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4 スキルとは

「俺に、この世界のことを詳しく教えてくれませんか?」


 意を決して俺が尋ねると、ジャコブは自身の胸をどんと叩いた。


「おう、俺たちの知っている範囲で良ければなんでも教えてやるよ。なあ、リタちゃん」


「もちろんです! なんでも聞いてください!」


 二人が快く応えてくれたことで、胸につかえていた不安が少し和らいだ。

 俺はこの世界で一人じゃない。そう思えるだけで随分と励まされる。


「まず最初に、俺の住んでた場所にはスキルっていう概念がないんです。詳しく教えてもらえませんか?」


 日本にいた頃は、俺の手のひらから網や串や炭が飛び出すなんてことは一切なかった。この世界に来てから初めて体験したことだ。


「おう、そういうことなら任せておけ! まず、スキルは三つの系統に分類される。攻撃系、回復および補助系、そして商業系だ。スキルの系統と職業には密接な関係があって、攻撃系スキルのあるやつはおのずと職業も冒険者か軍人になる。回復系スキルのあるやつはヒーラーとして冒険者になるか、地域の医療施設で働くかだ。商業系スキルのあるやつはそれを生かした仕事に就くやつがほとんどだ。違う系統のスキルを同時に保有することはできない。例えば、攻撃スキルを持っている奴が回復スキルを取得することはない」


 初めて聞く内容の連続で、頭がパニックを起こしそうだ。

 俺はうんうんと相槌を打ちながら、なんとかジャコブの話についていく。


「俺の職業は弓矢使いで、弓関係の攻撃スキルがある。そんで冒険者をやってんだ。隣町でクラーケンを討伐し終えたと思ったら、アーカシでグレートディアが出たって言うじゃないか。それで急いで帰ってきたんだよ。いやぁ、犠牲者が出なかったのは幸いだったな」


 ジャコブが紅茶をずずずとすすった。


「兄ちゃんは見た感じ商業系のスキルに見えたんだが、漁師か何かか? 大きな網を出していただろ」


「いえ、漁師じゃないと思います。ステータスには〈串焼きマスター〉って表示されていました」


 俺がそう答えると、ジャコブは目を丸くしてから、腹を抱えて大笑いし始めた。


「く、串焼きマスター!? あっひゃっひゃ! なんだいそりゃあ!? 聞いたことねぇなあ」


 腹を抱えて大笑いするジャコブに俺がムッとしていると、彼は目じりに溜まった涙を拭き「スマン、スマン」と言いながら話を続けた。


 こちらの世界の人から見ると、そんなに大笑いするようなスキルなのだろうか。


「料理人の職業や、それに関連したスキルは珍しくないんだ。しかし、兄ちゃんの商業スキルはえらく限定的だな。こんなに限定的なスキルは初めて聞いたぜ。串焼きだけかぁ……ブハハハ!」


「ジャコブさん、笑いすぎですよ!」


 こらえきれなくなったジャコブが吹き出すと、リタが嗜めるように言った。


「アハハ、申し訳ない。つまり、職業は串焼きマスター、スキルは串焼きに関するスキルってことか?」


「そうだと思います。ステータスには〈食材確保〉〈串打ち〉〈炭起こし〉の三つが表示されていました」


「ヒロさん、〈食材確保〉は分かるんですけど、〈串打ち〉と〈炭起こし〉ってなんですか?」


 リタが首をかしげる。


「串打ちは食品を焼きやすくするために、一口大に切って串に刺すことだよ。炭起こしは食材を焼くための炭に火をつけること。俺はもともと炭焼き料理を出す居酒屋で働いていてね。食材に串を打ったり炭を起こしたりするのは普段からやっていたんだ。でも、それがまさかスキルとして手のひらから発動するとは思わなかった」


「ということは、兄ちゃんの串焼きは炭火焼きなんだな? いいなぁ、今度ご馳走してくれや」


「もう笑わないならいいですけどね! ……ところで、ジャコブさんは攻撃系、俺は商業系。そうなると、先程ヒールで俺の疲れを取ってくれたリタのスキルは回復系ですか?」


「ご名答だ。兄ちゃんは理解が早いね! 一昔前は回復職といえば、どの冒険者パーティにも必ずいる花形だったんだけどねぇ」


 ジャコブはリタをちらりと見るが、リタは俯いている。


「ここ5年くらいはてんでダメだ。回復系のスキルがあっても全く金になんねぇ」


「それはどうしてなんですか?」


「5年ほど前から、エレガンス製薬という会社が急に勢力を伸ばし始めたんだ。その会社は今まで不可能だったポーションの大量生産と大量販売を可能にした。大量供給されるようになったポーションの値段は劇的に下がった。その結果、どうなったか分かるか?」


