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79 高級食材ウナギ

「ウナギ……とは何だ? あれは長老の言っていた水蛇だろう!?」


 カゲロウが怪訝な顔で振り返ると、シィが口を開いた。


「うん。あそこに居るのが、ばあちゃんの言ってた水蛇で合ってると思う。洞窟の奥にいて、妙な技を放ってきて、光ってるって言ってた。ただ、ありゃどう見ても蛇じゃない。ウナギだな」


 水蛇と呼ばれているモンスターは大きな水たまりの上で、全身からバチバチと電気を発しながら、丸い目でじっとこちらを観察している。その眼からは、悪意も敵意も感じない。しかしモンスターと呼ばれ恐れられているということは、友好的でもないのだろう。


 シィは水蛇の登場に驚き松明を取り落としたが、水蛇を取り巻く電気によって周囲はとても明るい。しばらく松明の出番はなさそうだ。


「ウナギ……というモンスターがいるのか? 初耳だな。吾輩もまだまだということか」


「俺の故郷ではウナギはモンスターじゃない。高級食材だ。食べるとめちゃくちゃ美味いんだぜ」


 俺がニヤッと口角を持ち上げると、シィがバッとこちらに振り返った。彼女は不安と期待が入り混じったような表情をしている。


「さっきから、ずっと気になってたんだ。ヒロの故郷ってもしかして……ぐっ!」


「シィ、大丈夫か!?」


 シィの体には、何匹ものウナギが巻き付いている。いつの間にか、音もなく地面からシィの体に這いあがってきたようだ。水蛇と比べると随分小型、というか普通サイズのウナギだが、どうやら力が相当強いらしい。巻き付かれたシィは苦しそうな声を上げている。


「シィ、今助けてやるから動くにゃよ! シャァァァァァ!」


 クロジが威嚇すると、ウナギたちはボトボトと地面へ落ちて痙攣しはじめた。


「やるじゃないか、クロジ。さぁて、地面にはウナギがいっぱいだな。これを一匹持って帰ればいいんだよな? 早速捕まえて、早くここから脱出しようぜ」


 地面で痙攣しているウナギをひょいと掴み、持っていた袋に入れて口を縛る。これでリタは助かるはずだ。


 長老は一匹だけでいいと言っていたが、せっかくウナギに会えたのだ。ここは何匹か持って帰り、かば焼きにでもしたい。


 ウナギを焼いた香ばしい匂いと、ぷりぷりの身を想像するだけで顔がふにゃりと緩み、ヨダレが滴りそうになる。

 俺が2匹目に手を伸ばそうとしたその時だった。


 バリバリバリバリ!


 鼓膜が破れそうなほどの轟音が響き、目を開けていられないほどの閃光が辺りを包んだ。

 俺は咄嗟に目をつむり、その場に伏せた。


 バリバリバリ! ガラガラガラ!


 いくつかの種類の音が、洞窟の中で激しく反響した。轟音で頭がぐわんぐわんする。


「なんだよ、今の音は。皆、無事か……」


 目を開けると、辺りは砂埃に包まれていた。砂埃が少しずつ収まってくるにつれて、俺達の危機的な状況がはっきりと見えてきた。


「帰り道が……瓦礫で塞がれてるのニャ!」


 来た道を振り返ったクロジが、全身の毛を逆立て、叫ぶようにして言った。

 俺達が歩いてきた細い通路は、崩れた岩壁によって見事に塞がれている。退路を完全に断たれてしまった。

 

「水蛇の放った攻撃が、岩を崩したのだ。奴が光る線のような攻撃を放ったのを見た。間違いない」


 カゲロウは低く唸りながら牙を剥き出しにした。彼が焦っているときは、いつもこの顔だ。

 水蛇は丸い眼でこちらをじっと見つめながら、パチパチと鳴る光を纏っている。


「あれは……電気だな。水蛇は、電気ウナギなんだ。そうか、こっちの世界では電気がないから、みんなあれが電気だって分からないのか」


 俺が独り言のように呟くと、シィがハッとした顔で駆け寄ってきた。


「アンタ、こっちの世界って言ったよな? 黒髪とか、電気やウナギを知ってることとか……。アンタ、やっぱり日本人か!?」


「どうしてそれを……って、危ない!」


 再び水蛇の電撃が飛んでくる。今度は岩を狙うのではなく、俺達そのものを狙っている。

 俺はシィの手をぐいと引っ張り、すんでのところで電撃を避けた。


「やっぱりそうなんだな? ヒロは日本から来たんだな。なぁ、教えてくれ。どうしてアンタは日本人なのにスキルを使えるんだ? それに、アタシらはどうしてこっちの世界に来ちゃったんだ? 帰る方法とか知ってたりしないか?」


