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3 俺を助けてくれたのは不良中年

 突然、弓矢を持った男がモンスターから俺を守ってくれた。しかし、一体誰だ?


 俺を窮地から救ってくれた男を見て、リタは顔を輝かせた。


「ジャコブさん!」


 ジャコブと呼ばれた男は無精髭が目立つ口元をニッと持ち上げると、大声で言った。


「グレートディアにはよぉく効く睡眠薬をお見舞いしてやった。少なくとも半時は動けねぇだろう。もう一度動き出す前に、そこの兄ちゃんがさっきやっていた捕獲スキルで捕縛できるか?」


 ジャコブとやらがモンスターを倒してくれたのかと思っていたが、どうやらとどめを刺した訳ではなさそうだ。再びこのデカい鹿に暴れ回られたら、今度こそ俺の命はない。


 俺は思いっきり息を吸い込むと、もう一度スキルを唱えた。


「やってみます!……【食材確保】!」


 俺の掌から再び網が飛び出した。網は、先程より深くグレートディアの体にくいこむ。

 グレートディアは諦めたのか、それとも矢に仕込まれた睡眠薬が回ってきたからか、すっかり動かなくなった。


「やった! ヒロさん、やりましたよ! 捕まえられました!!」


 リタは嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねている。彼女が飛び跳ねるたび、赤茶色のロングヘアがぴょこぴょこ動くのがかわいらしい。


 俺もリタと一緒に飛び跳ねながら勝利の喜びを分かち合いたいところだが、もう足に力が入らない。緊張の糸が切れたようだ。

 俺はへなへなとその場に座り込んだ。


 先ほどリタの家で着替えたばかりだというのに、既に借りもののシャツは大量の冷や汗でじっとりと濡れている。また、俺の手は指先が冷えて小刻みに震えている。今になって恐怖を強く感じているみたいだ。

 あんな化け物みたいな鹿と対峙して、我ながらよく無事でいれたものだ。


「さあ、兄ちゃんが捕縛してくれたことだし、ギルドの連中を呼ぼう。グレートディアを解体してもらおうや」


 疲れて座り込む俺とは対照的に、ジャコブはてきぱきと指示を出している。

 いつの間にかグレートディアの周りには、屠殺用のエプロンと手袋をつけた、ギルド職員と思しき人間がわらわらと集まっている。


 彼らは大きな手押し車の荷台に手際よくグレートディアを載せると、そのまま町の方へと足早に向かっていった。なかなか仕事の早い人たちだ。


「ヒロさん、お疲れ様です! あの……立てます?」


 リタが俺の顔を覗き込む。


「それが、立てないんだ。腰が抜けて、足にも力が入らない。あんなデカいモンスターと戦ったのは生まれて初めてだからね。恐怖が今更やってきたかんじだよ」


 俺は震える脚をさすりながら、苦笑した。


「スキルを沢山使うと体が消耗するんですよ。ちょっといいですか?」


 リタはそう言うと、俺の背中にそっと手を当てて「ヒール」と唱えた。

 背中に添えられた彼女の手のひらから、じわじわと温かさが広がる。

 温かい感触は全身を駆け巡り、気づくと体がかなり軽くなっていた。


「おお! 力がみなぎってくる! リタはすごいんだな」


「まぁ、初歩のヒールしか使えないんですけどね」


 眉毛を下げて自虐的に笑うリタに手を取ってもらい、俺はなんとか立ち上がった。


「さあ、町に帰りましょう! ヒロさんも疲れたでしょうから、もう一度我が家で休んでください」




 町に戻ると、市場の露店がいくつか潰され、品物も散乱していた。グレートディアが踏み荒らしたのは明白だ。


 それでも大怪我をした人や亡くなった人がいなかったことは本当にラッキーだ、とリタが教えてくれた。

 リタの家ですっかり冷めてしまった紅茶に口をつけていると、ジャコブが現れた。


「おう兄ちゃん、ここにいたのか」


「あ、ジャコブさん! 先ほどはお疲れ様でした。ジャコブさんも紅茶飲みます? ヒロさんの紅茶も冷めちゃいましたよね。私、淹れ直してきますね!」


 リタはそう言うと小走りでキッチンに向かった。


「いやぁ、リタちゃんはよく気が利くイイ女だよ。兄ちゃんもそう思うか?」


 ジャコブがニヤリと笑う。

 俺は改めてジャコブの顔をよく見てみた。肩にかからない程度の長髪に、口の周りには無精ひげがある。不良中年という言葉がぴったりのオッサンだ。


「そうですね。リタさんは見ず知らずの俺にも親切にしてくれる、優しい人だと思います」


「見ず知らずのっていうことは、兄ちゃんは初めてこの辺に来たのか。災難だったな、よりによってそんな日にモンスターが出て」


「モンスターなんて生まれて初めて見ましたよ……」


 俺はげんなりしながら言う。


「ジャコブさん、ヒロさんはアーカシの海岸で倒れていたんです。そこに私が声をかけて、うちで休んでもらってる時にグレートディアが現れて。あとはジャコブさんもご存じの通り、なんとか戦って捕縛できたって感じです」


 お盆に新しい紅茶とカップを乗せたリタが戻ってきた。


「でね、ヒロさんってすごく変わってるんです。どこから来たのかも分からないし、スキルのことも知らないし、おまけに見ての通り黒髪に黒い瞳でしょ。別の大陸の人なんですかね……」


「兄ちゃん、ヒロって名前なんだな。確かに、兄ちゃんの黒の髪色は珍しいな。瞳も黒……いいや焦げ茶色ってところか。」


 そう言ってジャコブも俺の髪と瞳をじっと見た。まじまじと見つめられると照れ臭い感じがする。

 俺の髪色と瞳の色はそんなにも珍しいのだろうか。


「ヒロはどこから来たんだ」


「日本の、赤石というところです」


「うーん、二ホンもアカイシも知らねぇな。その見た目だし、違う大陸か?」


 俺はため息をつきながら答える。


「それが、よく分からないんです。乗っていたバスが事故を起こして、そのまま海に投げ出されて、気づいたらアーカシの海岸にいたんです」


「海に投げ出されてから記憶がねぇのか。ヒロが乗ってたバスっていうのも何か分かんねぇし、やっぱり別の大陸から流されてきたのかねぇ」


 ジャコブは首をかしげる。


 本当に、俺はどうやって日本からこんなモンスターが出る世界にやってきてしまったのか。俺は死んでしまって、この世界に生まれ変わったのか?


 それとも、俺は生きたまま異世界に転移してしまったのか……?

 なんとか元の世界に戻る方法はないのだろうか。


 俺は紅茶の入ったカップを両手で包みこみ、深いため息をついた。俯いている俺に、リタが優しく声をかける。


「ヒロさんがどこから来たのか、どうやって帰るのかは分かりません。でも、ヒロさんは初めてモンスターを見たっていう割にはしっかり戦えていましたし、スキルもあるじゃないですか。帰る方法が分かるまで、なんとかここでやっていけるはずです!」


 リタが胸の前でガッツポーズを作る。その姿を見ていると、心細い気持ちが少しずつ前向きになっていく。


「そう……だな。うん! 今俺にできることをやろう」


「その調子です!」


 くよくよしていてもしょうがない。今俺にできることをやり、なんとか帰る方法が見つかるまでこの世界で生き抜かなければ。


 まだまだ俺はやりたいことがたくさんあるんだ!

 そのために俺がすべきこと——それは情報集めだ。


 俺はリタとジャコブのほうに向き直って言った。


「俺に、この世界のことを詳しく教えてくれませんか?」


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