52 白い忍者
まさか異世界でニンニクに出会えるなんて!
「ああ、大きい声を出してごめん。ジュリアが見つけたっていうそれ、俺の故郷にもある植物で、めちゃくちゃ美味しいんだよ。そうか、こっちではダンジョンに生えるのか」
「ヒロさんの故郷にもありますのね? こちらでは入手の困難さから超高級食材として扱われているのです。これをうまく領地内で栽培すれば、かなりの収入になること間違いナシですわ!」
ジュリアはニンニク、もといガリクに愛しそうに頬ずりしながら、ハオランと共にメウ横丁へと戻っていった。俺達が戻ってくるまで、メウ横丁の復興の手伝いをするらしい。
「さて、吾輩たちは奥へ進むとするか。しかしまさか、イサイが逃げ込んでおるとはな……」
カゲロウはダンジョンの奥へと視線をやった。その瞳には、イサイへの怒りが滲んでいる。
無理もない。イサイはカゲロウの同胞の血でポーションを使って騒ぎを起こしたのだ。
そしてエレガンス製薬の一件はもうあのパーティ終わったものかと思っていたが、まだ続くというのか。
「でも、なんでダンジョンなんかに逃げ込んだんだろう。モンスターだらけで危ないのに」
「さあな。エレガンス製薬からは保護してもらえないと判断したのだろう。確かに、地上で逃げるよりは見つかりにくいとは思うが、そう何日もダンジョン内をさまよう訳にもいかぬだろう。一体何を考えているのやら」
俺達は3人と1匹でダンジョンの奥へとどんどん進んでいく。
蜘蛛のモンスターや、モグラのモンスターなどと遭遇したが、戦闘にはさほど苦労しなかった。
カゲロウが元から強いのはもちろんのこと、俺やリタも戦闘での立ち振る舞いにかなり慣れてきたようだ。モンスターからも危なげなく身をかわし、攻撃も適格に当たるようになってきた。
自身のレベルアップを自覚して、リタが嬉しそうに顔をほころばす。
「ヒロさんも私もクロジも、かなりサマになってきましたよね! これだったら冒険者のパーティに入ってもやっていけるかもしれません。ヒーラーとして一旗上げられる日も近いかも……むふふ……って、あれ?」
リタが目を凝らし、通路の奥の方を見ている。
「奥の方で、何か人影が動いたような……」
「まさか、イサイか!?」
確認も終わらないうちに、カゲロウが地面を蹴って走り出す。
「カゲロウ、待ってよ!!」
俺は必死で彼を追いかける。
通路の奥はほどなくして行き止まりだったため、俺は息が上がり切る前にカゲロウに追いつくことができた。
カゲロウが立ち止まった先は今まで通ってきたダンジョンの通路とは異なり、広い洞窟のような空間が広がっている。
天井は高く、奥には青く光る湖が広がっている。
壁には松明がないものの、壁が所々青白く発光していて、ほんのりと明るい。幻想的な雰囲気だ。
「さっきまで通ってきた道と全然違うね。なんだか妖精でも住んでいそうな雰囲気だ」
「妖精ではなく、薄汚い中年ならそこにいるがな」
カゲロウが吐き捨てるように言った。彼の視線の先には、服を着たまま湖にざぶざぶと入って行く男がいる。
「あッ、エレガンス製薬の……!!」
俺が声を上げると、男は憔悴しきった顔でこちらを振り返った。やはりイサイだ。
きちんとセットされていた髪はいまやバラバラの方向に流れ、まん丸として艶があった肌はすっかり張りをなくして老人のようになっている。
「イサイよ、探したぞ」
カゲロウが不適な笑みを浮かべると、イサイは歯をガチガチと鳴らしながらわめいた。
「お、お、お前ら、エレガンス製薬に雇われた追手か!?」
「違うよ。ホラ、俺とキッチンで会ったの覚えてない?」
俺が尋ねると、イサイは俺の顔をまじまじと見つめてからハッとした。何かに気づいたらしい。
「お、お前、あの時の、し、使用人か? ここで何をしている!? ここはダンジョンだぞ!? モンスターも出るんだぞ!?」
「ここで何をしているっていう言葉、そっくりそのままお返しするよ。俺は逃げるなって言ったのに、キメラ獣人を倒したらアンタはいないし、そのせいでカゲロウにしこたま怒られたんだからな!!!」
「お前の事情なんぞ知らん! あのパーティでの実演が失敗した以上、エレガンス製薬は私を消そうとするだろう。その前に、ここから逃げるのだ! この世界からな!!」
大きな声でわめくイサイの足元で、湖の水がザブンと揺れた。
この世界から逃げる、というのはどういうことだろう。
「アンタは何を言ってるんだ?」
俺が尋ねると、イサイは苛立ったように言った。
「ここに広がっているのは湖じゃない。海から流れ込んだ海水だ。そしてここには異世界に繋がると言われている、青く光る祠があるはずなのだ。それさえ見つかれば、私はこの世界から逃げることができるのだ! ええい、邪魔をするな!」
青い祠だって!?