「ちょっ、こんな状況で矢継ぎ早に質問されても困るよ! 今はあの電気ウナギをなんとかしないと……って、ああ!」


 言ってるそばから、水蛇が容赦なく俺達に向かって獰猛な電撃を飛ばしてくる。当たれば即感電死コースだ。

 やばい、と思ったその時、俺の体はふわりと浮いた。


 シィが俺をお姫様抱っこし、電撃をふわりとかわしたのだ。その時、俺はシィの頬に鱗のような模様が出ていることに気が付いた。


「あれ、顔どうしたの? ホラ、頬っぺたのとこだよ。鱗みたいな模様があったんだけど……おかしいな、消えてる」


「ちょっと、勝手に女の子の顔を触ってんじゃないよ!」


「ひぃぃ、ごめんなさいッ」


 シィにギロリと睨まれ、俺は縮みあがった。彼女の一瞥は水蛇の電撃に負けないくらい迫力がある。


「ヒロもシィも遊んでる場合じゃないのニャ! 今はあの水蛇をなんとかしないといけないのニャ。シィ、この先に抜け道はあるのニャ? 来た道は崩れた岩で通れそうにないのニャ」


「そんなの知らないよ! アタシもこの洞窟に入るのは初めてなんだ。どこに洞窟があるのかは知っていても、中身がどうなってるかまでは知らなかったんだよ」


「にゃんて無責任な案内役ニャ!」


「ふたりとも、言い争っている場合ではなかろう! 退路がないのであれば、あの水蛇の攻撃に焼かれる前に、奴を倒さねばならんのだぞ!」


 カゲロウが一喝すると、クロジとシィはぐっと口をつぐんだ。しかし、すぐにシィは大声で泣きごとを言い始めた。


「えーん、アタシこんなとこで死にたくないよ! 薬の材料を取りに行くだけの予定だったのに、どうしてモンスターと戦わなくちゃいけないんだよ!? アタシにはなんのスキルもない。戦いなんてできっこないよ!」


「いや、シィよ。ヒロと同じ日本から来たのであれば……お前は空洞の民ではないのではないか?」


 カゲロウが問いかけると、シィはきょとんとして答えた。


「何言ってるのさ! こっちの世界に来て半年以上経つけど、スキルなんか使えたことないよ。スキルを持ってたら勝手に魔法みたいなのが使えるようになるんじゃないのか?」


「使用可能なスキルはその人間によって違う。スキルを発動させるためにも、スキル名を唱える必要がある。シィはディカマンに流れ着いたばっかりに、スキルの発動方法を習得できなかったのではないか? いや、スキルを発動させられないからこそ、ディカマンに流れ着いたのかもしれんが……」


「ディカマンに来た経緯はどうでもいいよ! なぁ、アタシもスキルってやつを使えるのか? なら、使い方を教えてくれ! 戦えるなら、戦いたいんだ。ここで死んでたまるもんか!」


 バチバチバチ!


 カゲロウとシィが会話している間にも、俺達の周りには無数の電撃が降り注いでいた。これをかわし続けるのももう限界だ。


「シィ、ステータスウィンドウを開くんだ。『ステータス、オープン』と唱えたら開く。そこに君の使えるスキルが書かれているはずだ!」


 俺は説明しながら、リタに教えられて初めてステータスウィンドウを開いた時のことを思い出した。あの時も、モンスターに追い詰められて絶体絶命だった。


 ここでシィが攻撃系のスキルを使えるようになれば、俺達の生存率はぐっと上がるだろう。リタがいないこの状況では回復スキルも捨てがたい。しかし、もし攻撃に転用できない商業スキルだったら……? 俺とカゲロウとクロジだけで、あの水蛇と呼ばれる電気ウナギを倒すことはできるのか……?

 俺は祈るような気持ちでシィを見守った。


「ステータスだかなんだか分かんないけど、やってみるよ。ええと、『ステータスオープン!』」


 洞窟内に、シィの声が響いた。


次回の更新は、今週の水曜日です。

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