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60 木のモンスター

「木のモンスターって何!? モンスターって動物みたいなのばっかりじゃないの!?」


 俺が動揺しながら尋ねると、カゲロウは苛立ちを隠さずに答える。


「馬鹿者、少しはこの世界のことも勉強しろ! あれはトレントという樹木型のモンスターだ! 木の幹のあたりに、顔のようなものがあるのが見えるだろう?」


 恐る恐る木の幹に目をやる。すると木の幹には人の顔のような模様がある。


 落ち窪んだような大きな目に、口角が下がっただらしない口。泣いているようにも見えるし、笑っているようにも見える。とにかく不気味であることに変わりはない。


 トレントからはキィキィという鳴き声のような音と、ガサガサと葉をこすりあわせる音がしきりに聞こえてくる。


「た、確かに、木なのに顔がある。なんだよアレ! この町に人の気配がないのって、もしかして全員あのモンスターに食べられちゃったから!?」


「トレントは人を食わん! それに、このモンスターは本来、森の中に生息するはずだ。こんな開けた場所、ましてや町の中などにいるはずがない! どうしてこんなことが起こるのだ!?」


 カゲロウはそう言いながら剣を振るった。カゲロウに斬られる度に、トレントは濁った悲鳴を上げる。不気味な悲鳴が夕闇に響き渡り、まるでホラー映画のようだ。


 そうこうしている間にも、トレントからは無数の枝が伸びて俺たちを襲ってくる。

 枝は時に素早く俺達の肌を切り裂こうとし、時に静かに俺達の足首を絡めとろうとしてくる。


「町の人たちはどこに行っちゃったんだろう」


 トレントから伸びる枝をかわしながら俺が尋ねると、カゲロウは剣を振るう手を止めずに答えた。


「おそらく、町の連中はどこかに避難しているのだろう。トレントが破壊した町の建物を見てみろ、木材が朽ちている様子はないし、雑草が生い茂っている様子もない。おそらくトレントが町に現れたのはここ数日以内の話だ。ここから比較的近いザカリオまでこの惨状が伝わってないことを考えると、今日発生したのかもしれん」


「とりあえず俺達はどうすればいいんだ!? 温泉はどうなるんだよ!?」


「そうですよ、屋台の食い倒れツアーはどうなるんですか!?」


 俺とリタが口々に言うと、カゲロウの口から今日一番の大声が飛び出した。


「愚 か 者 が ! そんなことを言っている場合ではない! 温泉だの食い倒れだの言ってる場合か! まず安全を確保せねばならん。トレントの攻撃をいなしつつ、一旦町から出るのだ。話はそれからだ!」


「カゲロウの言う通り、一旦撤退するべきなのニャ! 見てニャ、奥にいる一際大きいトレントの様子が変なのニャ!」


 クロジが前足で町の中心部のほうを指した。他のトレントはカゲロウより少し大きいくらいなのに対して、奥にいるトレントはその3倍ほどの大きさだ。


 幹もすこぶる太く、俺が両手を広げても抱えきれないほどの太さだ。長い木の枝はだらりと地面に垂れ下がっている。

 すると、急にその枝がふわりと持ち上がった。


「まずい、攻撃が飛んでくるぞ! 今すぐ逃げるのだ!」


 カゲロウが焦った声を出す。しかしトレントの方が速かった。


 カゲロウが警告すると同時に、枝から離れた無数の葉が、まるで矢のようなスピードで一斉に俺達に向かって飛んできたのだ。

 

「痛いのニャー!」


 クロジが悲鳴を上げる。


 無理もない、葉を避けようにも数が多すぎて避けきれないのだ。俺達は無数の切り傷を作りながら町の入り口まで必死で走った。


 しかしその際に、俺はうねるトレントの根に足をとられ、ドシンと大きな音をたてて転んでしまった。


「ヒロさん、大丈夫ですか……って、あぁ!」


「リタ!!」


 リタは俺の心配をした一瞬の隙を突かれ、トレントの枝に足を絡めとられてしまった。


 ギギギギギギ!!


