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74  癒やしの集落ディカマン

 猛吹雪の中、命の危険を感じながら辿り着いた先はディカマンという集落だった。


「ここはディカマンっていう集落なのか。俺、てっきり次の目的地のナルゴヤかと思ってたよ」


 どうりで、想像していた大きい街ではなく、小さい集落に辿り着いた訳だ。よく見ると、家の中には乾燥させた薬草のようなものも吊ってある。棚に所狭しと並べられた瓶の中にある草や粒は、調味料ではなく薬品の一部なのかもしれない。ここが薬師の家であると言われればしっくりくる。


「気候さえ良ければ、あと1、2回野営してそのままナルゴヤを目指しても良かったのだが。まさかここまで大雪が降るとは……」


 カゲロウは深くため息をつくと、椅子の背もたれに体を預けて天井を仰いだ。いくら立派な毛皮があるとはいえ、突然の猛吹雪はカゲロウにも相当堪えたようだ。カゲロウの前身から疲労がにじみ出ている。

 ちなみに俺に至っては、猛烈な疲労と眠気により意識を保つので精一杯だ。気を抜くと口からヨダレが垂れそうになる。


「アンタ、眠そうな顔をしてるねぇ。そこのベッドでひと眠りするかい?」


 おばあさんが屈託のない笑顔で俺の顔を覗き込む。


「いえ、大丈夫です。それにベッドにはカゲロウ……そこの獣人の彼が運んできた女性が寝てるじゃないですか」


「ああ、そうだった、そうだった。世話になったねぇ。あの子ったら、こんな猛吹雪の中で薬草を取りに行くだなんて言うんだから、参っちまうよ。結局迷子になってアンタたちに手間をかけさせて悪かったね」


「いえいえ。彼女を運んだついでに、俺達も暖かい部屋で休ませてもらえてますから。本当に助かりました」


「ついでに温かいお茶でも飲んでいきな。ほれ」


 おばあさんは俺達が囲んでいるテーブルに年季の入った木製のカップを並べると、そこお茶を勢いよく注いでいった。カップからは白い湯気と、漢方のような独特な匂いが立ち昇っている。


「ほれ、あたし特性の薬草茶だよ。体が早く温まって、回復効果もある。温かいうちに飲みな」


 カップの一つを手に取ると、指先からジンジンと温かさが全身に広がっていく。カップに口をつけると、薬草特有の爽やかな匂いが鼻を突き抜け、一気に目が覚めた。ふうふうと息を吹きかけ一口飲むと、とたんに喉の奥がカッと熱くなる。そして体全体に一気に血が巡り出したのが分かった。お茶を半分飲み終わる頃には、疲労感や眠気はどこかへ消え去っていた。


「このお茶、すごい! 一口飲んだだけで体が温まって、半分飲んだ今では疲労もかなり回復してる。こんなお茶アリかよ」


「そうだろうよ。あたしはこの集落イチの薬師だからね。最近街で流行ってるっていう、その辺の薬屋で売ってるポーションなんかと比べてもらっちゃ困る」


「その辺の薬屋と言うと……」


 頭の中にはエレガンス製薬の名が浮かんだ。


「エレガンスなんとかっていう薬屋だよ。この集落にその店はないけれど、アンタらも聞いたことくらいあるだろう。昔は病気や怪我をすればヒーラーや薬師のところに駆けこんだものだよ。それがどうだい。今じゃ皆その薬屋に行く。ポーションがよく売れてるらしいが、おかげでヒーラーは商売あがったりだ。あたしら薬師もポーションじゃどうにもならない重病人ばっかり押し付けられて、たまったもんじゃないよ」


「でも、街で売ってるポーションより、こっちの薬草茶の方が効果がありそうですけどねぇ」


 俺は手に持ったカップをしげしげと眺めながら言った。先ほどまで凍死寸前だったとは思えないほど、今の俺の体には活力がみなぎっている。カゲロウもリタも先ほどより随分顔色が良い。クロジも覚ました薬草茶を平たい皿に注いでもらい、ぴちゃぴちゃと美味そうに飲んでいる。


