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65 トレントから樹液を分泌させるには

 料理人である俺のスキルは、食品にしか通用しない。よって、目の前にいる木のモンスター・トレントをスキルで攻撃するには、トレントから食用である樹液を分泌させる必要がある。


「トレントから樹液を出させるためには、おそらく体の表面に傷をつけなければいけません。ヒロさんの串打ちスキルでなんとかなりそうですか?」


 リタはトレントから鋭く伸びる枝を器用にかわしながら言った。

 俺もトレントの攻撃をギリギリでかわしながら答える。


「【串打ち】! ……やっぱりダメだ、スキルが発動しない。俺のスキルがトレントを食べ物だと判断していないんだ。樹液が出ればスキルが反応する可能性が高いが、現段階ではどうにもならない。なぁリタ、刃物とか持ってたりしないか?」


「そんなもの都合よく持ってませんよ。だいたい私はヒーラーですよ!? ヒーラーに刃物なんかいらないじゃないですか!」


「怒るなって、ちょっと聞いただけじゃん!」


 俺達が言葉を交わしている間にも、トレントの攻撃は休みなく飛んでくる。


 この攻撃もいつまでかわせるかは分からない。早く奴らを倒さないと、俺達の体に穴が開いてしまう。


「そういえば、イッセーの町でヒロさんはトレントに何か攻撃していませんでしたか? ホラ、私とクロジがトレントに逆さ吊りにされた時……」


 脳内にイッセーでの戦闘シーンがよぎる。

 そうだ、攻撃は必ずしも自分のスキルでやる必要はないのだ。

 

 俺はおもむろにポケットに手を突っ込んだ。指の先にコツンと固いものが当たる感触がある。ハオランからもらった4つの魔石だ。


「リタ! 受け取ってくれ!」


 俺は魔石の一つをリタの方へと放り投げる。

 リタは「おっとっと!」と声を上げながら、それを上手にキャッチした。


「ヒロさん、これをどうするんですか!?」


「そのまま持っておいてくれればいいから!」


 俺は残りの魔石を持ったまま、辺りを走り回った。トレント3体のうち、2体がリタを襲い、1体が俺を追いかけようとしている。


 俺は、俺とリタを結ぶ直線がトレント3体と重なる地点を必死に探した。……ここだ!


「くらえ! 【結界構築】!」


 スキルを唱えた瞬間、俺とリタの持っている魔石同士が光の壁で繋がった。


 俺達の身長よりもはるかに高く、人は通すが低級のモンスターは通さない結界の壁。

 暗闇に突如として現れた壁は、トレント達の体を貫通し、見事その体を切り裂いてくれた。


 ギャオゥゥゥウ!!!


 月明りの下でトレントの断末魔が響き渡る。


「やったか!?」


「まだです! 一体残っています!」


 リタの切迫した声が聞こえる。

 俺が発動した結界は、間違いなく3体全てのトレントの体を貫通した。


 しかし1体だけ、結界が体の中心部を通らなかったようだ。生き残った1体のトレントは体の3分の2ほどを残し、残った枝を振り回して今にもリタを刺し殺そうとしている。


「ヒロさん助けて!」


 トレントの枝がリタの体を捉えた。締め付けれらたリタは宙に持ち上げられ、足は地面から離れている。


 リタの手から魔石がコロンとこぼれ落ちた。


「待ってろよ、リタ!」


 俺は咄嗟に走り出した。何か作戦がある訳ではないが、ただ見ておく訳にはいかない。

 ガムシャラに走り、一気にトレントとの距離を詰める。


 その時、トレントの枝の一本がリタの腹のあたりを勢いよくかすめた。リタは咄嗟に身をよじり、上手く攻撃をかわしたように見えた。


 しかし、次の瞬間リタからうめき声があがり、その直後に彼女の服が赤く染まる。


「ぐっ……! ヒロさん、早く……!」


 リタの悲痛な声が聞こえる。まずい、リタが腹のあたりをやられたようだ。


 俺の中を焦りが支配する。どうすればトレントの最後の一体を倒せる? もう一度魔石で結界を張るか?


「凍らせ……て……」


 リタの一言でハッとする。

 そうだ、俺には冷凍保存のスキルがある。

 

 そして、先ほど結界で体を分断されたトレントの表面には、樹液と思しき液体がテカテカと輝いている。


 俺はトレントの背後から回ると、その体に思い切りしがみついた。トレントは俺を振り落とそうと体を大きく揺らすが、そうはさせるか!