 ジャコブは俺を試すように言った。


「回復職の人間が必要なくなった……とか?」


「ご名答! やっぱり兄ちゃんは理解が早いな」


 そう言って満足気なジャコブの横で、リタは先程よりさらに俯いている。


「私、回復系スキルじゃなかったら良かった」


 そう話す声は震えている。今にも泣きそうだ。


「いや、でも俺はさっきリタにヒールをかけてもらって、めちゃくちゃラクになったよ!  回復職ってすごいと思う! 自信持ってよ」


「回復職も、上級の回復スキルや蘇生スキルが使える奴は重宝されるんだ。上級ポーションはなんだかんだで一般人には高いし、ポーションがあったところで蘇生はできねぇ。高ランクの冒険者パーティーは死と隣り合わせだから、そういうところには今でも必ず一人は回復職がいる」


「はぁ、なるほど」


 高ランクの冒険者パーティは、ゲームに出てくるようなドラゴンと戦ったりもするのだろうか。俺からするとグレートディアでも相当怖かったし、それ以上に恐ろしいであろうドラゴンや高ランクのモンスターなど絶対に遭遇したくない。


「ちなみに、グレートディアでどれくらいのランクなんですか?」


「下の上ってとこだな。狂暴ではあるが、中級ですらない」


 なっ、なんだって……!!

 ジャコブが平然と言ってのける向かいで、俺はあんぐりと口を開けたまま何も言えなかった。


「あれで下級ランクなんですか……」


 あんなに怖い思いをしたのに、上には上がいるのかと思うとめまいがしてくる。


「下級ランクのモンスターは、冒険者のパーティだったら手こずらずに倒せるレベルですよ。私ももうちょっとスキルを使いこなせていたら冒険者になれるのになぁ」


 それを聞いて俺は少し驚いた。


「リタは冒険者になりたいんだ?」


 一見おっとりして見えるリタが、危険と隣り合わせであろう冒険者になりたいだなんて意外だった。


「はい、冒険者になってガッツリ稼いでみたいんです!」


 そう言ってリタは悪戯っぽく笑った。ようやく彼女に笑顔が戻り、俺はホッとした。


「それに、ザカリオに出稼ぎに行った兄を探しに行きたいんです」


「ああ、去年まで一緒に住んでいたっていうお兄さん?」


「そう。兄は商業スキル持ちなんですが、この町ではそのスキルを生かす仕事がないからって言って、ザカリオっていう大きい街に出稼ぎに行ったんです。でも、しばらくしたら兄と連絡が取れなくなってしまって……。もう連絡が取れなくなって2か月です。ザカリオはちょっと遠いし、道中にはモンスターも出ます。護衛を雇うお金も厳しくて、探しに行けないままなんです。私が冒険者だったらモンスターもなんとかやり過ごせるのかもしれませんが、私のスキルじゃ市販のポーション以下です。話になりません」


「そっか……」


 もし俺が冒険者なら、助けてくれたお礼にリタを連れてザカリオという街まで護衛するのに。もし俺が金持ちだったなら、護衛を雇う金をリタに貸してやれたのに。


 けれど俺はこの世界の仕組みすらよく分かっていない上に、一文無しだ。

何も力になってやれない。

 気の利いた言葉も見つからず、俺はそのまま黙るしかなかった。


 コンコン。

 その時、誰かがリタの家の玄関扉をノックした。


「ジャコブ! それから網の兄ちゃん! 探したぜ」


「ヒロさん、こちらはギルドの職員さんよ!」


 リタが紹介してくれたそのギルド職員の男性は、グレートディアの解体の目処が立ったと教てくれた。


「兄ちゃんもジャコブも、グレートディアの素材はウチのギルドで買取する方向で構わないかい?」


「……素材?」


「ああ、革や角や肉だよ」


 俺ははっとした。


「革や牙はいらないけど、肉! 肉は欲しいです!」


 よく考えたら、グレートディアは鹿な訳だから、その肉は鹿肉だ!


 俺がこの世界に来る直前に買いに行こうとしていたジビエじゃないか!異世界のジビエなんて二度と食べられないかもしれない。


 絶対に食べてみたい!


「いいねぇ! ディア種の中でもグレートディアは肉が柔らかくて格別に美味いからな! はっはっは!」


 ギルト職員の男性は豪快に笑った。

 この世界で、自分が今後どうするべきかはまだ分からない。


 でも、どこにいたって俺は俺だ。俺だからこそできることがある。


「ジャコブさん、リタさん! スキルについて色々教えてもらったお礼に、俺がウマい串焼きをご馳走しますよ!」


 さぁ、今こそ串焼きマスターのスキルを発揮する時だ!


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