「あたしも、その辺のポーションより、昔ながらの薬師の薬やポーションの方がずうっと効果があると思ってる。でも、エレガンスなんとかのポーションは安いんだよ。おまけに街中にどんどん店を増やしてるらしくって、買う方もこんな山奥に来るよりも町で街で買う方が便利なんだろうね。安いポーションが普及したおかげで、ヒーラーだって仕事が無い連中が多いんだろ?」


 おばあさんがリタを見ると、リタはため息を吐きながら頷いた。


「おかげ様で無職です。本当は冒険者のパーティに入って華々しく活躍したいんですけどねぇ」


「おや、アンタらは冒険者のパーティじゃないのかい?」


 おばあさんがきょとんとした顔で俺を見る。


「俺達はなんていうか……家族の行方を探してたり、故郷への帰り方を探しながら旅をしている集団なんです。冒険者として仕事をしている訳ではなく……」


 時々モンスターを倒したりもしているが、ギルドとやらに依頼を受けてモンスターを倒して金銭を得ている訳でもないので、冒険者を名乗るのもちょっと違う気がする。おまけに、よくよく考えると俺はこっちの世界では無職なのだ。俺とリタが無職。クロジは猫なので当然無職。カゲロウが獣人が多く住む大陸で何をしていたかは知らないが、こっちで仕事をしている様子はない。ということは……


「なに、アンタらは無職の集まりなのかい」


「うぐっ」


 おばあさんの悪気の無い言葉は、見事に俺の胸をえぐった。


「まぁ若いんだから、そうやって旅をするのも良いと思うよ。あたしらみたいに年を取ってから仕事が無くなると辛いがねぇ。ディカマンの住人たちは街の薬屋にすっかり仕事を取られちまって、商売あがったりだよ。ここの住人は僅かなヒーラー以外は全員、『空洞の民』だからね。薬師としての仕事を奪われると、自分たちの存在意義について考えちまうよ」


「空洞の民……ってどういうことですか?」


「はぁ、アンタ、まさか空洞の民について知らない訳じゃないだろう。それともなんだい、あたしらを侮辱する気かい? ああ、これだから街から来た人間は!」


 まずい、俺の無知のせいで地雷を踏んだらしい。おばあさんの目がキッと吊り上がる。すると、横からリタがすかさず助け舟を出してくれた。


「彼は遠い国から来たので、ここでのスキルの概念も、空洞の民のことも良く分かっていないんです。決して侮辱しているつもりではないと思います」


 俺は全力で首を縦に振った。おばあさんは深い溜息をつくと、ぽつぽつと話し始めた。


「ほとんどの人間が生まれながらにスキルを持ってるもんだが、たまに何のスキルもない子供が生まれちまう。それを空洞の民、と呼ぶのさ。スキルが無ければ仕事には就けない。よっぽど金持ちの家なら構わないだろうが、そうでなければスキル無しの人間なんざ家のお荷物さ。ディカマンはそんな子供が捨てられたり、もしくは流れ着いたりしてできた集落だ。ここにいるヒーラーも、なかなか社会に馴染めない変わり者ばっかりさ。みんな生きるために必死に技術を磨いて、なんとか食い扶持を稼いでるのさ」


 なんとか食い扶持を稼いでいる、というのは謙遜ではないのかもしれない。パッと部屋を見回した感じだと、おばあさんの生活はかなり質素に見える。道具はどれも使い古されたものばかりだし、着ている物も袖の先が擦り切れている。


「ところで、ここの集落は天気が変わりやすいんでしょうか? 俺達、突然の猛吹雪に本当に参っちゃって」


「いや、こんなに突然大雪が降り出すなんざ、10年に一回くらいしかないね。理由は明白さ、それは……」


 おばあさんが言いかけたところで、突然低い地鳴りのような音がした。ズゥン、と重い音とともに、テーブルの上が小さくカタカタと音を立てた。


「なんの音ニャ?」


 クロジとカゲロウの耳が小刻みに動く。

ズン……ズン……と、地鳴りは小さな振動を伴い、少しずつこちらに近づいているような気がする。


「この大雪だから、も、も、もしかして雪崩とか!?」


 俺がアタフタしていると、おばあさんがスッと椅子から立ち上がった。


「来たか。思ったより早かったようだね。これこそが、季節外れの大雪の正体さ」


「一体どういうことですか?」


「この地域に10年に一度、眠りから覚めるとともに大雪をもたらすモンスターさ。雪男だよ」



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