68 穏やか尋問は夜食つき
今夜の騒動を起こした犯人であるヤンは、自身を反社会的組織ゲルセミウムの構成員だと言った。
「ゲルセミウム!? 貴様、ゲルセミウムの人間か!?」
カゲロウががばっと立ち上がる。
「そうだ。なんだよ獣人野郎、ゲルセミウムと何か関りでもあるのか?」
「ああ。吾輩の弟がゲルセミウムに捕まっているはずなのだ。貴様、何か知っているなら情報を全て吐け」
「弟ってことは獣人か? じゃあエドランの方にいるんじゃねぇか。と言っても俺は詳しいことは知らねぇ。ゲルセミウムもいくつかの部隊に分かれてるんだが、獣人をどうこうしてるのはかなり上層部の奴らだ。かなり腕の立つ部隊で、ナンバー2の直属の奴らだと思う。……悪いが、俺の体を起こしてくれないか。寝たまま喋るのは少し辛いんだ」
カゲロウがやや乱暴にヤンを座らせると、ヤンは小さく呻いた。どこか怪我をしているのかもしれない。
「先ほどまでは頑なに口を割らなかったのに、急に饒舌になったな」
「美味しい物を食べたら、なんだか気持ちがほぐれちまってよ。それに、どうせ失敗した俺は組織から消される。大したスキルもないしな。どうせ消されるなら、最後に美味しい物を食べさせてくれた人の役に立とうと思ってよ」
男は俺を見て微笑んだ。その顔を見ていると、どうも悪人には見えない。
「ねぇ、アンタ……ヤンはどうしてゲルセミウムの構成員になったんだ?」
男はふっと短い溜息をつくと、遠くを見ながら話し始めた。
「俺は東の方から出稼ぎで来たんだ。故郷は戦争や飢饉でロクな仕事も食い物もねぇ。俺のスキルは植木屋のスキルなんだが、こっちに来ても仕事はなかなか見つからなかった。故郷で貧困にあえぐ親兄弟にまとまった金を持って帰るために、ゲルセミウムの甘言に乗っちまった」
「ゲルセミウムは貴様になんと持ち掛けたのだ」
「どんな手を使ってもいいから、イッセーのじじいから温泉町の権利を取り上げれば、まとまった金を渡すっていう話だったんだ。そのために『スキル変性剤』っつう新しいポーションをもらったんだ」
「スキル変性剤というのは、エレガンス製薬のポーションか?」
俺が尋ねると、ヤンは首を傾げた。
「どうしてエレガンス製薬の名前が出てくる? 薬をくれたのは、ゲルセミウムの奴だ。お喋りな野郎でさ、構成員や部隊のことはべらべらと喋っていたが、薬の出どころについては何も言ってなかったぞ。俺も別に疑問はなかったしな。ゲルゼミウムみたいな怪しい組織が、変な薬の一つや二つ、持っていたって何の疑問もないだろう」
「それもそうかも。それで、そのスキル変性剤っていうのを使ったら、植木屋のスキルでもテイマーみたいなことができるようになるんだな?」
「あくまでも植物しかテイムできないがな。俺の本来のスキルは、草木を自由に生やしたり花を咲かせたりできるっていうもんなんだが、薬を使うとトレントを自由に呼び出せるんだ。と言っても気力の消費が激しくてな、一度に何体も呼び出すことはできない」
ヤンが一回につきトレントを3匹ずつ呼び出していた理由が分かった。もしもっと多くのトレントをけしかけてこられていたら、倒すのにもっと時間がかかるか、あるいは俺達が大けがを負っていたかもしれない。
「イッセーの町に発生したトレントはどうなるんだ? 時間と共に消滅したりするのか?」
「勝手に消滅したりはしないだろうな。かと言って、俺の半端なスキルじゃトレントを消すこともできない。もう倒すしかないんじゃねぇか」
俺とカゲロウの口から大きめの溜息が漏れた。
ヤンに頼んでトレントを消してもらえるかと思ったが、甘かった。再度戦わねばならないらしい。
「全く、町中にトレントを放つだなんて厄介なことをしてくれたものだな」
カゲロウは腕を組み、ヤンを睨みつけた。
