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73 雪山

 ヒュオォォォォ……


 イッセーの町に別れを告げて早3日。次の目的地にはまだ辿り着かず、いま俺達は雪山にいる。猛吹雪により、視界は真っ白だ。


「まさか、季節外れの雪がここまでとはな」


 そう呟くカゲロウの顔は、イッセーの女性から貢がれたらしいストールで鼻の上まで覆われている。


 俺達はまさかこんな季節外れの猛吹雪に遭遇するとは思わず、いつも着ているペラペラの服のまま震えながら雪山を進む羽目になっていた。


 カゲロウは寒くなってきたら一人さっさと獣人化して、体表を毛皮で覆った。モフモフの毛皮が出し入れ自由だなんて、ずるい。


 俺もシャツの襟を立てて、少しでも服の中に侵入する冷気を拒もうとする。けれど、こんなペラペラの普段着ではもはや焼け石に水だ。もう指先や足先の感覚はずいぶん前から鈍くなっている。これは正直まずいのではないか。


「毛皮のあるカゲロウはともかく、俺やリタはこんな服でこのまま進んだら凍死しちゃうよ! 雪の降ってなかったところまで戻ろうよ」


「馬鹿者。麓に戻ったところで、雪が降っていない保証はないのだぞ。それにハオランの結界魔石でもここまでの冷気が防げるとは思わん。地図によればこの先に村があるはずなのだ。さっさと歩いてその村を目指す方が建設的だ」


 段々と靴の中にも雪が染み込んで、冷たいとか痛いとかいう感覚はとうに通り過ぎてしまった。もうすぐ足先の感覚は無くなりそうだ。指先の感覚もないし、クロジに至っては俺の服の中でもう小一時間ほど言葉を発していない。温かいので生きているとは思うが、寒さに強くないであろうクロジにはこの吹雪は相当堪えるのだろう。


 そうこうしているうちに、吹雪が少し弱まった。相変わらず雪はチラチラと降っているが、これならあと15分くらいなら歩けるかもしれない。けれど、もって15分だ。このままだと俺やカゲロウはともかく、リタの体力がもたないだろう。


 後ろを振り返ると、ぐったりとうなだれたリタが重そうに足を引きずっている。その辺で拾った木の棒を杖代わりにして、なんとか歩いているといった様子だ。


「リタ、まだいけそうか?」


 すると、リタは緩慢な動作で俺を見たあと、黙ったままゆっくりと前方を指さした。


「なに? 前の方に何かあるのか?」


「……何か、あります」


 リタは口元を覆っていたストールをずらすと、息も絶え絶えに言った。


「何か……落ちてる。人……かも」


「なんだって?」


 人が落ちているだと? 俺はリタが指さす方を見たが、雪のせいでよく見えない。カゲロウは「見てきてやる」と言い残し、少し進路を横にそれたところをざくざくと進んでいく。

 すると、程なくしてカゲロウが何かを肩に抱えて戻ってきた。顔には渋面を作っている。


「確かに、人が倒れていたので連れてきたが、まずいぞ。だいぶ弱っている。しかし人がいるということは、この近くに村があることは間違いないだろう。雪のせいで道が分かりにくいが、このまま進むぞ」


「ねぇ、この道で本当に合ってるの!? 俺もう限界が近いんだけど」


「ええい、弱音を吐いていても村には着かん! 無駄口を叩いている暇があったら一歩でも歩くのだ!」


「だから、もう歩く体力が無いって言ってるんだけど!」


 俺とカゲロウがぎゃあぎゃあ言い合っていると、突然リタがガバッと顔を上げた。


「スープの匂い」


「どうしたんだよ、急に」


 リタは寒さで遂に幻覚が見え始めたのだろうか。しかしリタは先ほどと見違えるような素早い動きで、ザクザクと雪を踏みしめて誰よりも先に歩いていく。


「おい、リタってば。急にどうしたんだよ。そんなハイペースで歩いたら倒れるぞ」


「スープの匂いがしたんです。この先に家があるはずです」


 食いしん坊のリタがそう言うのなら間違いはないだろう。リタはいつの間にか杖を放り出し、猛スピードで雪の上を歩いている。俺とカゲロウも顔を見合わせ、彼女に遅れないように歩くスピードを上げる。