「いくぞ、【冷凍保存】!」


 俺はトレントの樹液が漏れているところに右手を当てた。なんだかヌメヌメとした感触が気持ち悪いが、そんなことを言っている場合ではない。

 

 パキパキ、パキパキ……


 辺りに冷気が漂い始める。右手を当てたところから、トレントの体が一気に凍っていくのが分かる。


 異変に気付いたトレントは枝を振り回し、今度こそ俺を振り落としたが、もうスキルが発動した後なので構わない。


 俺はスキルが途切れないよう、全身の神経を右手に集中させた。


 トレントの体の中央部分から、枝葉に向かって白い霜が広がる。

 最初はでたらめに枝を振り回していたトレントも、みるみる間に動きが鈍くなってきた。


 キシャァァァァァ……ア、ア、ア


 トレントは最期に弱々しい鳴き声を上げると、完全にその動きを停止した。


「ヒ……ロ……さん……」


「リタ! すぐに降ろしてやるからな!」


 俺はリタを吊り上げていたトレントの枝を、ぶら下がるように体重をかけてへし折った。

 

 パキ!


 枝は乾いた音を立てて、思ったより簡単に折れた。地面へと降りたリタがその場にうずくまる。


「傷は大丈夫か?」


「ええ、今からヒールをかけます。ただ、結構出血したようで、傷がふさがっても動けるかどうか……」


 リタ傷口に手を当てヒールを発動しながら、思いっきり顔をしかめた。

 かなり痛むようだ。


「ああ、分かってる。動かなくて大丈夫だ。もうトレントは全部倒したし、しばらくは安全だと思う。あ、念のためハオランにもらった結界を張っていくよ。リタはここで休んでいてくれ」


「すみません。カゲロウとクロジは大丈夫でしょうか」


「カゲロウが抜群に強いから大丈夫だと思うけど、一応様子を見てくるよ。じゃぁ、リタはゆっくりしておくんだよ」


 リタはコクコクと頷くと、その場で力なく横になった。先ほどトレントに負わされたダメージは相当重いようだ。


 このまま残しておくのも心配だが、カゲロウとクロジの様子も気になる。

 俺は後ろ髪を引かれる思いで、先ほどカゲロウ達が走って行った方向へと向かった。


◇◆◇


「犯人は既に吾輩が捕まえたぞ」


 カゲロウがそう言ってくれるのを期待していたが、甘かった。


 カゲロウ達に追いつくと、そこには先ほどと同じ3体のトレントと、なんと見覚えのない獣人がいるではないか。


「え、あの獣人ってもしかして、犯人の男……? 一体どうなってるんだ……?」


 その獣人はトラのような縞模様で、頭の上には三角の耳があり、口元からは大きな牙がのぞいている。もしや、これがあの犯人の男なのだろうか。


「ヒロ、やっと来たか! 待っておったぞ!」


 カゲロウはニヤリと口角を上げて言った。なんでそんなに嬉しそうなんだよ。


「俺なんかを待たれても困るよ! 今一体どうなってるんだよ!? あの男はどうして獣人化してるんだ? 元々獣人だったのか!?」


「トレントを倒しても倒しても、あの男が復活させてくるんニャ。もう既に10体以上倒してるニャ。キリがないのニャ。ただ、俺様たちがどんどんトレントを倒すからあの男も焦ったのか、さっき変な薬を飲んで獣人に変身したんニャ!」


 クロジは苛立ったようにニャウニャウと叫んだ。


「ここでも獣人化ポーションが出てくるのかよ! 勘弁してくれよぉ」


「やはり、あの男の背後にエレガンス製薬がいるので間違いないだろう。トレントのように、本来テイムできないモンスターを次々と出現させているのもおかしい。何かスキルを増長させるような薬も使っているのかもしれん」


 カゲロウが苦々しい顔で言った。


「スキルを増長!? そんなこともできるの!?」


「普通の人間を獣人化させるくらいなのだから、他にも変な薬があっても不思議ではない。しかしエセ獣人など吾輩の敵ではない。トレントの攻撃をかわしながらあの男を仕留めるのは至難の業だったが、ヒロが来たのならもう安心だな」


 カゲロウがニヤリと笑う。犬歯が剥き出しになったその笑顔を見ると、嫌な予感がした。


「安心って言われても……」


「トレントはヒロとクロジに任せる。吾輩はあの男を仕留める。頼んだぞ!」


「だから勝手に頼むなって!」


 カゲロウは俺の言う事も聞かず、地面を蹴ってヒラリと舞い上がった。


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