48 カゲロウからのお叱り
「エレガンス製薬の社長自らが、あの身体強化ポーションを作ったというのか?」
カゲロウは俺の顔を覗き込むようにして言った。
見慣れない非獣人の姿の、それも目鼻立ちがくっきりしてやたら整った顔で見つめられると、男の俺でもドキドキしてしまう。
もしカゲロウを日本に連れていけたのなら、モデルとして大人気になりそうだ。
俺は余計なことを考えないように、コホンと咳ばらいをしてから話を続けた。
「ああ、イサイはそう言ってた。それで、社長はエドランっていう街にいるってさ」
「エドラン。なるほど、なかなか遠い街だが、同じ大陸だし行けない距離ではないな。イサイ本人からもっと詳しい話を聞きたいところだが、生憎あいつは逃げてしまったのだな?」
「そうなんだよ。ちゃんと、そこにいろよって言ったのに」
「ヒロ……まさかとは思うが」
カゲロウの口元がヒクヒクと痙攣している。
「イサイに「逃げるな」とだけ言って、あいつを拘束もせずにキッチンに置き去りにしたのではなかろうな」
「そうだけど」
「馬鹿者―!!!!!」
耳をつんざくような大声でカゲロウが怒鳴る。周囲の人たちの肩がビクッと揺れた。
「後ろめたいことをしたやつが、大人しくそこで捕まるのを待っている訳がなかろう! 少し考えたら分かるではないか! なぜお前はそう浅はかなのだ!?!?」
「だって、あの時は早くジュースの樽を持ってキメラ獣人のところに戻らないといけないって思ってたし……その……あの……」
「イサイを拘束しておれば、もっと情報を引き出せただろうに。結局、身体強化ポーションを作ったとされる社長がエドランにいる、ということしか分からんではないか。リタの兄についても、吾輩の弟の行方も分からんままだ!」
「身体強化ポーションの材料に獣人の血が使われてるってことも分かったのニャ。まぁカゲロウが怒る気持ちも分かるけど、人間にそこまで期待するのも良くないニャ。人間は愚かな生き物にゃんだから」
クロジは前足でポンポンとカゲロウの膝を叩いた。カゲロウはまだ苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「でも、まだ遠くまでは逃げてないはずだよ。みんなで手分けして探せば見つかるかも!」
俺は期待を込めて言ってみたが、カゲロウは静かに首を横に振った。
「イサイが逃走したのなら、きっとエレガンス製薬かゲルセミウムが匿っているだろう。そんなに簡単には見つかるまい。それに、身体強化ポーションの実演のせいでパーティはめちゃくちゃ、怪我人も多数出ている。おまけに身体強化ポーションの材料についてイサイがヒロに喋ってしまっている。この状況なら、奴はそのうちエレガンス製薬に消されるだろう」
「消されるって……」
「殺されるか、よくて人目のつかない僻地に監禁といったところだろう。まぁ吾輩が社長なら事の顛末を全て話させた上で息の根を止めるがな。だから拘束しておけば良かったのだ。まぁ、軍の警察部に捕まるのと、組織に消されるのと、どちらがマシかは分からんが」
「そんな。俺のせいで……」
「ヒロさんのせいじゃありませんよ」
リタが俺の背中をポンポンと優しく叩いた。
「身体強化ポーションを作ったのも、それを使って今回のパーティをめちゃくちゃにしたのもエレガンス製薬です。あのイサイって人が責任を取らされたとしても、自業自得です。それに、すべてのカギを握るエレガンス製薬の社長がエドランにいるって分かったじゃないですか! 次に目指すべき場所がハッキリしただけでも上等です」
リタの言葉に心が少し軽くなる。進むべき場所が分かっただけでも上等だと思うことにしよう。
「ところで、そのエドランっていう街は、ここからどれくらい離れてるのニャ?」
「歩き通しで1か月というところだな」
カゲロウため息交じりに答えると、クロジは「にゃんだってー!」と目を丸くした。
「そんなに離れてるのニャ? でも馬車に乗ればもっと早く着くんじゃにゃいのか?」
クロジが尋ねると、カゲロウとジュリアが目を合わせた。ジュリアが言う。
「実は、ザカリオとエドランを結ぶ道の途中に大きな橋があるのですが、先日大型モンスターが大暴れしたそうで、その橋が壊されてしまったのです。その橋があるエリアを迂回するとなると、馬車が通るメイン街道から大きく外れます。通常は馬車を乗り継いで数日、といったところですが、いまエドランまで行くとなると徒歩で一か月かかるんです」
「時期が悪かった、ということですか。橋の修理にはどのくらいかかるんですか?」
「二か月ほどかかると言われています。でも、迂回ルートにある街にも、いくつかエレガンス製薬の支店があったと記憶しています。エドランまで移動しながら、さらに情報を集めてもいいかもしれませんね」
「とりあえず、次に進むべき方向は決まったのだ。我々は宿屋に戻るとしよう」
そう言ってカゲロウが立ち上がったのを合図に、皆もパラパラと立ち上がった。
その場に立ち上がってふと我に返ると、体のあちこちが痛い。さきほどキメラ獣人と戦った際に、何か所か怪我をしたようだ。
普段ならリタにヒールをかけてもらうところだが、相変わらずリタはグッタリしている。「いてて」と声を漏らすと、ジュリアがおずおずと小瓶を渡してきた。
「先ほどの騒動で怪我をされたのですね。私の手持ちの回復ポーションで良ければ使ってください。……と言ってもエレガンス製薬のポーションなので、気持ち的にはあまり使いたくないかもしれませんが。でも効果は確かですよ」
手渡された小瓶は透明な入れ物に水色の液体が入っている。エレガンス製薬のポーションで獣人化した人を見たばかりなので、種類は違うとはいえ同じ会社が作ったものを口にするのは憚られる。
飲むべきか、飲まざるべきか。
ポーションの小瓶を眺めながら俺がウンウン唸っていると、横からカゲロウ手がにゅっと伸び、俺の手から小瓶を奪っていった。
「お前が飲まないのなら吾輩が飲む。吾輩も体のあちこちが痛むのでな」
カゲロウはそう言って小瓶の蓋を開けると、一口でポーションを飲みきった。
するとカゲロウの体の傷からシュワシュワと小さく煙が立ち上り、あっという間に傷が塞がっていった。
「へぇ! ポーションと飲むと傷はこうなるのか。ううん、でもエレガンス製薬ってやっぱり怪しいよな。そこの薬を飲むのはちょっと……」
「エレガンス製薬はかなり怪しいが、回復ポーションの品質は悪くないと思うぞ。まぁ無理に飲めとは言わん」
「回復ポーションは何本かありますから、良かったらヒロさんもどうぞ」
ジュリアはそう言うと、もう一本ポーションを取り出して俺に持たせてくれた。
しかし、やっぱり飲む気になれない。
俺はポーションの小瓶をポケットにしまうと、しばらく体の痛みと付き合う覚悟を決めた。




