6 次はどこへ
グレートディアの肉が焼けるにつれて、なんともいえない美味しそうな匂いが辺りに漂っていく。香ばしい匂いにつられて、俺のお腹がグウと鳴った。
そういえば、今日はまだ何も食べていない。リタに紅茶をご馳走になっただけだ。
俺はジュワジュワと脂が弾けるグレートディアの串焼きに、リタのキッチンから借りた塩をふりかけた。本当は醤油やオリーブオイル、スパイスなども欲しいとことだが、今日はシンプルに塩のみでもいいだろう。
「よし、焼けた! さぁ食べてみて!」
肉を焼き始めた頃からずっとソワソワしていたリタに串を渡す。彼女は串を受け取ると、ごくりと唾を飲み込んだ。
「生まれて初めて食べる高級食材……い、いただきまーす!」
リタはグレートディアの串に、大きな口で豪快にガブリと噛り付いた。
噛んだところから、熱々の肉汁がポタリとこぼれる。
「お、お、お、……おいしいいいいいいい!!!」
リタの目が、歓喜で大きく見開かれる。
そんなに美味しいのなら、俺だって!
俺は焼き台から自分の分を取り、豪快に噛り付く。
「う、う、うまあああああ!!!」
「ヒロさん、私こんな美味しいもの初めて食べました……」
「確かにめっちゃくちゃうまいな! 臭みもないし、肉は柔らかくて、噛むたびに肉汁がこぼれてくる。適度に脂も載ってるから、濃厚さもある!」
俺たちが興奮しながらグレートディアの串に噛り付いていると、酒瓶を持ったジャコブが戻ってきた。
「あ! ずるいぞ、抜け駆けしやがって! 俺にも分けろ!」
「抜け駆けって、ジャコブさんは俺たちが用意してる間もずっといなかったじゃないですか」
俺はブツブツと文句を言いながら、焼き立ての串をジャコブに渡す。
「ふぅん、いい匂いじゃねぇか。さすがグレートディアだな。どれ一口」
ジャコブも豪快に串へと噛り付いた。
「おお! さすがグレートディア。高級食材にカテゴライズされるだけのことはあるぜ。おまけに炭で焼いてるから、香りも格別ときた。こりゃぁ上手い。酒が進むぜぇ」
一気に上機嫌になったジャコブは片手に串を持ち、もう片方の手で酒瓶をあおった。
俺たち三人が串焼きに舌鼓を打っていると、香ばしい匂いに誘われて、近所の人たちが次々に顔を出す。
「まあ、いい匂い!」
「香ばしい匂いだな。何を焼いているんだ?」
家から出てきた人々は、匂いに吸い寄せられるように焼き台の方へとやってくる。
「先ほど退治したグレートディアの肉です。よかったら食べますか?」
俺が近所の人たちに尋ねると、皆一様に目を丸くして「いいのかい!?」と前のめりになりながら、嬉しそうに串を受け取った。
いつの間にか、焼き台の周りには人だかりができている。俺は次々に焼き立てのグレートディアの串焼きを配ることになった。
うまいうまい、と顔をほころばす近所の人たちを見ていると、俺は心の中が温かい満足感で満たされていくのを感じる。
やっぱり、料理で誰かを喜ばせるのは楽しい。
日本だろうが異世界だろうが、俺がやりたいのは料理で人を喜ばすことなのだろう。
「ねぇヒロさん! おかわりって何本までいけますか!?」
おいしそうに肉をほおばるリタがほほえましくて、俺は思わず笑みがこぼれた。
ふと気が付くと、町中の人が集まってきたのではないかと思うほど、沢山の人が焼き台の周りに集まっている。そして、皆嬉しそうにグレートディアの串焼きを受け取っていった。
あんなにたくさんあったはずの肉も、もうほとんどない。まだちょっとだけマジックバッグに残っているので、それはまた別の機会に大事に食べようと思う。