「悪かったよ。でも俺だって仕事だったんだ。ゲルセミウムからは、イッセーの町も多少荒らすように言われたんだよ。そうすればジジイがびびって、すんなり権利を渡すかもしれないからってな」
「ゲルセミウムはイッセーの温泉の権利を欲しがってたんだっけ? そんなもの何に使うんだよ」
「温泉入り放題を楽しみたかったのかニャ?」
クロジが言うと、ヤンはぷっと噴き出した。
「まぁ、それもあるかもしれねぇな。でも主な理由は新しいシノギが欲しかったんだろうよ。ゲルセミウムも大きくなり過ぎた。今では国にも目を付けられてるらしいから、派手な悪事は働けないんだろう。観光業で一儲けしようと思ったんじゃねぇか。そこで女でも売ればボロ儲けだろ。勝手に娼館なんざ作ったら町から批判されるが、町の権利を持ってるんだったら話は別だからな」
「なるほどな。それで、俺達が避難所の教会に駆け付けたときに、温泉の権利を持ってるおじいさんを襲おうとしてた訳だな」
「そういうこと。あのジジイ、なかなかいう事を聞かないどころか、俺に歯向かってきやがったんだぜ。お前に町は渡さん、とかなんとか言ってよ」
ヤンはそう言いながらも、どこか嬉しそうだった。自分がおじいさんから権利を奪えなかったことに安心しているようにも見える。
「じゃあ、あとはイッセーの町のトレントを全部片づけたら事件解決ってことかな? ヤンの処遇は町の人たちに任せようか。あれ、何か忘れているような……」
すると、焼き台から立ち上がる煙の向こうから、ふらりと人影が現れた。
「ど~う~し~て~」
「ぎゃぁ! おばけ!」
あまりにも不気味で恨みがましい声を発しながら現れたのは、リタだった。
「失礼ですね、オバケなんかじゃありませんよ! それより、私抜きで串焼きを食べてるだなんて、一体どういうことですか!?!? そんなこと許されます!? 私も結構頑張ったんですけど! なんで呼んでくれないんですか!!!」
「ごめん、すっかり忘れてて……」
「ヒ ロ さ ん !!!!」
リタの鬼の形相に、俺はすっかり怖気づいてしまった。
「いや、ぐったりしてたしさ。無理に起こしたら悪いかなと思ってたのもあって」
「さっき、すっかり忘れてたって言いましたよね」
「いや、あの、はい。すみません。リタさんの分もたくさんありますからね。機嫌直して」
リタは焼き台をじっと見ると、急にニコッと笑顔になった。
「じゃぁ、残りの串は全て私の分ってことですね?」
「おい、待たんか。どうしてそうなる」
カゲロウが立ち上がった。
「それは横暴というものなのニャ。みんなで仲良く分け分けするべきニャ」
クロジも焦って、後ろ足二本で立ち上がった。まるで人間みたいな仕草だ。
リタはカゲロウとクロジをキッと睨みつけて言った。
「二人は既に何本か食べたんでしょう? 私を呼ぶこともなく! そんなの、あんまりです。お詫びの気持ちは串焼きの量で表現してもらいます」
毅然とした態度で言い切るリタに対し、カゲロウとクロジはタジタジになっている。
一方で俺の存在は何故か忘れられている。誰が串焼きを焼いているのか、一度考えて欲しい。
俺なんてまだ1本しか食べてないというのに。
その時、ヤンがおもむろに口を開いた。
「なぁ、リタさんとやら。アンタどこの町の出身だ」
「は? 急になんですか。あなたは今回の元凶の人じゃないですか。あなたの分の串焼きはもうありませんよ」
「俺はもう食わせてもらったからいいんだがよ。アンタ、もしかしてアーカシとかいう町の出身じゃねぇか? 違うか?」
ヤンの問いかけに、リタの動きがピタリと止まった。
「どうしてそれを知っているんですか」
「年のころと、名前と、超絶食いしん坊ってところでそうじゃないかって思ったんだよ。アンタ、アルバンの妹だろ」
「兄を……兄を知ってるんですか!?」




