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61 ユーゴ

「エレガンス製薬が、イッセーの町にトレントを大量発生させた可能性もあるってこと? だとしたら、意図が全く分かんないな」


 俺がうーんと首を傾げると、横からリタが言った。


「トレントの発生で怪我をした人に、薬を売りつけるとかでしょうか?」


「それなら、町を壊す必要はなくない? 何か病気を流行らせて、それの治療薬を売りつけた方が早い気もするんだけど。あれだけ町を破壊したり、大量のトレントを連れてくる方が手間だと思うんだよなぁ」


 結局、どうしてイッセーの町にトレントが大量発生したのか、俺達の頭でちょっと考えたくらいでは全く分からなかった。


 今分かっているのは、俺達の今日の宿がないということ、温泉に入れないということ、それからリタ待望の屋台食い倒れツアーができないということだ。


「お腹空いたのニャ。もう屋台メシは諦めるから、ヒロ、なんか焼いてくれニャ」


 クロジが俺の足に体をすりつけながら、甘えた声で言った。


「そうだ、吾輩も腹が減ったぞ! もうこれ以上は我慢できん。さっさと肉を焼いてくれ。さっきも戦闘があったし、体を動かすと腹が減るからな」


「うう……私の屋台ゴハン……屋台の人もレストランの人も、一体どこに行っちゃったんでしょうか。もうお腹が空いて動けません。ヒロさん、すぐにでも何か焼いてくださいよぉ」


 カゲロウもリタも空腹が限界に近いようだ。皆がじっとりと物欲しそうな目でこちらを見る。


 ここで焼き台を組み立てて夕飯を済ませ、寝る時はハオランにもらった結界を張ればテント代わりになる。野宿できないことはない。


 しかし一つ気がかりなことが……。俺が決断しかねていると、クロジがおもむろに言った。


「んにゃ? 斜め前から、誰か歩いてくるのニャ」


「よく分かるな。もう辺りも薄暗いし、俺には全く見えないんだけど。だいたい斜め前って、道がないじゃん。草むらしかないぜ?」


「そうにゃけど、確かに誰か歩いてくるのニャ」


 日はすでに大きく傾いている。空は夕焼け色というより、既に濃い藍色だ。


 クロジが前足で指す方向に目を凝らすと、うっすらと人影が見えてきた。確かに、雑草を踏みしめながら誰か歩いてくる。


 前方からやってくる人物は俺達の姿をとらえると、小走りになってこちらへ駆け寄ってきた。


 その人物は大きな目が印象的な、リタくらいの年齢の青年だった。元の世界だったら高校生くらいだろう。

 青年は俺たちを見て、不安混じりの顔で言った。


「アンタら、イッセーの町に行こうとしてるのか? 今はやめた方がいい。モンスターが出たんだ」


「知っておる。吾輩たちは既にイッセーの町でトレントから歓迎を受けたのでな」


 カゲロウがそう答えると、青年は少しびっくりしたように固まった。獣人に警戒しているのかもしれない。


 しかしすぐに気を取り直したようで、俺達に矢継ぎ早に質問を浴びせた。


「アンタらイッセーに行ったのか!? 町はどうなってる? 木のモンスターはまだ沢山いるのか?」


「慌てるな、慌てるな。全部答えてやるから落ち着け。そもそもお前は誰なのだ? イッセーの住人か?」


「ああ、そうだ。俺の名前はユーゴ。家族で温泉宿を営んでる。今朝急に町にモンスターが発生したんで、町の人たちとみんなで避難してたんだ。でも、いつまでも避難している訳にもいかないだろ? だから様子を見に来たんだよ。それで、アンタらは観光客か?」


 ユーゴは俺達を見回すように言った。リタが答える。


「ええ! イッセーで屋台食い倒れツアーと温泉を満喫するはず……だったんですが……」


 厳密に言えば、俺達は観光客ではない。リタやカゲロウは家族の行方を追い、俺とクロジは元の世界に戻る方法を追って旅をしているのだ。


 しかしここでユーゴに詳しい事情を説明する必要もないだろう。

 がっくりと肩を落とすリタを見て、ユーゴは励ますように言った。


「それは残念だったな。よりによってこんな日に来ちまうなんて。ところで、アンタらはイッセーに行ったんだよな? 町の様子について教えてくれないか」


「ああ、トレントっていう木のモンスターが大量発生してて、親玉みたいなデカいヤツもいるんだよ。町の建物も所々破壊されてたな」


 俺がそう答えると、ユーゴは大きくため息をついて肩を落とした。


「はああ。やっぱり、まだモンスターはいるよなぁ。あの木のモンスター、トレントって言うんだな? 俺そういうのに疎いから、知らなかったよ。とにかく、駆除してくれる冒険者か軍隊が来ない限りは、町には戻れなさそうってことだよな?」


