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59 イッセーの町の異変

 ザカリオの街の出入り口まで来ると、そこにはハオランが待ち構えていた。


「あれ、ハオランさん、どうしてここに?」


「見送りに来たに決まってるじゃないですカ。もう出発するんデショ」


 この胡散臭い糸目の男ともここでお別れだ。


 本当は彼も俺たちと一緒に来てくれればと思う。俺とクロジと共に、日本へ帰るための手がかりを一緒に探してくれたのなら、どんなに心強いだろう。


 でも彼は元の世界とは決別するのだという。この世界が住みよいのだと。

 ならば、せめてこの世界での彼の幸せを祈らせてほしい。

 

 ハオランが微笑みながら首を傾げる。


「次はどこへ行くんですカ」


「エレガンス製薬の本社があるという、エドランという街を目指します。カゲロウとリタの家族が行方不明なんですが、そこにエレガンス製薬が関わっていそうなんですよね。だから、エドラン方面に向かいながら仲間の家族を探して、ついでに日本に帰る手がかりも探します」


「ナルホド。エドラン方面なら、私が以前会った日本人が住んでいる町があるはずデス。そこに寄るといいヨ。確かイッセーという町で、日本人の好きな温泉があったはずデス」


「温泉だって!?」


 その懐かしい響きを聞くだけで、体の芯がポカポカと温まる気がする。


 こちらの世界の風呂と言えば、桶に溜めた生ぬるい湯を体にかけるだけだった。清潔さは保てるかもしれないが、はっきり言って疲れは取れない。

 もし温泉につかれるのであれば、是非そこの町に寄りたい。


「それから、これは私からのお餞別ネ」


 そう言ってハオランに手渡されたのは、四角く形が整えられた紫色の数個の魔石だった。ジュリアに渡されたものと同様に、何やら模様が書き込んである。


「これはどうやって使うんですか」


「この魔石は全部で四つあるんですケド、それを組み合わせることで結界を発生させることができる代物なんデス。私オリジナルで、今後販売予定の試供品というところデス。同じ世界出身のよしみで、これを差し上げマス。ま、野宿のときのテント替わりになるでショウ」


「ほぉ、ちなみに強度はどんなものだ」


 横からカゲロウがずいと顔を出した。この魔石に興味津々のようで、耳がせわしなくピクピクと動いている。


「多少の雨風ならしのげマス。低級のモンスターなら入ってこれないでショウ。あ、ソワルセルパンレベルのモンスターなら一撃で破壊されるネ」


 俺とカゲロウは黙って目を見合わせた。どうか、これを使用している時に、強いモンスターに襲われませんように。


 うっすら不安の残る餞別を有難く頂き、俺達一行はハオランとザカリオに別れを告げる。

 もう二度と、この街に戻ってくることはないかもしれない。ハオランと会うのも、これが最後になるかもしれない。


 でも、そもそもこの世界に来なければ、ハオランと出会うこともなかっただろう。

 別れを悲しむのではなく、出会えたことを喜ぶ旅でありたい。


 俺は決意を新たに、ザカリオを後にする。何度も何度も後ろを振り返った。大きく手を振るハオランが、少しずつ小さくなっていく。


 これからまず俺達が目指すのは、日本人がいるというイッセーの町だ。


 ハオランいわく、この世界では珍しく温泉がある町だという。そもそも、俺達が今いるこの大陸では大浴場という概念がないらしい。けれど観光客や一部のマニアに人気が出て、町は観光業でそこそこ儲かっているという。


「はぁ、早く温泉に入りたいなぁ」


 延々と続く一本道を歩きながら、思わず大きめの独り言が漏れた。


 ザカリオを発って早くも数時間が経った。ここからイッセーまでは、歩いて1日もかからないらしく、夜には着けるだろうとカゲロウが言った。

 週に何本かザカリオとイッセーを繋ぐ馬車が出ているそうだが、生憎今日はその日ではないらしい。


 頑張って歩いてはいるが、体に疲れが蓄積されてきているのを嫌というほど感じる。


 マジックバッグをかけた肩は鈍く痛むし、足は重くてだるい。

 早く温泉に入りたい一心で黙々と歩く俺に対し、リタとカゲロウは全く疲れが見えない。二人とも、元々体力があるのだろう。


 ちなみに、クロジはリタに抱っこされながらスヤスヤと昼寝中だ。全く、猫は気楽でいいものだ。

 リタがポツリと言う。


「私、実は一度イッセーに行ったことがあるんですよね」


「え、そうなの!? どんな町だった!?」


「そうですねぇ、あまり大きい町ではありませんが、温泉もあるし、ゴハン屋さんが多いんですよ! 屋台も多くて、色んな種類の食べ物があって……ハッ、ヨダレが!」


「そうか、グルメも堪能できる訳だな」


 温泉に浸かり、ご当地グルメに舌鼓を打つ自分を想像する。うん、かなりいい感じじゃないか! 


