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72 温泉街でひと息

 ダイゴとひとしきり日本の思い出話に花を咲かせた後、俺は皆が待つ町の入り口へと戻った。


 トレントと戦っている間は必死すぎて気づかなかったが、辺りに硫黄の匂いが充満している。やはりここは温泉街なのだ。


 トレントの脅威が去った今、急にワクワクしてきたんだけど!


 避難所にいた人々も続々と戻ってきて、早速町の壊れた部分を補修する木槌の音が鳴り響いている。


 やはり、こちらの世界に住む人々は逞しい。元の世界だったらモンスターに町を破壊されない代わりに、こんなにも町のあちらこちらが壊れてしまったら、ショックで数日寝込んでしまう人が多いのではないだろうか。


「ヒロの髪って、明るいところで見ても真っ黒なんだなぁ」


 ユーゴが珍しいものを見るように、俺の頭をしげしげと眺める。


「昨日は出会ったのが夕方だったし、全然気づかなかった。そんな髪色の人を見たのは初めてだ。俺のじいちゃんが若い頃黒髪だったっていうのも、あながち嘘じゃないのかもしれないな。ヒロは俺のじいちゃんと同郷なんだって?」


「ああ、思わず思い出話に花が咲いたよ」


 ヒロはやはり祖父が異世界から来たという話は信じていないらしい。黒髪の民族がいる遠い地域からやってきた、くらいに思っているのだろう。


 でも、それでいい。ダイゴは故郷に帰りたがっている訳ではないし、ここでの生活を大切にしている。

 ユーゴの祖父がどこから来たかなんて、大きな問題ではないのだ。


「ところで、ユーゴくん」


 リタがまるでカニのように、真横にススス、と移動しながらユーゴの横につけた。そのまま、少し上目遣いにユーゴを見る。


「トレントを討伐したお礼について、なんですけど」


「ああ、もちろん覚えてますよ。モンスターが暴れたせいで、いつも通りに店が開いてる訳じゃないけど、俺のじいちゃんの名前を出してくれればメシはどこでも食べ放題でいいですよ。温泉は是非、俺んちの宿で入ってくれ! さっき確認したら、俺んちの宿は大方無事だったんだ」


「それは良かったな。では吾輩は早速風呂に入らせてもらうとしよう」


 そう言ったカゲロウは再びスキルを解除し、非獣人の姿になっている。サラサラとした青い髪が風になびいている。今日もものすごく美男子だ。どこぞの王子と言われれば信じてしまうくらいには顔の造形が美しい。


「あれ、カゲロウはこっちの姿でいくことにしたの?」


 俺が尋ねると、カゲロウは頬をぽりぽりと掻いた。


「ああ、こちらの姿の方が町の連中に威圧感を与えなくて良いと思うのだ。獣人の姿だと嫌がる連中もいるし」


「それでもザカリオでは頑なに獣人の姿を維持してたじゃん。何か心境の変化でも……」


 俺が言いかけると、急に耳をつんざくような黄色い声に取り囲まれた。


「ああ、カゲ様! こんなところにいらしたんですね!」

「私が町を案内して差し上げますわ!」

「カゲ様~! 名物の温泉饅頭なんてどうかしら?」


 俺があっけに取られていると、きゃぁきゃぁと騒ぐ女性陣に取り囲まれたまま、カゲロウは町の奥へと消えて行った。すると、どこからともなくクロジが現れ、俺の肩に乗った。


「なんで非獣人の姿かというと、それはカゲロウがモテモテタイムを楽しんでいるからニャ」


「モテモテタイムだって?」


 俺がプッと噴き出しそうになるのを我慢しながら聞き返すと、クロジは呆れたような顔で言った。


「そうニャ。カゲロウは多分獣人族の中ではモテないんニャ。以前、カゲロウは獣人族の中では体が小さいと言っていたんニャ。他の獣人族を知らないから何とも言えにゃいが、今まで戦ったエセ獣人と比べてもカゲロウは背が低くて体の厚みもないんニャ。日本の若者言葉で言うところの、ガリヒョロってやつニャ」


「カゲロウが、ガリヒョロ!?」


 俺は笑いを堪えすぎて、もう鼻水を吹き出す寸前だ。

 カゲロウの身長は2メートル近くあるし、俺と比べたら筋骨隆々に見える。戦闘能力も高いし、めちゃくちゃ頼りになる。それが獣人族の基準ではガリヒョロ扱いになるというのか。


