを捕獲していち早くディカマンの集落に戻ることだ。

 しかし、シィはカゲロウの発言に納得がいっていないようだった。


「えー! せっかくスキルを手に入れたんだし、もっと自分の力を試したいよ!」


「馬鹿者! お前は純粋な獣人ではないのだから、スキルの連続発動時間も分からんのだぞ! 自分の実力が分からないうちから危険なことをするんじゃない!」


 確かに、急にシィのスキルが発動しなくなる恐れもある。けれど、俺ももう少し時間が欲しい。


「ちょっと待ってよカゲロウ。俺もその辺に落ちてるウナギを拾って帰りたいんだよね。焼いたら絶対美味しいと思うんだよ。一個一個拾わないといけないから、もうちょっと時間が欲しいっていうか……」


「馬 鹿 者 ! 何が一個一個拾わないといけない、だ! お前には【食材確保】スキルがあるだろうが! スキルを使ってとっとと食材をひとまとめにせんか! 自分のスキルくらいキッチリ把握しておけ、この愚か者が!!!」


 カゲロウは俺の首根っこを掴むと、唾を飛ばしながら怒鳴った。


「ヒロといい、シィといい、日本から来た奴はどうしてこんなにノンビリしておるのだ! ハオランだって口先ばかりで役に立たなかったし、クロジだっていつも自分から率先して戦おうとはせんし!」


「俺様だってちゃんと戦ってるのに、なんという言い草ニャ! だいたい、こんなに可愛い猫チャンに戦わせようということが間違ってるんニャ!」


「とにかく、お前ら全員、危機感が足りんのだ! モンスターを前にボンヤリするんじゃない! とっととここを離脱する準備をせんか!!!!」


 カゲロウの怒号が響き渡る。その声は、水蛇の電撃以上に洞窟内をビリビリと震わせた。


次回の更新は今週の金曜日です。

6月からは月・水・金に更新しています。

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