 うなだれるユーゴを前に、俺は黙って頷くしかなかった。


 冒険者に依頼と言っても、少人数では駆除できないだろう。軍隊もどうやって呼べばいいのか分からない。「すぐ町に戻れるさ」なんて、軽々しく言う訳にはいかない。


 目の前の青年にどんな言葉をかけてあげればいいのか分からなくて、気の利いた言葉を言えない自分を少し恥じた。

 カゲロウが問う。


「ところで、ユーゴや町の連中はどこに避難しておるのだ? 地図を見ても、このすぐ近くに町はないようだが」


「ああ、俺達が避難しているのは教会だよ。ここから歩いてもそう遠くない。地元の人しか利用しない小さな教会だし、地図には載ってなかったのかもね。有難いことに町の薬屋の人たちが避難を誘導してくれて、教会でもみんなの世話をしてくれてるんだぜ」


 薬屋、と聞いてカゲロウの耳がピンと立った。


「薬屋というのは……以前からイッセーにあるのか?」


「いや、ここ半年くらいの話だな。町の老舗の店って訳じゃないのに、今回はすごく頑張ってくれててさ。教会でも炊き出ししてくれたり、何かと世話を焼いてくれるんだ。皆すげー有難がってるぜ」


「その有難い薬屋というのは、エレガンス製薬という名前ではなかろうか」


 カゲロウの口元が少し引き攣る。


「おっ、大正解だ。こんな非常時だってのに、食料だなんだってちゃぁんと用意してあってさ、おまけにボロボロだった教会も人知れず補修してくれてたらしいんだよ。おれ、エレガンス製薬があんなにすごい店だって知らなかったなぁ」


 ユーゴはうっとりとした表情で言った。完全にエレガンス製薬に心を掴まれているらしい。

 俺はすかさずカゲロウに耳打ちをした。


「ちょっと、エレガンス製薬って、まさか」


「うむ、ヒロが考えている通りだろう。ユーゴの話が正しければ、非常時にも関わらず町の人を避難させる余裕があり、食料も用意しており、避難場所の補修を事前にしておるということだからな。町中にトレントを発生させるというのも、あいつらならやりかねん。なんせ身体強化ポーションでキメラ獣人を作り出すような連中だ。また変な薬でモンスターを発生させたのかもしれん」


「でも、なんの理由があってトレントを発生させたんだ? おまけに町の人たちはキッチリ避難させたみたいだし……マジで目的が分かんないんだけど」


「それはこれから探ればいいだろう。おい、ユーゴよ」


 カゲロウがニヤリと笑う。


「我々はイッセーで泊まる予定だったのだが、町はあの状態だろう? おまけに携帯食料も尽きてしまった。いま非常に困っておるのだ」


「食料ならマジックバッグに」と言いかけたところで、カゲロウが俺の口をむぐっと押さえた。


「なので、ユーゴ達が避難しているという教会に案内して欲しいのだが」


「ああ、構わないぜ。あ、でも……」


 ユーゴは少し口ごもったあと、カゲロウの耳の辺りに目をやり、言葉を選びながら言った。


「なんていうか、町の人や観光客は、アンタみたいな獣人を見慣れてない人も多いと思うんだ。みんなただでさえパニック状態だから、そこに獣人が現れたとなると、余計に混乱するんじゃないかと思って。だから申し訳ないんだけど」


 ここでも獣人差別はあるらしい。俺が「もう野宿でいいじゃないか」と言おうとすると、カゲロウはおもむろにスキルを解除して非獣人の姿、つまり普通の人間に姿を変えた。


「これで構わんか」


 そう言ったカゲロには、もう獣人の面影はない。少し背の高い、青髪の美青年だ。


「えっ、じゅ、獣人って人間にもなれるのか!?」


 獣人の生態を知らないらしいユーゴは目を白黒させ、腰を抜かしそうな勢いで言った。


「馬鹿者、吾輩は元々人間だ! お前らとは人種が違うだけだ。さ、これで問題ないだろう。さっさと案内してくれ」


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