50 2度目ましてのメウ横丁
パーティの翌日、早速ダンジョンに潜るつもりにしていたが、朝起きてみるとあまりの体の痛みに悲鳴をあげそうになった。これではダンジョンどころか、ピクニックだって行けるか怪しい。
皆に頭を下げ、ダンジョンに潜るのはそのさらに翌日に延期してもらった。
パーティから二日後の朝。
「ヒロさん、体の調子はどうですか?」
そういって俺の顔を覗き込むリタは、もうすっかり元気そうだ。
「おかげ様でだいぶ元気になったよ、ホラ」
俺はそういって両手を挙げて力こぶを作ってみせる。けれど、本当はまだ体のあちこちが痛い。動けないほどではないが、全快という訳でもない。
キメラ獣人との戦闘は、自分が感じていたよりずっとハードだったようだ。もしくは、ここ数日の疲れが一気に出たせいで回復が遅れているのかもしれない。
「では、皆さん揃ったところで、メウの階段に出発ですわね!」
ジュリアが元気よく言った。
当初は安宿に泊まることに対して抵抗感を持っていた彼女も、いざ泊まってみると見慣れない庶民の暮らしに興味津々といった感じで、意外と楽しめたようだ。
「そういえば、パーティ会場をめちゃくちゃにした、あのキメラ獣人はどうなったんですか」
「軍の警察部が到着するまで、一旦冒険者ギルドで身柄を拘束していると聞きましたわ。ポーションの効果もとっくに切れていますし、今となってはただの人間ですもの。特に暴れたりもしていないと聞いています。あの男は遠い国からの難民だそうで、身元を引き受ける人間もいないそうです。ところで……」
ジュリアは俺の様子を伺うように、注意深く言った。
「わたくし、ヒロさんはその黒髪から移民、もしくは難民なのかなと思っていたのです。けれど、皆さんの話を聞いていると、どうも違うようですね? ヒロさんは一体どこからいらっしゃったのですか?」
「日本、という国なのですが……」
果たして、「違う世界から来たみたいです」などと言って信じてもらえるだろうか? 俺だったら、目の前の人間がそんなことを言い出したら妄想を疑う。
どこまで話すべきか。けれど、ジュリアならきっと真摯に受け止めてくれるはずだ。
「信じてもらえるかは分かりませんが、どうやら違う世界からここに来たようなんです」
「あらそうなんですね。そのお話、信じますわ。だって、獣人の始祖伝説と一緒ではありませんか」
ジュリアは俺が異世界から来た、という事実を驚くほどあっさりと受け入れた。こっちが拍子抜けしてしまうほどだ。
「ジュリアさんは獣人の始祖伝説をご存じなんですか?」
「ええ、パーティの帰りにカゲロウさんがそんなことをおっしゃっていたので、わたくし昨日図書館に行って文献をいくつか漁りましたの。獣人に関する本の中に、確かにそういう一節がありましたわ。にわかには信じられませんでしたが、ヒロさんのスキルはこちらの世界で見たことがありません。世界をまたいだ人特有の能力、と言われれば非常にしっくりきます。それに」
ジュリアは俺の手をぐいっと引き寄せると、目をキラキラと輝かせながら言った。
「異世界からやってきたって、なんてロマンチックなんでしょうか! 違う景色、違う文化、違うスキル、そして黒髪! どれを取ってもミステリアスで心が躍りますわぁ。ささ、ダンジョンに潜っている間、ヒロさんの世界のことについて色々と教えてくださいまし」
ジュリアのテンションが最高潮に差し掛かったころ、カゲロウがチクリと言った。
「ダンジョンで無駄なお喋りなどしている暇はないぞ! 今日は前回よりも奥まで行くのだから、また違ったモンスターにも出くわすであろうし」
「それくらい承知してますわ! カゲロウさんったら本当にお説教じみてますわ」
「なっ……!?」
ジュリアに説教じみている、と言われたカゲロウは口元をひきつらせている。その様子がおかしくて、俺は思わず噴き出した。
確かにカゲロウはいつもちょっと偉そうだし、説教じみている。