 すると曲がりくねった道の先に、崖にそって点々と家が建っている集落のようなものが見えた。窓には温かな明かりが灯り、煙突からは煙が出ている。そこには、確かな人の営みがあった。


 いつの間にか服の隙間から顔を出したクロジが、弱弱しい声で呟いた。


「助かったニャ。これで凍死せずに済むニャ」


◇◆◇


「あれまぁ! 獣人さんの肩に乗っかってるのは、うちの村のモンでねぇの」


 集落に辿り着くと、一番手前にあった小さな家から、80歳くらいの小さなおばあさんが出てきた。窓から俺達の姿を見つけたらしい。


「なかなか帰ってこねぇから、探しに行かねばと思っておったところよ。アンタらが連れてきてくれたんか。季節外れの雪で寒かったろう。ホレ、家に入りんさい」


 おばあさんは俺達の返事も聞かず、さっさと家の中に引っ込んだ。しかし俺達も家の中に入れてもらえるなら異論はない。もう寒さが限界を超えている。手足の感覚はとっくにない。できれば、温かい飲み物などを恵んでもらえないだろうか。

 俺はそんなことを考えながら、おばあさんに続いてその小さな家の中に足を踏み入れた。


 おばあさんの家は外から見た通りとてもコンパクトで、天井も低い。背の高いカゲロウは少しかがみながら扉をくぐり、部屋の奥にあるベッドに向かうと、抱えていた村人を寝かせた。


「カゲロウが助けた人、女の人だったんだな」


 ベッドに寝かされた村人の顔を見ると、金髪の女性だった。歳は俺より少し上、それでも20代前半といったところだろう。鼻筋が通り、瞼からは長いまつげが伸びている。なかなかの美人と見た。


 女の人は意識を失っているが、今はすやすやと寝息を立てている。顔色も悪くなさそうだし、一旦このままでも問題なさそうだ。


「外は寒かったろう。今、熱いお茶を入れてやるからな」


 部屋の隅の備え付けられた小さなキッチンから、おばあさんが俺たちに呼び掛ける。


 そういえば、この世界に来てから民家に入らせてもらうのは、アーカシでリタと出会った時以来だ。俺は異世界の民家が物珍しくて、つい中を見渡してしまう。


「なぁに家の中をジロジロ見てるんだい。ホラ、さっさと座りなさい。お茶が湧くまでの間に、服を乾かしてやろう。それに手足も凍傷になってるんじゃないかい? ばぁちゃんに見せてみな」


 おばあさんは俺とカゲロウの体から濡れた服を剥ぎ取ると、慣れた手つきで室内の物干し竿にひょいひょいと引っ掛けていった。俺達の服が吊るされた横には、何やら乾燥させた植物もぶらさがっている。 


 リタはおばあさんから着替えを借りたようで、いつの間にか質素な茶色いワンピースに身を包んでいる。


「お嬢ちゃんの服も今から乾かしてやるからな。それまではばあちゃんの服で我慢しな。それから、アンタら手足を出しなさいな。急な吹雪だったから、凍傷になってたらよくないからね」


「じゃぁ、男性陣から先に診てあげてください。私は自分でやるから大丈夫です。私もヒーラーなので」


「ん? 私もヒーラーなので、って……どういうこと? このおばあさんはヒーラーなのか? リタの知り合い?」


「いえいえ、初対面です。ここはディカマンという集落で、ヒーラーと薬師の町なんですよ。だから、こちらのおばあさんもヒーラーか薬師かどちらかだろう、と思って。ねぇ、おばあさん」


 リタが問いかけると、おばあさんはニッコリとうなずいた。


「そうさ。ようこそ、癒しの集落・ディカマンへ」


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