その言葉を聞いた瞬間、俺の心臓がドクンと跳ねたのが分かった。俺がこの世界に来る前、バスから投げ出された先の海の中で見たものと同じじゃないのか?
俺は震える声を抑えながら尋ねた。
「お、お前は、その青く光る祠がここにあると信じているのか?」
それを聞いたイサイは顔を歪めた。
泣きそうにも見えるし、自虐的に笑っているようにも見える。
「そんなお伽噺を信じてるのがバカバカしいって言うんだろ? そんなこと私だって分かっている! しかしエレガンス製薬から逃れるには、もうそんなお伽噺に縋るしかないのだ。私はまだ死にたくない。死にたくないのだ……」
イサイは「死にたくない」と繰り返し口にしながら、さらに水の深いところへと歩いて行った。もう胸のあたりまで水につかっている。
このまま放っておいたら、青く光る祠が見つかる前に彼は溺死してしまう気がする。もう半分ほど正気を失っているようだ。
とりあえず彼を水から引き揚げねばと思ったその時、俺達の背後から聞き覚えのない声がした。
「イサイはん、滑稽やな」
その声に反応して、俺たちはバッと後ろを振り返った。しかし誰もいない。
「今、誰かの声がしましたよね?」
リタが周囲を見回しながら言う。
「あ、あそこニャ!」
クロジが前足で指した先には、一体どうやっているのか、湖の上をスタスタと歩く人物がいる。
その人物は全身白の服に身を包み、髪も口元も白い布で覆われている。真っ白な忍者、と言われればしっくくるかもしれない。
その人物を目にしたイサイの目が、これでもかと見開かれた。震える口元からは、声にならない声が漏れている。
「あ、あ、あ……お前、どうしてここが……」
イサイは顔に絶望を浮かべて、水の中で立ち尽くしている。
「ずっと監視してたで。パーティの失態から、ずっとや。逃げ切れるとでも思ったんか? お前は責任を取るっちゅうことを知らんのか」
その人物はそのまま水の上をスタスタと歩くと、イサイの真横にしゃがみこんだ。
「あの人、水の上にしゃがんでますよ!?」
リタはその様子を見て目を白黒させている。
すると、白い忍者のような人物はこちらに視線を向けた。髪と顔を覆う布からのぞく切れ長の目が、俺を捉える。
「アンタら、パーティではあの獣人もどき相手に、よお戦ってたな。全部見てたで」
白い忍者が不敵に笑う。というか、この世界に忍者なんているのか?
「そない怪訝な顔せんでいいやん。何、この服が気になるん? それともウチが何者か気になるん?」
忍者が首を傾げた。身長は俺と同じくらいで、男にも女にも見える。
突然現れたコイツは何者なんだ? どうしてパーティでの俺達を知っているのか。
それに、イサイの狼狽具合から見て、コイツはどうも危険人物っぽい。
胸の中の緊張感が一気に高まり、口の中がカラカラに乾いてくる。
俺は声を絞り出すようにして言った。
「アンタは何者なんだ。イサイとどういう関係なんだよ」
「ウチはエレガンス製薬のモンや。ここに来た理由はふたつ。ひとつめはイサイに責任を追及すること。もうひとつは、ヒロ、アンタや」
白い忍者に突然名指しされ、思わずビクッとする。
「お、俺!? なんで俺!?」
「なんでって、そら決まってるやろ。お前が日本人やからや」




