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49 再度ダンジョンへ

 俺達はパーティ会場を後にし、宿屋に戻ることにした。


 パーティ会場となった洋館の内部は荒れ放題だ。


 けれど一歩外に出ると、不安気な招待客たちが立ち尽くしている以外、辺りの景色はここに来た時と何も変わらなかった。噴水から穏やかに溢れる水を眺めていると、先ほどまでの騒動が嘘のように感じられる。


 ジュリアが手配してくれた馬車に全員で乗り込み、街の中心部へと戻る。

 カゲロウとクロジも乗っているせいで、馬車の中は行きよりずっと狭い。できるだけ小さくなって椅子に腰かけていると、ジュリアが口を開いた。


「それにしても、皆さんをこんな騒動に巻き込んでしまって、申し訳なかったですわ。まさかエレガンス製薬があんな危険なポーションを開発していたなんて」


「ジュリアさん、謝らないで。さっきも言いましたけど、新たな情報だって得られたんです。予期せぬ戦闘はありましたけど、幸いなことに誰も大けがしなかったし。パーティに潜入した上ではメリットの方が大きかったと思いますよ」


 それを聞いたジュリアがフッと表情を緩める。


「ヒロさんがそう言ってくださると、私も心が軽くなりますわ。皆さんは、明日以降エドランに向かってすぐ出発されるのですか?」


 俺たちは思わず目配せをした。明日以降どうするのかについてはまだ何も相談できていない。


 それ以前に、俺は一体どこまでリタやカゲロウと行動を共にすればいいのだろうか。


 異世界に来て早数日が経った。


 黒髪が珍しいこの世界で、俺と同じ黒髪の人がザカリオにいた、という情報だけを頼りにここまで来た。日本人に会えるかもしれないと思ったからだ。


 しかし、今のところ同郷の人物には出会えていないし、日本に帰るための有力な情報にも辿り着けていない。


 大して知り合いもいないこの世界で、カゲロウやリタと行動を共にすることは心強い。けれど、彼らと一緒にいると、どうも戦闘に巻き込まれてしまう。


 別に俺はモンスター達と戦いたい訳でもないし、冒険者になりたい訳でもない。ただ日本に帰りたいだけなのだ。


 俺はここから一体どうすればいいのだろうか。

 色々な想いが頭を駆け巡る。少しの沈黙ののち、カゲロウが口を開いた。


「明日以降だが、すぐにはエドランに向かわないつもりだ」


「え、なんで!?」


 カゲロウは弟の行方を追っているのだから、すぐにでもここを発つのだと勝手に思っていた。


「吾輩とリタは家族の行方を探すため、いずれエレガンス製薬の社長のいるエドランに向かわねばならん。しかし、ヒロは事情が違う。ここまで我々に付き合ってくれたのだから、ヒロが故郷に帰るための手伝いもせねばならんだろう」


「カゲロウ……! 俺のこと、そうやって考えてくれていたなんて!」


 カゲロウにはいつも怒られてばかりなので、思わぬ優しさに胸がジーンとする。


「でも、日本に帰るために自分が何をすればいいのか、全く分からないんだ」


「それなら、吾輩に少し考えがある。確実に日本に戻れるという訳ではないが、何か手がかりは掴めるかもしれん」


 手がかり、と聞いて胸がドクンと高鳴る。日本に帰れるかもしれない。その期待だけで、体の痛みが和らぐ気さえする。


「その、手がかりっていうのは……」


「うむ、もう一度メウの階段のダンジョンに潜るのだ」


「はぁ!? もう一回ダンジョンに行くだって!?」


 大蛇に殺されそうになった思い出がよみがえる。できればもうダンジョンには関わりたくないのだが。


 俺のそんな気持ちにはお構いなしに、カゲロウが続ける。


「そうだ。前回はソワルセルパンの騒動で有耶無耶になってしまったが、本来あそこの奥には光る祠があるという話があるのだ。かつて吾輩の故郷にも光る祠があって、獣人の祖先が日本からそこを通って転移してきたと言われている。ヒロもこちらに来る際に海の中で光る祠を見たと言っていただろう」


「俺様も光る祠を見たのニャ!」


 クロジの返事に続き、俺も大きく頷いた。


「メウの階段の最奥部は一部が海に通じており、そこに光る祠があると言われている。今はどうなっているか分からんが、行ってみる価値はあるだろう」


 カゲロウの言葉を頭の中で反芻する。


 ダンジョンの最奥部に行っても、確実に日本に帰れる訳ではない。

 むしろ、またモンスターとの死闘を繰り広げなければならないだろうし、そこで手がかりを掴めなければ骨折り損になってしまう。

 

 けれど、今はその僅かな手掛かりにすがるしかない。それは自分が一番よく分かっている。

「ダンジョンこわい」などと言っている場合ではないのだ。

 ジュリアが少し前のめりになって言う。


「ということは、皆さんは明日またダンジョンに潜る、ということですわね!? そういうことなら、是非ご一緒させて頂きたいですわ!」


 カゲロウが眉を半分吊り上げ、嫌そうに答える。


「また死にかけたいのか? ダンジョンは貴族のお嬢様とお付きの爺さんがピクニックに行くところじゃないのだぞ」


「それは重々承知しておりますわ。でも、わたくし達だって手ぶらで領地に戻る訳にはいきませんの! パーティは無茶苦茶、商談もまとまらず終いです。こうなったら、何が何でもダンジョン産の植物を持って帰って領地で人工栽培し、特産品として売る他ありませんわ!! 貧乏貴族は貧乏貴族なりに、領地を盛り上げていかねばならないのです!!!!」


 いつものおしとやかなジュリアはどこへやら、カゲロウにも一歩も引かない強気な姿勢で言い切った。

 その様子に気圧されたのか、カゲロウがしぶしぶ答える。


「そ、それなら仕方あるまい。しかしそれなら護衛代を支払ってもらわねば割に合わん」


「ご、護衛代……」


「当たり前だ。自分で自分の身を守れんお前らはお荷物でしかないからな。護衛代を支払うならば連れて行ってやらんこともない」


 ジュリアは気まずそうな顔で爺やを見た。爺やは小さくため息をついて言う。


「ジュリア様、カゲロウ様のおっしゃる通り、護衛代を支払うしかありません」


「けれど爺や、余裕資金などないではないですか!」


「いまのホテルから、安宿に宿泊先を変更すれば可能です。この爺や、冒険者だった頃はそういった宿屋にも幾度となく泊まりましたからな。任せてくだされ」


 ジュリアも背に腹は代えられないのだろう。しょんぼりと肩を落としながら、爺やの提案にうなずいた。


「私達の泊っているお宿、なかなかいいですよ! お風呂はないけど、ベッドも固いけど、部屋も狭いし、朝ごはんのパンも固いけど……安いし……」


 リタが必死に慰めようとするが、リタが喋れば喋るほどジュリアはしょんぼりとしてしまう。貴族のお嬢様には、一般人向けの安宿は苦痛だろう。


 ふと馬車の窓から外を眺めると、もう街中に戻ってきたようだ。夜のザカリオを、街灯がキラキラと照らしていた。


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