7 コカトリス
一夜明け、ジャコブ達に別れを告げた俺とリタはアーカシを発った。目指すは大都市ザカリオだ。
アーカシからザカリオまでは大きな街道沿いに歩いていけばいい。特別な地図も必要ないし、モンスターもほとんど出ないという。
これなら非力な俺でもなんとかなるだろうと歩き出して早数時間。
そんな俺達が今どうしているかと言うと——
モンスターの大群に追われている!
「うわあああああ!!」
全速力で走る俺たちの背後から、モンスターの群れが猛スピードで迫ってくる。
モンスターは鶏の体に、なんと蛇のしっぽがついている。
「リタ! なんなんだよ、あのモンスターは!?」
「コカトリスです! ちなみに以前ジャコブさんが、コカトリスは毒の息を吐くから近寄るなって言ってました!」
毒の息だと!?
これ以上モンスターに距離を詰められる訳にはいかないが、かと言って逃げ切れる自信もない。
慣れない全力疾走で脇腹が痛み、背中と太ももも痛い。くそ、日ごろからもっと運動しておくべきだった。
ちらりと振り返ってコカトリスの数を数えてみると、いち、に、さん、し、ご、ろく、しち……はち! 全部で8匹もいる!
「くそっ! この街道はモンスターに遭遇しなかったんじゃなかったか!?」
「比較的遭遇しにくいってだけで、絶対ではないです! あっ……!?」
その時、リタが地面の窪みに躓いて転んでしまった。バタンという音と共に砂埃がもうもうと舞った。
モンスターはみるみる間に俺たちとの距離を縮めてくる。転んだリタを助け起こしているうちに、8匹のコカトリスはあっという間に俺たちを囲んだ。
コカトリスは普通の鶏の倍ほどの大きさだが、昨日戦ったグレートディアよりはだいぶ小さい。追いかけてきたのが1匹だけなら俺とリタでもじゅうぶん対処できただろう。
しかし、8匹もの攻撃的なモンスターを同時になんとかできるだけの戦闘経験など、俺たちにはない。
もう逃げられない。
囲まれてしまった以上、なんとかして戦うしかないのだ。
俺は意を決して後ろを振り向くと、右の掌を1匹のコカトリスに向けた。もうスキルを使うしかない。
「大人しく捕まってろ! 【食材確保!】」
俺の掌から飛び出した網は、ラッキーなことに2匹のコカトリスを捕獲することに成功した。
あと6匹!
次は別のコカトリスに掌を向け、またスキル名を唱える。
「くらえ! 【串打ち】!」
ブスブスブス!
俺の掌から飛び出た何本もの竹串は、コカトリスたちの体へ勢いよく突き刺さっていく。
しかし、刺さった瞬間は一旦ひるませることができるものの、コカトリス達はすぐに体勢を立て直し、羽を広げて俺たちを威嚇してきた。竹串が刺さった程度では、こいつらに大したダメージを与えられないらしい。
こうなったらスキルを連続で出すしかない。
「食材確保! 串うち! 食材確保! 串打ち!」
息継ぎも忘れ、必死にスキル名を唱え続けた。
動き回るコカトリスたちに狙いを定めるのは至難の技だが、それでもスキルを放つたびに1匹、また1匹と網で捕縛することができた。
「ハァッ、ハァッ、リタ、あと何匹残っているかわかるか!?」
俺の背中に隠れているリタに、息も切れ切れに尋ねた。
「ええと、捕まえたのが、いち、に、さん、し、ご、ろく、なな……ヒロさん、あと1匹が見当たりません!」
リタの顔が恐怖で引きつっている。
あと1匹のコカトリスはどこだ!? もしや、逃げたのか……?
頼む、そうであってくれ。もうこれ以上戦う力は残っていない……
そのとき、視界がぐにゃりと曲がった。
「コケーッコココ!」
死角から8匹目のコカトリスが現れた。
スキルを発動しなくてはと思い右手を前に構えたが、何故か腕が重くて持ち上がらない。視界も歪んだままだ。
まさか——
「コカトリスの、毒、か……」
意識が遠のいていく。
まずい、異世界2日目にして、俺は毒で死ぬのだろうか。
「ヒロさん!!」
暗くなっていく視界の中で、リタが俺を呼ぶ声が遠くなっていくーー
はっと目をあけると、視界が白くぼやけている。手足をうまく動かせないし、体全体がどんよりと重い。
コカトリスの毒にあてられて、俺は……?
俺が目を開いてなおぼんやりしていると、聞き覚えのない声が聞こえてきた。
「危なかったな。解毒剤を使ったから、命に支障はないよ。じきに頭もはっきりしてくるはずだ」
その声の主は、優しい声色で俺に話しかけてくる。
「本当にありがとうございました。なんとお礼を言っていいか……。ヒロさん、気分はどうですか?」
リタの声も聞こえてくる。
一体どういう状況なのだろう。俺は腕にぐっと力を入れ、どうにか起き上がった。どうやら地面に寝かされていたらしい。
視界のかすみはマシになったが、まだ体は重く、頭も痛い。
「ヒロさん! 起き上がって大丈夫ですか? 辛かったらまだ横になっていていいんですよ」
「リタ……」
「ヒロさんはコカトリスの毒にやられて失神したんです。偶然通りかかった冒険者の人たちがコカトリスの最後の1匹を倒してから、ヒロさんに解毒剤を投与してくれたんですよ」
目の前にはリタと、見知らぬ3人の冒険者と思しき人間がいた。
ヒゲをたくわえた優しそうな男性と、坊主頭の屈強そうな男性、それから涼しげな目をしたクールな雰囲気の女性だ。それぞれが防具や武器を身に着けている。
俺はその3人に頭を下げた。
「ありがとうございました。あなた達は命の恩人です。なんとお礼を言っていいのやら」
「いやいや。君たちは装備や持ち物を見る限り、冒険者ではないだろ? それなのにコカトリスの群れ相手によく頑張ったよ」
ヒゲの男性が優しげに微笑む。
「あのぅ、解毒剤の代金をお支払いします。いくら払えばいいですか」
リタがおずおずと尋ねた。
グレートディアの素材を売り払った時に、ギルドからいくらか代金を受け取っている。こちらの物価はよく分からないが、解毒剤がそこまで高級品でなければきっと支払えるだろう。
ヒゲの男性は片眉をあげて意外そうな顔をしてから、再び微笑んだ。
「君は律儀な奴だな。エレガンス製薬のおかげで、今の時代、解毒剤はさほど高価じゃないんだよ。だから代金はいらない。子供から解毒剤代を取るほど、俺達は困窮していないさ」
この3人からすると、俺とリタは子供らしい。俺は一応成人してるんですけど!
「その代わりコカトリスを何匹か分けてもらえるかな。俺たちは腹が減ってしょうがないんだ。今から調理しようと思っているんだが、君たちも一緒に食べるかい」
調理、と聞いて俺のなかの料理人魂にフッと火が灯る。
子供扱いされようが、俺は立派な料理人だ。解毒剤代はご厚意に甘えるとしても、自分にできることはしっかりやっておきたい。社会人として。
「それなら、俺が調理しても構いませんか? 調理って言っても、ロクな道具もないから焼くだけですけど……。でも俺、料理のスキルがあるんで、多少美味しくできる自信はあります!」
さて、異世界2日目のモンスター調理は果たして上手くいくだろうか。




