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69 アルバンを知ってるの?

 ヤンはリタがアルバンの妹だと言い当てると、嬉しそうに目を細めた。


「やっぱりアルバンの妹だったんだな。ハハ、目がそっくりだ」


 微笑むヤンに対して、リタは目を白黒させている。


 まさかここで行方不明となった兄を知る人物と出会うとは思わなかったのだろう。ましてや、相手はカゲロウにロープで縛られた悪人だ。


 リタは何から聞くべきか悩んでいるのか、少し間を置いてから話し始めた。


「あなたは……兄と、どういった知り合いなんですか?」


「さっきこの兄ちゃん達には言ったんだが、俺はゲルセミウムの構成員でね。アルバンとはそこで出会った」


「そこで出会ったって……あ、あ、兄はゲルセミウムの構成員になっているってことですか!?」


 リタはヤンの襟元をつかみ、ゆさぶるようにして言った。ヤンの肩がガクンガクンと前後に大きく揺れる。


「おい、リタ。落ち着くのだ」


 カゲロウが嗜めると、リタは我に戻ったかのように手を引っ込めた。

 リタは2回ほど大きく深呼吸したあと、尋ねる。


「すみません、取り乱しました。それで、兄はゲルセミウムの構成員になってるって本当ですか? それは脅されて働かされてるということですか?」


 ヤンは「うーん」と首を捻った。


「脅されてるっていう言い方はどうだろうな。元々、危ない仕事だと分かって首を突っ込んだのはアルバン自身だ。その後組織から抜け出せないからと言っても自業自得だ。俺と同じように、金に目が眩んだんだろう。確か、結婚を約束した女がいたんだろ?」


 ザカリオで出会ったアルバンの恋人の顔が浮かぶ。その心配ぶりから、真剣に付き合っていたのだろうとは思ったが、結婚を約束しているとは知らなかった。


「恋人がいるのは知っています。確かメラニーさんという方ですよね。ザカリオで兄の行方を追っていた時に会いました」


「そうそう、メラニーだ。まとまった金が溜まったら、結婚するつもりだったそうだ。そのために、少々危ない匂いがするが報酬が良い仕事に飛びついたんだろうな。その結果がゲルセミウムの仲間入りだ。笑えねぇよなぁ」


 ヤンは自嘲気味に言った。「笑えねぇよなぁ」というのは自分自身にも言っているように聞こえた。


「自分がやってる仕事がゲルセミウム絡みだと知った時にはもう遅い。簡単に組織を抜けることはできねぇ。アルバンも今頃後悔してるだろうよ。金に目が眩まなけりゃ、今もザカリオで彼女と貧乏ながらも楽しく暮らしてたはずだぜ」


 リタの顔が歪み、その眼は大きく潤んでいる。

 俺はヤンに問いかけた。


「それで、アルバンさんは今どこにいるんですか」


「さぁな。最後に会った時はエドランにいたが、あいつも俺と同様に商業スキル持ちだ。つまりは組織の中では大したスキルじゃないってこと。そういう奴はスキル変性剤を飲まされて、あっちこっち行かされるんだ。強いスキルの奴は命令する側としてエドランに残れるんだろうけどなぁ」


「アルバンさんって運送のスキルがあるんですよね? ということは、やっぱりゲルセミウムの怪しい荷物を運ばされてるってことですか?」


「当然だ。しかもスキル変性剤を飲まされたことで、普通は運べないものまで運べるようになる。通常の運送スキルだと、生きた人間は運べないんだよ。他のモンスターや動物なら運べるんだが、どうしてだか生きてる人間は運べない。しかしスキル変性剤を飲むと、簡単に生きた人間を運ぶことができる。すると、どうなると思う?」


 ヤンは俺を試すように言った。口元が意地悪く笑っている。


「人を簡単に攫える……ってことですか」


「正解! アルバンは自分の仕事内容について頑なに教えちゃくれなかったが、多分あいつは人さらいでもやってんじゃねぇか」


「ひ、人さらいだなんて!!!兄はそんなこと、絶対にしません」


 リタが大声で非難するように言った。声が震えている。

 すると、ヤンが呆れたように言った。


「君は自分のお兄さんが犯罪者だなんて思いたくないんだろうが、ゲルセミウムの構成員になっちまった以上、もうまっとうな人間じゃねぇんだよ。それに、アルバンがゲルセミウムのナンバー2の部隊の奴らと一緒にいるところを見たことがある。そこの獣人野郎の弟だっけか、そのあたりの件と絡んでるかもしれねぇな。ゲルセミウムのナンバー2は獣人にこだわりでもあんのか、やたら獣人絡みの仕事をしたがるんだ」


