67 夜食でも焼こうかな
カゲロウは持っていたロープで、今夜の騒動を起こした犯人の男を手早く縛り上げると、男をその場に転がした。もう獣人化ポーションの効き目は切れたようで、男は元の姿に戻っている。
カゲロウが横たわった男の腹のあたりにどっかりと座った。男からくぐもった声が漏れる。
「フン、手間をかけさせおって」
男は何も言わず、目を閉じている。
「それで、貴様の目的は何なのだ。イッセーの町にトレントを放ったのも、避難している皆の食事に睡眠薬を混ぜたのも、全てお前仕業なのだろう。しかも、イッセーの住人である老人を襲っていたという話も聞いておる。さぁ、全て話してもらおうか」
「お前らに話すことは何もない」
男がぶっきらぼうに言う。口を割るつもりはないらしい。
「コイツめ……!」
カゲロウの怒りのボルテージが一気に上がっていくのを感じる。無理もない。まんまと眠らされた上に、深夜にこうして戦わされているのだ。
一方で、俺はこの男に対して怒りは感じない。ただ、強い疲労感だけが体を包んでいる。
「疲れたときこそ、美味しいものだよなぁ」
「何を言っておるのだ?」
カゲロウが怪訝な顔で俺を見る。
俺はその視線を無視し、マジックバッグからレンガと焼き網を取り出した。即席の焼き台を組み立てるのも、もう慣れたものだ。即席焼き台に、スキルを使って火のついた炭を放り込んでいく。
「もしかして、何か焼くのかニャ? 今から夜のオヤツかニャ?」
クロジの黄色い瞳が、期待でキラキラと輝く。
「ああ、戦いが終わったら一気にお腹すいちゃってさ。疲れたし、精のつくものを食べたいなって思って。犯人から色々聞き出すにも時間がかかりそうだし、ここで夜食にするのもいいかなぁと思うんだけど」
クロジは全身で喜びを表現するように、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「夜食ニャ! 夜食ニャ! 何を作るんニャ?」
「それなんだけど、材料もあんまり無いんだよなぁ。この蛇くらいしか……」
俺はマジックバッグから、だらんと伸びた蛇を引っ張り出した。カゲロウはこれを美味いと言っていたが、味以前に蛇を食べるということに抵抗感がある。
しかし、この世界で生活する以上、一旦日本の常識は捨てようと思う。
「ねぇカゲロウ、この蛇さばいてくれない? 小型のナイフ持ってたよね? 俺蛇をさばいたことないからさ」
「馬鹿者! 何が蛇をさばいて、だ。お前には緊張感というものはないのか!? 今からこの男に尋問するところだぞ!」
「分かってるけど、その男の人、すぐには口を割らないと思うよ」
「だからと言って……」
皆の視線が男へと注がれる。相変わらず、ぷいと明後日の方向を向いて、貝のように静かにしている。
そうしているうちに、焼き台の炭がパチパチと音を立て始めた。焼き台の周囲がふんわりと温かくなる。
「さばいた蛇に串を打って、炭火で焼いたらさぞかし美味いだろうなぁ。そこに、醤油なんて垂らしたらもっと美味いだろうな。シンプルに塩でもいい。香ばしい炭火の匂いに包まれ、表面はサクサクとした食感、中身はフワフワとしているのか、意外に身が締まっているのかは食べてみないと分からないけど……」
俺が独り言のように言うと、カゲロウがごくり、と唾を飲む音が聞こえた。
「フ、フン。そこまで言うのなら仕方がない。こんな状況ではあるが、特別に蛇をさばいてやろうではないか。まぁ、尋問も長丁場になる可能性があるからな」
カゲロウはそう言うと、いそいそと小型ナイフを取り出し、あっという間に5匹分の蛇を食べられるように処理してくれた。意外と骨が多いが、これくらいならしっかり噛めば問題ないだろう。
俺はそれを受け取ると、蛇肉に串を打ち、焼き台に等間隔に並べた。
「にゃぁ~ん、早く食べたいのニャァ」
クロジがうっとりとした顔で言った。
俺達は男への尋問を一旦中断し、静かに肉が焼けるのを待った。
まだ夜は深い。焼き台の近くに、作業しやすいようにとカゲロウが小さな焚火を用意してくれた。暗い夜の中、少し風が吹くと焚火の炎がゆらりと揺れ、焼き台からも香りがふわりと広がる。
