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5 焼いてみよう

 よし、串焼きマスターとしてのスキルの本領発揮だ!


 ……と意気込んだのはいいものの、肉に串を打つための場所が必要だし、食材を焼くための網も用意しなければならない。


 不思議なスキルがあるからといっても、全部が魔法のように一瞬で解決する訳ではない。やはり料理するための場所は必要だろう。


「俺、今からグレートディアの串焼きを作る準備をしたいんだけど、リタの家のキッチンを借りてもいいかな?」


「もちろんですけど……あの……」


 リタは何か言いたそうに、もじもじと体をひねっている。


「どうしたの?」


「あの! グレートディアの串焼き、私も食べていいんですか……?」


「もちろんだよ! リタとジャコブさんにご馳走するって言ったじゃないか」


 俺はリタが何故こんな質問をするのか分からなかったが、そこへジャコブが助け船を出してくれた。


「あのな、兄ちゃん。グレートディアの肉っていうのはいわゆる高級食材なんだよ。売れば結構な金になる。ちなみに革や牙もそれなりの値段になるぜ。冒険者にとってグレートディアはレベルの高いモンスターではないが、数は少ないから、希少食材なんだ」


 なるほど、高級食材だからリタは遠慮がちだったのか。


「あと、今回グレートディアの素材は討伐した俺と捕獲した兄ちゃんで山分けってことになる。俺の取り分は全部売るつもりなんだが、兄ちゃんは肉だけ受け取ってあとは売るってことでいいんだな」


「はい、そのつもりです」


 だって革とか牙とか使わないし。それに、売った金が手に入れば、ここで暮らす上での当分の資金になる。すぐに日本に帰れなくても、なんとかなるだろう。


「リタには海岸で倒れているところを助けてもらったし、ジャコブさんには命を助けてもらった。二人とも俺にとっては恩人です。だから高級食材だろうがなんだろうが、美味しく調理してご馳走しますよ!」


「ほほお、そりゃあ楽しみだ。酒も用意しとかねぇとな」


 ジャコブは嬉しそうに「酒を買いに行く」と言って市場の方へ消えていった。


「じゃあヒロさん、ギルドのほうに行って、お肉を受け取りましょう!」




 ギルドに着くと、先ほどリタの家に来てくれた男性職員と目が合った。


「兄ちゃん、こっちに用意してるよ!」


 彼は手招きをして奥の部屋へと案内してくれた。奥の部屋は意外と広く、天井も高い。ここなら大型のモンスターでも解体するのに困らないだろう。


「ほい、これが兄ちゃんのぶんの肉だ」


 男性職員が指差した先の作業台には、山盛りの肉が積んであった。俺の想像の十倍ほどある。


「す、すごい量だな……これ、どうやってリタの家まで持って行こう」


 肉の山を見上げて俺が途方に暮れていると、リタが首を傾げた。


「ヒロさん、マジックバッグとか持ってないんですか?」


「へ? なにそれ?」


「ヒロさん、マジックバッグも知らないんですね。見た目は普通のバッグなんですけど、中の容量が結構あるんで運搬に便利なんです。冒険者や商業スキル持ちの人の御用達アイテムといったところでしょうか」


「そんな便利なものが……。でも、残念ながら俺は持ってないんだよなぁ」


 俺はがっくりと肩を落とす。

 荷車でも借りてエンヤコラと押して帰るしかないか、と思っていたその時。


「黒髪のお兄さんじゃないか!」


 声をかけてきたのは、先ほどグレートディアから助け出した男の子の母親だった。

 彼女もギルドで働いているという。騒動が落ち着いたので、仕事場に様子を見に来たらしい。


「お兄さん、先ほどはありがとう。お兄さんはうちの息子の命の恩人だよ!」


 彼女は目を潤ませながら俺の手をしっかりと両手で包み込み、何度もお礼を言ってきた。


「ところでお兄さん、さっき肩を落としていたね。何かお困りかい?」


「いやぁ、この量の肉をどうやって運ぶか考えてたんですよ」


 俺が作業台の方を見て苦笑しながら答えると、彼女はリタと同じくマジックバッグは持っていないのかと尋ねてきた。持っていないと答えると「ちょっと待ってな!」と言い残してどこかへ行ってしまった。


