46 リタの奮闘
「遅いではないか!!!!」
パーティ会場に戻るなり、カゲロウの怒声が降ってきた。
「どうしてここまで時間がかかるのだ!? よく聞け、ヒロがちんたらしているせいで、吾輩はあのキメラ獣人に2回は吹っ飛ばされたぞ! おまけにこの鉄の棒きれは真っ二つになって、もう使い物にならん!」
カゲロウの手には、短くなった鉄の棒が2本握られている。
「ごめんって、キッチンにイサイがいたから色々問い詰めてたんだ。おかげでいい情報が手に入ったよ。さぁ、キメラ獣人を倒すとするか!」
「ヒロさん、ジュースの樽は手に入ったんですね?」
「ああ、この通り」
俺は樽を頭上に掲げた。
「でも、あいつは動きがすばしっこいのニャ。樽の中身がうまく当たる保証がにゃい。樽は何個もにゃいから、一発で当てるんニャ」
「一発かァ……」
俺の運動神経は中の中だ。動き回るキメラ獣人に、一発で樽の中身を浴びせられるほどコントロールがいい訳ではない。
「いいか、ヒロ。ここは連携プレーなのニャ。まず俺様が威嚇スキルであの獣人の動きを一瞬止めるから、その隙に樽の中身をあいつにお見舞いするのニャ」
「お見舞いって簡単に言うけど、うまく当てられる自信ないよ!」
「なんて情けない人間なのニャ!」
クロジが憐れむような目で俺を見る。
すると横からカゲロウの手が伸びて、俺から樽を取り上げた。
「樽の中身をお見舞いする役目は、吾輩が引き受けよう。高速移動を使ってすばやくキメラ獣人に近づき、動きが止まったタイミングで樽のまま奴を殴る。殴った衝撃で樽は壊れるだろうから、それで奴はジュースまみれという訳だ」
「ジュースまみれになったキメラ獣人を俺が凍らせて、それからリタが解毒するっていう流れだな?」
全員が頷く。
全員で連携して戦うのはこれが初めてだ。果たして上手くいくだろうか。
俺の不安が伝わったのか、リタが俺の背中をポンポンと叩いた。
「大丈夫です、きっと上手くいきます。あのキメラ獣人を元の人間に戻してあげましょう。私達なら、きっとできます!」
リタがそう言うと、不思議と上手くいく気がしてくる。不安でいっぱいだった胸の中に、温かな明かりが灯るようだ。
俺達全員の視線がキメラ獣人に注がれる。奴はそれに気づいたのか、唸るのをやめ、こちらをじっと見ている。
こちらの出方を伺っているのか、それとも次の攻撃対象を選んでいるのか。
「おい、俺様はこっちなのニャ!」
クロジが先陣を切って飛び出した。
クロジはキメラ獣人まであと2メートルというところまで一気に走って近づくと、小さな牙を剥き出しにし、威嚇スキルを発動した。
「シャァァァァァ!!!!」
クロジとキメラ獣人の間の空気がビリビリと揺れ、キメラ獣人の動きがピタリと止まる。
その瞬間、カゲロウが地面を蹴り、次の瞬間にはキメラ獣人のすぐ後ろにピタリとつけた。
「これでもくらえ!」
カゲロウはキメラ獣人の頭に向かって樽を一気に振り下ろした。バキバキ! という音と共に樽が割れ、中身のジュースが滝のように獣人へと降り注ぐ。
甘い匂いが辺りに広がり、赤紫の液体が獣人の毛を覆いつくした
「今だヒロ!」
「任せとけ! 【冷凍保存】!」
俺がスキルを唱えると、パキパキという音とともに白い冷気が獣人を包み込む。
よし、あとはこのままキメラ獣人を凍らせるだけ……と思った瞬間、キメラ獣人は大きく腕を振り回し、背後にいたカゲロウを突き飛ばした。
「カゲロウ!」
獣人に突き飛ばされたカゲロウは数メートル先の壁に激突したかと思うと、気を失ったのかそのまま動かなくなってしまった。
「ギャオウウウウウ!!!」
キメラ獣人の雄たけびが響き渡る。
「くそ、冷凍しきる前に動きだしちまった!」
俺達初めての連携は——あっけなく失敗した。樽の中身ももうない。
もっと時間をかければキメラ獣人を凍らせることもできるかもしれないが、暴れ回るあのキメラ獣人がじっくり凍るのを待ってくれるわけがない。
頼みの綱のカゲロウも起き上がらない。全て俺のスキルがしょぼいせいだ。
俺は自分で自分を責めた。
どうすればいい?
どうすればよかった?
焦る気持ちで胸が潰されそうだ。
俺はどうしたらいいんだ。どうすればこの状況を切り抜けられるんだ?
このままキメラ獣人に蹂躙されるしかないのか?
その時、張りつめた空気を断ち切るかのように、リタが声を上げた。
「ヒロさん、もう一回です!」
リタはそう叫ぶと、一目散にキメラ獣人に向かって走り出した。
「リタ、何をする気だ!?」
リタは獣人に近づくとジャンプし、その首もとに両手を回すと、獣人の背後から羽交い絞めするようにして自身の体をまとわりつかせた。
「ぐぬぬぬぬ、負けません! 私たちは絶対勝ちます! 【解毒】!」
リタが大きな声でスキルを唱えると、キメラ獣人の体がわずかに光った。
「ギャオオオオオン!!!」
キメラ獣人は叫びながら体をよじり、リタを振り落とそうとする。しかしリタはあの体のどこにそんなパワーがあるのか、解毒スキルを発動したまま必死に獣人にしがみついている。
「にゃおおおおおん!!」
それを見たクロジもキメラ獣人に近づき、足から肩まで一気にその体を駆けのぼると、渾身の力で獣人の顔を引っ搔いた。
「ギャア!!」
キメラ獣人が手で顔を覆った。その時、俺はふと違和感を感じた。
キメラ獣人の手が、先ほどより小さくなっていないか……?
「ヒロ! もう一回冷凍スキルを使うのニャ! リタの解毒スキルが少しずつ獣人化を解除しているのニャ! キメラ獣人も少しずつ力が弱くなっていくはずニャ! リタが振り落とされないように、ヒロもスキルで獣人を押さえつけるのニャ!」
「そういうことか! 確かに、体を覆う毛もさっきより薄くなってる。これならいける! くらえ、【冷凍保存】!」
俺がスキルを唱えると、白い冷気が再びキメラ獣人を包んだ。しかしさっきとは違い、確実に獣人の体が凍っていっている。
「獣人化が解除されていってることで、体の毛皮が退化してるのニャ。これならヒロのスキルも通用するのニャ。リタ、もう少し……あともう少し頑張るのニャ!」
「ふんぬぅ……」
リタは下唇を強く噛んで、ありったけの力でキメラ獣人にしがみついてる。
リタがスキルを発動し続けているおかげで、獣人の体を覆っていた毛皮はみるみる退化し、人間の皮膚があらわになってくる。
口元から伸びていた牙も消え、背中の翼や尻尾も消えた。
険しかった獣人の表情から、穏やかな人間のものへと完全に戻った。
「リタ、やったぞ! キメラ獣人から、元の人間に戻った!」
俺が声をかけると、リタはふっと手の力をゆるめ、その場に崩れ落ちるようにしてしゃがみ込んだ。
「リタ、大丈夫か!?」
俺が駆け寄ると、リタはぜいぜいと肩で息をしながら、弱々しく頷いた。
「だいじょうぶ……です……」
「リタのおかげだよ! リタの活躍で、キメラ獣人から人間に戻ったんだ!」