 トレントは不気味な大声と共に枝を高く掲げ、あっという間にリタを逆さ吊りにしてしまう。


「俺様も捕まってしまったのニャー! 助けてなのニャ!」


 俺達の先を走っていたクロジも、先回りしたトレントの枝に捕まったようだ。


 辺りを取り囲むトレント達はまるで笑っているかのような不気味な鳴き声を発しながら、枝をゆさゆさと揺らしている。俺達をおちょくっているようにしか見えない。


 なんとかリタとクロジを助けて、ここから逃げなければならない。でも、どうやって……?


 コロン

 

 その時、転んだ拍子にポケットから魔石が転がり出た。ハオランからもらったものだ。


 そういえば、この魔石で結界を張ると低級のモンスターなら通さないとハオランが言っていた。ここで結界を張って、トレントが諦めるまで待ってみようか? いや、先にリタとクロジを助けなければいけないだろう。


 その時、俺の頭に一つのアイディアが浮かんだ。


 アイディアの有効性について考えている暇はない。俺はリタを逆さ吊りにしている大型トレントの方へ走ると、魔石の一つを手に握り、別の一つをトレントの奥へ放り投げた。魔石は放物線を描きながらトレントの頭上を通過していく。


「ヒロ、こんな時に何をやっているのだ?」


 カゲロウの苛立った声が聞こえてくる。


「ハオランにもらった魔石の性能を確かめようと思ってさ! 上手くいくかどうかは分からないけど、まぁ見ててよ。えーと、なんだっけ。あ、【結界構築】!」


 ハオランの真似をしてスキルを唱えた瞬間、魔石と魔石の間をつなぐ光る壁が出現した。


ギャオオオオオ!!


 大型トレントの悲鳴が響き渡る。


 それもそのはず、魔石が発生させた結界の壁はトレントの太い幹を見事二つに切り裂いたのだ。大型トレントの枝がダラリと緩み、それまで枝に足を掴まれていたリタはドサリと地面に落ちた。


「痛ぁい」


「リタ、大丈夫か!?」


 俺が駆け寄ると、リタは痛そうに腰をさすりながら立ち上がった。


「ううう、まぁまぁの高さから落とされましたからね。それなりに痛いですが、怪我はしていないようです。そういえば、クロジは!?」


 先ほどまでクロジ捕まっていた方を見ると、ちょうどカゲロウがトレントの枝をぶった切り、クロジを助け出したところだった。


「よし、これで全員揃った。町の外まで一気に走ろう!」


 俺は地面に転がった結界用の魔石を拾い上げると、町の出入り口に向かって猛ダッシュする。


 せっかくイッセーの町に到着した俺達だったが、温泉にも屋台にもたどり着けないまま、トレントから逃げるため、来た道を走って戻る羽目になった。


◇◆◇


 町がすっかり見えなくなったころ、それまで全力疾走していた俺達は足をゆるめ、息を整えることにした。全身から汗が吹き出し、肺は張り裂けそうに痛い。


「ぜぇ……ぜぇ……俺もう走れない」


 俺が額の汗を手の甲で拭いながら言うと、全く息の上がっていないカゲロウが涼しい顔で答えた。


「うむ、ここまで来ればトレントも追ってはこないだろう。元々足の速いモンスターではないし、おそらく奴らはあの町に意図的に発生させられたものだ。あの町から遠くには移動しないだろう」


「なんでそんなことが分かるんだ?」


「先ほども説明したが、トレントは本来、森の中に住むモンスターなのだ。それがあんな町なかに大量発生したということは、誰かがスキルか何かを使って意図的に発生させたとしか考えられない」


「モンスターを発生させるスキルなんかあるの!?」


 俺が尋ねると、カゲロウは顎をなでながらしばらく考え込んだ。


「モンスターを手なずけるスキルというのは存在している。最初はスキルで手なずけたモンスターをあそこまで連れてきたのかと思っていたが……もしかすると、ヒロのように異世界から来た人間のスキルなのかもしれん」


「俺みたいに転移してきた日本人ってこと!?」


「あくまでも可能性があるというだけだ。イッセーには日本人が住んでいるとハオランも言っていただろう。そいつのスキルが暴走した可能性もある。もしくは……」


「もったいぶらないで教えてよ!」


 カゲロウは腕組みをし、小さくため息をついて言った。


「エレガンス製薬絡みか、だ」


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