「獣人族でモテない日々を送ってきたカゲロウ青年は、非獣人族の間では美青年扱いになる、ということを最近知ったようなのニャ。それでメスの人間からチヤホヤされるために、町の人間が戻ってくる前にスキルを解除して、あの姿になっていると俺様は睨んでいるのニャ」


「クロジの読みは当たってると思いますよ」


 リタもうんうんと頷きながら同意している。


「カゲロウって気が利かないし、優しくもないし、おまけに獣人族の中では体も小さいとなるとモテないでしょうねぇ。獣人族はもっと体が大きくて、雰囲気もワイルドな方が人気があるんじゃないですか」


「リタまで! なんて身も蓋もないこと言うんだよ」


 今話題になっているのはカゲロウだが、俺はまるで自分の事を言われているようで胸がチクチクと痛む。


 俺も日本でははっきり言ってモテるタイプではなかった。彼女いない歴イコール年齢、とまではいかないが、女の子の方からアピールされた経験もない。


 別に、モテなくたっていいじゃないか! 人間はモテるよりも大事なことがあると思う。


「まぁカゲロウは放っておいて、私達はイッセーのグルメを楽しみましょうよ! あっちの方に温泉まんじゅうって書いた屋台がありましたよ! まんじゅうって一体何なんでしょうか? 食べるのが楽しみです」


「そっちの方には魚の身を練ったようなものが売ってあったのニャ。俺様はそれが食べたいんニャ」


 昨日の夜からロクに寝ずに、ヤンやトレントと戦っていたため正直ヘトヘトだ。俺も温泉に浸かって早く寝たい。


 でもリタとクロジはそんな俺の気持ちを知ってか知らずか、食べ物の匂いが漂う方へと俺の腕をぐいぐいと引っ張っていく。


 気づけば、町のいたるところから美味しそうな匂いが漂い始めている。温泉街はモンスター被害などもろともせず、今日も可能な範囲で営業するのだろう。

 俺はリタやクロジに引っ張られるまま、屋台が立ち並ぶ方へと歩いて行った。


◇◆◇


「ヒロたち、もう行っちゃうのかよ。もう2,3日ゆっくりして言ってもいいんじゃねぇか? 町のおばさんや姉さんたちも寂しがるぜ」


 町の入り口まで俺達を見送りに来たユーゴが残念そうに言う。


 女性陣が惜しむのはカゲロウだけだろうが、自分でそう言うと悲しくなってくるので、ここは黙っておくことにする。


 俺達は昨日の朝トレントを倒したあと、丸一日観光を楽しんだ。そしてユーゴの家族が経営する宿屋で1泊させてもらい、今からは次の目的地へと出発するところだ。


 今は朝の10時くらいだろうか。太陽の日は結構高いところまで上っている。


「そういえば、ヤンはどうなったんだ? ホラ、モンスターをけしかけた男だよ」


 俺が尋ねると、ユーゴは「ああ、あの男か」と言って手を叩く。


「あの男なら、軍の人間が来るまでは町はずれの空き家に閉じ込めてる。町の人たちで順番に見張りをしてるし、逃げられる心配はないよ」


「そうなんだ。それから……」


 俺は言うべきかどうか迷ったが、世話になったユーゴやダイゴにこそ伝えておくべきだと思った。


「エレガンス製薬の人間には注意して欲しい。今回の騒動には直接関係ないのかもしれないけど、ザカリオでは変な薬を使ってトラブルを起こしたり、相当危ないことをやってた。正直、あいつらがこの町に危害を加えない保証はない。本当に気を付けて欲しい」


 すると、横で聞いていたダイゴが一歩前に踏み出した。


「なぁに、ワシの目が黒いうちは、この町で悪さはさせんよ。今回はヒロ達の世話になったが、ワシらも捨てたもんじゃない。この町をちゃんと守っていくさ。またこっちに来ることがあれば、絶対に寄るんじゃよ」


 俺が再びこの地に戻ることはあるのだろうか。

 できれば、このまま日本に帰る手がかりを掴んで、そう遠くない未来に元の世界に戻りたい。


 でも、またユーゴ達に会いたいのも本音だ。

 俺は複雑な気持ちのままユーゴと握手をした。


「またな」


このお話でイッセー編はおしまいです!

次のお話はまた別の集落へと移動し、ヒロ一行に仲間も増えます。

今後とも本作をよろしくお願いします!

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