しかし、それも仕方ないかなと思うくらい彼の戦闘スキルや頼もしさは圧倒的なのだ。だから俺の口からはカゲロウを非難することはできないが、ジュリアがそうやって非難しているのを横から眺めるのは非常に楽しい。
プルプル震えながら笑うのをこらえているうちに、俺達一行はメウの階段の入り口に辿り着いた。
「またダンジョンか……」
俺が思わずため息をもらすと、クロジに前足パンチをお見舞いされた。肉球が俺の頭にクリーンヒットする。
「嫌そうにするんじゃないニャ。俺様とヒロが日本に帰る手がかりを掴めるかもしれないのニャ」
「それはそうなんだけど」
巨大なダンジョンの入り口は薄暗く、不気味なほどに大きく感じる。まるでダンジョン自体が意思を持って、俺達を飲み込もうとしているようだ。
「行かなくちゃいけないのは分かる。だけど、やっぱり怖いんだよ。またモンスターに襲われたらと思うと……」
不安で胃の辺りがきゅっと縮まる。それを知ってか知らずか、カゲロウが言う。
「吾輩から見たら、ソワルセルパンとの戦闘以降、ヒロの戦闘スキルはかなり上昇しておるぞ。商業スキルでここまで戦える奴はそういまい。ダンジョン内でモンスターに出くわしても、案外苦労しないのではないか」
「そうだといいけど」
「む、吾輩の言葉を信用しておらんな。まぁ実際戦闘になれば分かるであろう。さぁ行くぞ」
「うわ、ちょっと待って! 首ねっこ掴まないで!!」
カゲロウは俺の首元を掴むと、強引にダンジョンの中に入っていった。
相変わらず、メウの階段は長い。開けたところまでたどり着くと、地上の光がすっかり見えなくなってしまった。
2回目とはいえ、日の光が届かないダンジョンに潜るのはやっぱり怖い。
薄暗いダンジョン内をしばらく歩いていると、急にカゲロウが小声で「止まれ」と合図した。止まり切れなかった俺はカゲロウの背中にボフッとぶつかる。
「急になんだよ」
「……くるぞ! モンスターだ!」
カゲロウが言い終わらないうちに、天井からボトボトと何匹もの蛇が降ってきた。
「ぎええええ! 蛇! また蛇かよ!」
「気をつけろ! ソワルセルパンよりはずっと弱いが、毒がある! 毒を浴びないように注意しながら各自討伐しろ!」
天井から降ってきた10匹ほどの蛇に加え、いつの間にか足元にも複数の蛇がぐねぐねと這っている。
俺は特に蛇嫌いという訳でもないが、こんなにも大量の蛇に取り囲まれると、さすがに鳥肌が立つ。
「ひいい! こっちに来るな! 【串うち!】」
狙いをしっかり定める訳でもなく、半ばパニック状態で串を乱れ打ちした。しかし意外にも俺の放った串は蛇のモンスター達にしっかり刺さり、モンスター達はやがて動かなくなった。
カゲロウも俺より多くの蛇をぶった切ったようで、その足元には真っ二つにされた蛇の死骸がいくつも転がっていた。
「ほらな、吾輩が言った通り、戦闘で苦労しなかっただろう。ヒロの戦闘スキルも上がっておるのだ」
「はぁ……でも、たまたまかもしれないじゃん」
「もうちょっと自分を信じたらどうだ」
カゲロウは呆れたように言った。
「ああ、それと、その蛇は焼いて食うと美味いのだ。何匹か持って帰ろう」
「ええ! 嫌だよ、気持ち悪い」
俺が速攻で断ったにも関わらず、カゲロウは俺に布でできた大きめの袋をポイと投げて押し付けてきた。
「その袋に蛇を入れて、ヒロのマジックバッグに入れておいてくれ」
そう言うとカゲロウはスタスタと先を歩いていく。俺はブツブツと文句を垂れながら、蛇を袋に入れ、マジックバッグにしまう。
だいたい、この蛇は毒があるんじゃないのかよ……。
そこからまたしばらく歩くと、大きく開けた場所に出た。
瓦礫が散乱しているものの、そこには人の営みがあった気配が残っている。
「この場所はもしかして……メウ横丁があった場所か!?」
「そうデス! みなさんお揃いじゃないデスカ!」
メウ横丁の跡地に到着すると、聞き覚えのある訛った喋り声が聞こえてきた。
この喋り方はもしや……
「ハオラン!?」