 カゲロウの弟が失踪した件が、もしリタのお兄さんの仕業だったら……? もしそうだとしたら、俺達のこの関係性はどうなるんだろう。


 そっとカゲロウの表情を盗み見たが、彼が何を考えているのかは分からない。リタは青ざめたままだ。

 俺は再びヤンに問いかけた。


「ゲルセミウムの構成員になると、家族に連絡は取れなくなるんですか?」


「そうだな。組織の情報を流される恐れがあるから、幹部に信用されるまでは家族にも連絡できねぇ決まりになってる。俺も家族には連絡できてないし、アルバンもそうだ。お前らはアルバンと連絡がつかなくなったから探してるんだろ?」


 リタが静かに頷いた。


「じゃぁ諦めな。幹部に認められるまでには数か月か1年以上かかるはずだ。それまでは連絡を取ったり行方を探すのは諦めろ。死んでなかったら、そのうちアルバンの方から連絡してくるだろうよ。それまで待てばいいだろう」


「でも……でも」


 リタは唇を強く噛んだ。何かと葛藤しているようだ。


「でも、もし兄が悪事に手を染めているのなら」


 リタはまっすぐ正面を向いて言った。その瞳に迷いはない。


「家族として、兄を止めなくてはなりません。両親が亡くなり、今や私が兄にとっての唯一の家族です。私が兄を救います。絶対に、ゲルセミウムから抜け出させます」


「それは立派だなぁ。ウン、立派な志だ。ただよ、ゲルセミウムに入るのは難しくねぇが、出るのは至難の業だ。ほとんどの奴がゲルセミウムを抜ける時は、死ぬときになっちまう」


 俺はその話を聞いて、日本のヤクザを思い浮かべた。ドラマや漫画で見ただけの知識だが、確かに反社会的な組織は足を洗うのに苦労するイメージがある。それは日本でもこの世界でも同じなんだろう。


「君のお兄さんが、ゲルセミウムを辞められないとなったら、どうする?」


 ヤンはリタに問いかけた。それは意地悪な質問にも思えたが、彼女の意思の強さを確かめる上で必要な質問だと思う。 


 仮に今後アルバンとうまく会えたとしても、ゲルセミウムを辞めてくれといって簡単に辞めてはもらえないだろう。その時、簡単に引き下がるのか?


「それは……」


 リタが言い淀むと、地面からクロジがぴょんと飛び上がり、リタの肩に乗った。


「リタの兄貴がゲルセミウムを辞めないのなら、ゲルセミウムをぶっ潰したらいいのニャ! そしたらカゲロウの弟も帰ってくるし、リタの兄貴も無職になれるし、一石二鳥というやつなのニャ。いざという時は、俺様も猫チャンパンチで助けてあげるのニャ」


 クロジはいつものように、軽い雰囲気で言った。本気か冗談かは全く分からない。

 けれどクロジがそう言った瞬間、俺達の間に張りつめていた空気がふっと緩んだ。


「プッ、ぶっ潰すんだ。そりゃすげぇや」


 ふふふ、と腹の底から笑いが込み上げてくる。俺が笑うと、他の皆もつられて笑った。

 ひとしきり笑うと、リタが背筋を伸ばして言った。


「そうですね。兄がゲルセミウムを辞められないのなら、そんな職場は私が潰します! それで、故郷に引っ張って帰ります」


「威勢のいいこった。ただゲルセミウムはお前らが思っているよりずっと大きな組織だ。簡単に潰せるもんじゃねぇ。アルバンの妹と、串焼きの兄ちゃんと、獣人野郎と猫。3人と一匹でどうにかなる相手じゃねぇぞ。それくらい分かるだろ?」


 ヤンは意地悪で言っているという風ではなく、心配するように言った。友人の妹の無謀さを放っておけないのだろう。


「それでも、やれるところまでやりますよ。ねぇ、カゲロウ」


 リタが言うと、カゲロウがふっと笑った。


「無論だ。弟を攫ったのがリタの兄であるなら、責任を取らせねばならん。そのためにはゲルセミウムの組織の中に雲隠れされたのではたまらんからな。組織ごと破壊するのがいいだろう。クロジ風に言うと、ぶっ潰す、というやつだ」


 一時はどうなることかと思ったが、リタとカゲロウの間にわだかまりはなさそうだ。

 これで、俺達の今後の方針がまたひとつ決まった。


 ゲルセミウムをぶっ潰す、だ。


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