「そういえば、イッセーには何の用事で行ったんだ?」


「家族旅行です! 私の両親は事故で既に亡くなっているんですが、当時はまだ元気だったんです。私が10歳の頃だったかなぁ」


「じゃぁ、楽しい思い出がいっぱい詰まった町なんだな!」


 俺がそう言うと、リタはニッコリ笑った。


「ええ! だからイッセーを再び訪れるのが、本当に楽しみで! 10歳の頃は胃袋がまだ未熟だったから、屋台を全制覇できなかったのが本当に心残りなんです。今回は屋台とゴハン屋さんを全制覇するのが私の目標なんです」


 懐かしい家族旅行の思い出に浸るのかと思いきや、リタの目には闘志が灯っている。何にせよ、楽しいだけじゃないこの旅の中で、前向きな楽しみを見つけられるのはいいことだ。

 

 それから俺とリタは、イッセーに着いたら食べたい食べ物の話でひたすら盛り上がった。楽しい話に熱中していると、体の痛みや疲れのこともしばらく忘れられた。

 

 カゲロウは俺達の会話にはあまり入ってこないが、耳がピクピクと動いているので、聞いてはいるらしい。


 ひらすら歩いて日が暮れかかったころ、道の脇に木製の立て看板があることに気が付いた。イッセーの町まではもうすぐだと書いてあるようだ。


「うむ、ようやくイッセーの町に着くようだな。やれやれ、道中でロクなものを食べれなかったから、疲れが倍増している気がするぞ」


 カゲロウがジロリと俺を見る。


「だって、スキルを使って串焼きを焼いたら時間がかかるじゃないか! 今日中にイッセーに着くためには道端で食材をじっくり焼いてる時間なんかないよ。それにマジックバッグに入ってる食材も、ダンジョンの中で倒した蛇しかないし……蛇とか食べたくないんだけど」


「あれはあれで美味いのだぞ。それに干し肉の類より温かい食事の方がいいに決まっている」


 カゲロウは俺が昼食に串焼きを焼かなかったことを随分根に持っているらしい。


 しかし、用意にも撤収にも時間がかかる以上、俺だっていつでもどこでも料理を振舞える訳ではないのだ。それは分かって欲しい。


「まぁ、温かい食事はイッセーで食べたらいいじゃないですか! 屋台でもいいし、レストランでコースでもいいなぁ。町が近いからそろそろ食べ物の匂いが漂ってきてもいい頃ですが……なんか変じゃないですか?」


 リタが怪訝な顔をする。


「変って、何が?」


「ホラ、すぐそこに町が見えてきましたが、食べ物の匂いもしないし、もう夕暮れ時なのに明かりが一切灯っていません。普通、夕方になったらポツポツと明かりが灯りませんか?」


「確かに。それに妙にシンとしてないか……?」


 俺達はイッセーの町の入り口に足を踏み入れた。しかし、どこの店や家にも明かりがついておらず、そもそも人の気配すらない。


「町の人たちは一体どこに……って、うわ!」


 俺は何かに足を取られ、盛大に尻もちをついてしまった。


「いてぇ! なんだよコレ!」


 見ると、何やら根っこのようなものが、地面のいたるところから波打つように顔を覗かせている。

 それを見たリタが首を傾げながら言った。


「この木、なんか動いてませんか?」


 その言葉を聞くやいなやカゲロウの表情がサッと変わり、おもむろに剣を構えた。


「ヒロ、すぐに立ち上がれ! そして全員構えろ! 魔物かもしれん。全員注意を怠るな!」


「ま、魔物にゃって!?!?」


 寝ぼけたクロジがリタの腕から地面へと降り立つ。


「ここどこなのニャ!?」


 あわあわと周りを見回すクロジの横を、ヒュッと何かがかすめた。


「木の枝が伸びてきたんにゃけど!?」


「クソ、こんな町中にどうしてモンスターがいる!?」


 カゲロウが苛立ったように言う。俺はすかさずカゲロウに尋ねた。


「どこにモンスターがいるの!?」


「目の前におるだろう! 目の前にでたらめに生えまくっている木こそがモンスターなのだ!」


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