「うむ、なかなか良い匂いだな」
「そろそろ焼けた頃だな。はい」
焼けた串をクロジとカゲロウに順番に手渡す。味付けはシンプルに塩のみでいくことにした。誰よりも先にガブリと噛り付いたクロジが、感嘆の声をあげた。
「な、なんて美味しいのニャ! 思ったより身が締まってて、でも固くなくて、うんまいのニャ」
「フム、やはりダンジョンの蛇は脂の乗り方が絶妙だな。かといってクドくもない。これは何本でも食べられそうだな。おかわり」
クロジもカゲロウも、早く次を寄越せと言わんばかりにこちらに手を伸ばした。しかし、今すぐに渡すわけにはいかない。
俺は串を一本手に取ると、それを犯人の男の口元に持って行った。男がきょとんとした顔で俺を見る。
「ほら、一本食べないか?」
俺が問いかけると、男はぎょっとした顔をした。まさか尋問の前に食べ物を勧められるとは思わなかったらしい。
男はしばらく考えたあと、ふいっと顔を背けた。
「あ、いらないんだ。こんなに美味しいのになぁ」
俺は男の口元から串を離すと、それを自分の口に放り込んだ。
なるほど、クロジが言うように身が締まっている。食感としては若鳥というよりもひね鳥といった感じかな。味も脂の乗った鶏肉に近い。もっとアッサリしているかと思ったが、意外と濃厚な味がする。
「ヒロ、何をしてるんニャ? なんで犯人に夜食を食べさせる必要があるんニャ」
犯人は、俺が蛇肉の串焼きを食べるのをじっと見ている。目の動きでわかる。これは興味がある時の視線だ。
「ヒロってば!」
クロジがじれったそうに言った。
「ごめん、お待たせ。はい、おかわり」
俺が串を渡すと、クロジもカゲロウも顔をほころばせた。やっぱり、美味しいものを食べて誰かが喜んでくれるのは嬉しい。
犯人の男は、今度はクロジとカゲロウが食べるのをじっと見ている。男の喉が、ごくりと唾を飲み込んだのを、俺は見逃さなかった。
「お前、やっぱり食べたいんだろう。我慢せずに食べろよ」
俺は再び男の口元に串を近づけた。きっと、串から広がる香ばしい匂いは男の鼻の奥にも届いているはずだ。こんな素敵な香りをかいで、食欲を刺激されないはずがない。
男は再びごくり、と唾を飲み込み、そして遠慮がちに口を開いた。
「ほ、本当に食べていいのか?」
「焼いた俺がいいって言ってるんだ。遠慮せずに食べろよ。ああ、手足が縛られたままだから食べられないんだな。食べさせてやるよ」
男がおずおずと口を開けた。俺はそこに串を近づける。
男は最初こそ遠慮がちに食べていたが、二口、三口と食べるうちにガツガツと貪るように口を動かした。
「お腹すいてたんだな。もう一本食べるか?」
俺が話しかけると、男は口を動かすのをやめ、その代わりに嗚咽を漏らし始めた。
「うっ、うっ、うっ。な、なんでお前は俺なんかに優しくしてくれるんだ? 俺はトレントをお前らにけしかけたんだぞ? どうして……」
男はグスグスと鼻をすすった。
「ああ、そうか、俺は今からこの獣人野郎に殺されるんだな? そうなんだろ? だから最後に温情をかけてくれようとしてるんだな?」
「はぁ? 吾輩がお前を殺すだと?」
カゲロウが目を剥いたのがあまりにもツボに入ってしまい、俺はその場で腹を抱えて笑った。
「アハハ! 違うって! アンタに串焼きを食べさせたのは、深い意味はないんだよ。アンタがすぐには口を割らなさそうだったから、美味しいものを食べさせて懐柔できたらいいなって思っただけでさ……ハハ」
「吾輩はそんなに野蛮ではない」
カゲロウが心底不満そうに言うのがまた面白くて、俺はしばらく笑い転げていた。
「お前ら、変な奴らだな。獣人と、喋る猫と、こんな夜中に急に串焼きを作る兄ちゃんだろ。一体何の集まりなんだよ」
「何の集まりって言われてもなぁ。旅は道連れっていうか。それより、アンタは何者なんだよ。話してくれれば、串をもう一本やってもいい」
「いいだろう、話すよ。俺の名前はヤン。泣く子も黙るゲルセミウムの構成員さ」
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