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70 ユーゴの祖父

 ヤン達と話をしているうちに、空の向こうでオレンジ色が藍色を押し上げてきているのに気付いた。まぶしい朝日が山の向こうから顔を覗かせている。


「おーい、ヒロ達! こんなところにいたのか、探したんだぞ!」


 草むらを掻き分け、大きな声を上げながら走ってきたのはユーゴだった。

 ユーゴは息を切らしながら話し始めた。


「夜中に俺のじいちゃんが襲われてよ。じいちゃんが、逃げた犯人を見慣れない顔の青年が追いかけてくれたって言うんで、もしかしてヒロじゃないかと思って探してたんだ。こんな朝っぱらから、草むらの奥で何してんだよ」


「何って、犯人を捕まえたあと、夜食を食べてたんだよ」


 俺は火の消えかかった焚火と焼き台を指さした。


「はぁ、こんなところで食事か? それにしても犯人はどこに……って、縛られてるコイツか!」


 ユーゴは目を見開きながらヤンを指さした。ヤンはバツの悪そうな顔で目をそらしている。


「ああ、コイツ! 顔を覚えてるぞ。温泉に入りに来た観光客だとばっかり思ってたのに、悪いやつだったのかよ。俺のじいちゃんに暴力を振るおうとしたんだってぇ!?」


 ユーゴは威勢よく腕まくりしながらヤンに近づいていく。まずい、このままだと暴力沙汰になってしまう。

 自分の祖父を襲われそうになって腹が立つのは分かるが、一旦ユーゴを落ち着かせなければならない。


「待て、待て。気持ちは分かる。でも仮に、今ここでコイツを殴ってもどうしようもないだろう? 町のみんなのところへ戻って、それからどうするか考えようよ」


 するとユーゴはしぶしぶといった感じで、今にも殴りかかりそうだった腕を下ろした。それを見たヤンがほっと小さく息を吐く。


 俺はユーゴに、ヤンから聞いたことを話してやった。

 ヤンがゲルセミウムの構成員であること、ユーゴの町の温泉の経営権を狙っていたこと、イッセーの町にトレントを放ったこと、おじいさんを襲ったものの怪我はさせていないこと。


「ヒロの話は分かったよ。でもよ、俺のじいちゃんにケガをさせてないにしても、町にモンスターを放ってメチャクチャにしたのはコイツだろ? 許せねぇよ。おいお前、モンスターはすぐになんとかしてくれるんだろうな?」


 ユーゴが詰め寄ると、ヤンは目線を落として言った。


「俺の半端なスキルじゃ無理だ。腕の立つ冒険者にでも討伐してもらえ。ほら、そこにいる兄ちゃんたちならできるだろ」


 ヤンがあごでしゃくるようにして俺達の方を見た。ユーゴもそれにつられる。


「ヒロ達はただの観光客じゃなかったのか……? 腕の立つ冒険者パーティだったのか……!!」


 ユーゴの目が期待で輝き出した。まずい。すぐに訂正しなくてはならない。


「あー、えっと、俺達は冒険者パーティという訳ではなくて」


 俺が訂正しようと胸の前で手を横に振ろうとすると、ユーゴはその手を包み込むようにガッチリと掴んだ。


「頼む、頼むよ。俺達は町の観光業で生きてんだ。早いとこ営業を再開しないと、収入が途絶えちまう。国軍や冒険者を手配するのを待ってたら、いつになるか分かんねぇ。ヒロ達の力を貸してくれねぇか。お礼はたっぷりするからさ」


「お礼、ですか」


 リタの目がキランと光った。ユーゴは俺達ひとりひとりを見ながら言った。


「ああ、お礼はする。温泉入り放題、宿代も2,3日ならタダでいい。それ以降も少し割引く。あと、町のレストランや屋台で好きなだけ飲み食いしてもらっていい。それは町のみんなで金を出すから」


「本当に、タダで、好きなだけ食べてもいいんですか」


 リタがユーゴにずいと近づいた。リタの目が興奮で爛々と輝いている。「好きなだけ飲み食いしてもらってもいい」というフレーズにがっちりと心を掴まれたようだ。


 その眼はキラキラというよりギラギラとしており、正直コワイ。しかしユーゴは臆することなく続ける。


「ああ、構わねぇ。アンタみたいな細っこい姉ちゃんの食べる量なんて知れてるからな、そこは遠慮なく食べてくれ。もちろん、ヒロも、獣人の兄さんも、猫も全員食べ放題だ。な、悪い話じゃないだろ? 町にいる木のモンスターを討伐してくれよ」