マジックバッグの中は時間の経過が遅いらしいのと、ギルドの人が肉を収納する前に氷のスキルで凍らせてくれたので、何日かは日持ちしそうだ。
「はぁぁ、美味しかったですねぇ、ヒロさん。ごちそうさまです」
リタはぽっこり突き出たお腹を満足そうにさすっている。
彼女は結局、串を何十本も平らげた。あまりの多さに、途中から数えられなくなってしまった。意外とよく食べるタイプのようだ。
「本当にうまかったよ。兄ちゃんありがとうなぁ。ヒック」
ジャコブは顔を真っ赤にして、すっかり酔っぱらっている。
「ところで兄ちゃんよ、これからどうするんだい」
ジャコブの問いに、急に現実に引き戻された気がした。
これから、どうするのか。
俺にとっては異世界であるこの世界で、どうするべきなのか。
「俺は……」
ふと、赤石の街並みが頭をよぎる。美しく青い海、海沿いに広がる街並み。そして俺が世話になっている人たちの顔。
やはり、元の世界に帰りたい。仕事だってあるし、家族や友達だっている。俺がいなくなって皆心配しているかもしれない。
「俺は故郷に戻るための、手がかりを集めたいと思います」
「ふふん。そう言うと思ったぜぇ。それなら、アーカシみたいに小さな町じゃなくて、もっと大きな町に行って情報を集めるといい。そしたら、兄ちゃんが帰る方法だって見つかるかもしれねぇ。船が出てるかもしれねぇし、もしかしたら同郷の人間だっているかもしれねぇ」
ジャコブはそう言うが、果たして大きな町に行ったところで同郷の人間なんかこの世界に存在するのだろうか?
日本からこの世界に来た人間は、俺以外にもいるのだろうか。
その時、ふいにリタが話しかけてきた。彼女の目には、決意の火が灯っている。
「ヒロさん、もしよかったら一緒にザカリオを目指しませんか?」
「ザカリオ……?」
「私の兄が出稼ぎに行った大都市です。私はそこへ兄を探しに行きたいんですが、一人では心細くて……。でも、もしヒロさんが一緒に行ってくれるなら、心強いなって思って」
彼女は俺の反応を伺うように、上目遣いでこちらを見る。
「ザカリオへは何日くらいかかるのかな」
「朝から晩まで休みなしで歩けば、夜中には着く。しかしここからは距離もあるし、まあ無理だろ。途中どこかで一泊して、歩いて二日ってところだな」
ジャコブが酒を飲みながら答えた。
俺は心の中で、これからの自分の行く道について考える。
一人で行動するよりも知っている人間と一緒のほうが心強いし、この世界について知識のある人間と行動を共にしたほうが危険も少ないだろう。見ず知らずの俺を助けてくれたリタなら人間的にも信用できる。
よし、俺の心は決まった。
「リタ、俺もザカリオに行く。一緒に行ってくれるか?」
リタの顔がパァッと明るくなる。
「ええ、もちろんです!」
「今日はもう夕方だ。出発は明日にしな。兄ちゃんには俺の家のソファを貸してやるよ」
なんだかんだ、ジャコブは俺の世話を焼いてくれる。覇気のない不良中年風のオッサンではあるが、面倒見がいいんだろう。
「あと、ザカリオには俺の別れた女房がいるんだ。もし会ったらよろしく言っといてくれよな。ヒック」
こうして、俺とリタの進むべき道は決まった。
俺は元の世界に帰るための情報を集めるため、リタはお兄さんの消息を追うため、ザカリオという街を目指す。
俺の串焼きマスターとしてのスキルが、この世界でどこまで役に立つかは分からない。
しかし、今の俺は不安よりもこの世界を楽しんでやろうという気持ちのほうが大きい。
色々な食材、まだ見ぬ街の景色、出会うであろう人々……。
それらを想像すると、ワクワクが止まらない。
よし、待ってろザカリオ。