 しばらくその場で待っていると、男の子の母親が息を切らしながら、何やらカバンのような物を持って帰ってきた。


「お兄さん、これアタシのお古のマジックバッグなんだけどさ、良かったらあげるよ」


「え! いいんですか!」


 驚きのあまり、つい大きな声を出してしまった。

 渡されたバッグは、ぱっと見は普通の茶色のショルダーバッグだ。しかし中を開けてみると——


「えっ! 中が暗くなって、底が見えない! なんだこりゃ!」


 驚きを隠せず動揺している俺を見て、男の子の母親は怪訝そうな顔をする。


「お兄さん、マジックバッグを見るのは初めてかい? もしかして、すんごい田舎からやってきたのかい……?」


 俺が住んでいた赤石市は特に田舎ではないと思うが、元いた場所について上手に説明もできないので「そうなんです」と適当にごまかしておいた。


「俺、マジックバッグを見るのが初めてだから、これの値段とかも分からなくて。もしかして高価なものなんじゃないですか?」


 今後のことも考えると、マジックバッグを譲ってやるという申し出は非常に有難い。しかし高価なものであれば、おいそれと気軽に受け取る訳にはいかない。 


 結果的に俺がスキルを発動したことで男の子は難を逃れたが、それもリタに言われてやったことであって、自発的に助けようとしたわけではない。そんな俺に、果たしてマジックバッグを受け取る権利なんかあるんだろうか。


「まあ確かに、マジックバッグはなかなかに高価だね。でもアタシは新しいものを持ってるし、それはタンスの肥やしだったんだよ。元々は息子が大きくなったら譲ろうと思ってたんだけど、お兄さんがいなかったら息子だってどうなってたか分かんないよ。だからお兄さんが使ってくれたらアタシは嬉しい」


 そう言って彼女はニコリと笑った。

 

「ありがとうございます! じゃぁ、遠慮なく頂いちゃいますね!」


 そうして俺はこの世界に来て初めて、異世界らしい道具を手に入れたのだった。





 譲ってもらったマジックバッグは容量が無限大……という訳ではなく、ギルドの作業台に山盛りに置いてあったレッドボアの肉は半分ほどしか入らなかった。詰め込める容量に限界があるらしい。


 それでも全てを荷車に乗せて運ぶことを考えると、半分であってもカバンに収納できるのはありがたい。


 俺とリタは力を合わせて、残りの肉が積まれた荷車を押していく。

リタの家に着くと、俺は家の前の開けた場所に食卓を移動させて、そこで肉に串打ちをしていくことにした。


 リタの家のキッチンから包丁を借りて、グレートディアの肉を食べやすい大きさへと切り分けていく。

 あんなに大きなモンスターであっても、肉の塊になってしまえば料理人である俺の敵ではない。


 今日食べるぶんの肉を一通り食べやすい大きさに切り分けて、机に並べていく。

 ここで俺は串打ちスキルを使ってみることにした。


「よぉし、上手く刺さってくれよ。【串打ち】!」


 俺がスキル名を唱えると、俺の掌から飛び出た竹串は勢いよくグレートディアの肉へと刺さっていった。


「おお! 結構まっすぐに刺さるじゃん!」


 手で一つ一つ刺すよりずっと早い。

 俺がスキルの便利さに感動していると、横からリタが声をかけてきた。


「ヒロさん、言われた通りにレンガを組みましたけど、これでいいんでしょうか?」


 見ると、リタは家の周りに転がっていたレンガで上手に焼き台を組み立ててくれていた。

 焼き台の真ん中あたりには炭を置く場所、上部には市場で借りてきた金属製の焼き網が設置してある。


「完璧だよ! ありがとうリタ!」


 俺はお礼を言って、早速焼き台に炭を設置していく。もちろんここでもスキルを使う。


「次は……【炭起こし】!」


 俺が唱えると、手のひらからポロポロと炭がこぼれ、焼き台へと収まっていく。

 火が赤く灯った炭を眺めていると、見慣れた光景に心まで温まってくる。


 うん、やっぱり俺は料理人として動いているときが一番落ち着く。そして、一番楽しい。


 早速、串に刺したグレートディアの肉を焼き網の上に並べる。ほどなくしてパチパチとした炭の音とジュウジュウと肉汁のしたたる音が聞こえてきた。


「さあ、高級食材、グレートディアの串焼きだ!」


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