 ユーゴが眉をハの字に下げて、懇願するように言う。


 力になってやりたいが、町には4体以上トレントがいたように記憶している。ヤンが時間差で召喚したのだろう。

 あれだけのトレントを討伐するとなると、また怪我をするかもしれない。俺の一存では決めれない。


 なんと返事をするべきか迷い、カゲロウの方をちらりと見た時、カゲロウが口を開くより前にリタが元気いっぱい返事をした。


「もちろん、引き受けますよ!! トレントはなんとかします。ヒロさんとカゲロウがね!」


 思わず、俺の口から「はぁ?」という声が漏れた。カゲロウの口も思い切り引きつっている。


「ちょっとリタ! 勝手に返事しないでよ!」


「そうだぞ、吾輩たちの意見も聞かずに何を勝手に承諾しておるのだ!」


 俺とカゲロウが相次いで抗議すると、リタは涼しい顔で言った。


「だって、さっきだって二人は何体もトレントを倒したじゃないですか。もう何体か増えたっていいでしょう。だいたい、二人だってイッセーの町の人たちが困っているのに、見て見ぬフリはできないんじゃないですか?」


 リタは勝ち誇ったような顔で言った。けれど、実際リタの言う通りだろう。見て見ぬフリはできない。それはカゲロウも同じようで、腕を組んだまま小さくため息をついて言った。


「いいだろう。町にいるトレントの討伐は吾輩たちで引き受ける。その代わり、宿代と飯代に加えて討伐料も多少は払ってもらう。吾輩たちも生活というものがあるんでな」


「ああ、構わない。討伐料の詳しい金額については少し待ってくれ。じいちゃん達にも相談してみるよ」


 ユーゴは弾けるような笑顔で言った。その笑顔はどこか幼くて、彼が俺よりも年下であるということを思い出させるのには充分だった。


 年下の少年がこんなにも一生懸命なのだから、社会人の俺が頑張らない訳にはいかない。


「そうと決まれば早速町に戻って、日が昇り切る前に討伐してしまおうか!」


◇◆◇


「ぜぇ、ぜぇ、はぁ」


 イッセーの町にいた全てのトレントを倒しきった頃には、太陽はすっかり空の上のほうに昇り、周囲は明るく照らされていた。


 周囲が明るくなったことで、町の被害状況もはっきりしてきた。

 店の軒先はいくつも壊され、壁にひびが入っているところもある。

 

 俺達がトレントの攻撃を避けた時にも何かが壊れる音がした。しかし悪いのはトレントと、それを召喚したヤンだ。俺達のせいではない……と思いたい。


「それにしても、全身痛い。怪我だらけだ。リタ、ヒールをかけてくれ」


 俺は地面に四つん這いになったまま、弱弱しく頼んだ。


 結局、町には7体のトレントがいた。大型のトレントに加え、やたら足の速いトレントなどバラエティに富んだ面子に熱く歓迎され、俺達一行はかなりボロボロになっていた。


 リタが手当のために俺の背中に手を当てた。そこからポカポカとした温かさが全身に広がっていく。


「フム、なかなか骨の折れる戦いであったな」


 そう言いながらも、カゲロウは大した怪我もなく涼しい顔をしている。


「うおおお、やっぱりヒロ達は腕の立つ冒険者パーティだったんだな! アンタらに頼んで正解だったよ。町のいたるところが破壊されてはいるけど……できるだけ早く観光客を呼び込めるように、俺も修理とか頑張るよ」


 ユーゴは喜びと憂いが混じった顔で言った。町が自分たちの手に戻った喜びと、復旧にどれくらい時間がかかるのか分からない不安。


 俺に大工のスキルがあれば助けてやれるが、生憎俺には串焼き関係のスキルしかない。ここはユーゴ達町の住人に頑張ってもらうしかないだろう。


 その時、ユーゴの後ろから一人の老人がひょっこりと現れた。


「ふぉっふぉ、そうじゃ頑張れ若者。なぁに、これくらいの壊れ具合なら、明日にでも営業を再開できるじゃろうて」


「じいちゃん!」


 ユーゴにじいちゃんと呼ばれた老人は、白いひげを撫でながら町を見回した。


「少々店先が壊れておっても、中身は無事なところが多そうじゃ。これならなんとかなるじゃろう。ありがとうの、そこの青年たち。若いオネーチャンと、若い獣人と……それから、なんと、黒髪の青年!」


 老人は俺の髪を見て目を丸くした。そういえば、こっちの世界では黒髪は珍しいんだけっけか。


「はぁ、その髪色を見るのは何十年ぶりじゃろうて。まさか、アンタ日本から来たんじゃなかろうな?」


 


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