45 エレガンス製薬のイサイ
「ここにありったけの飲み物を持ってきて欲しいんだ!」
「ありったけの飲み物だと? どういうことだ?」
カゲロウの顔に「理解できん」と書いてある。
「俺に考えがある! あの獣人をジュースまみれにするんだ。それか、あいつの体に食べ物をべっとりつけてもいい。とにかく体全体を食品で覆いつくすんだ。そうしたら、俺のスキルが反応するかもしれない! 俺のスキルでキメラ獣人の動きを抑え込んだところで、リタが解毒スキルでポーションの効果を相殺するんだ。なかなかいい案だろ?」
「なるほどです! では、ここにあるワインボトルをあの獣人に向かって投げつけたらいいワケですね?」
リタが投てきの体制に入ろうとしたので、慌てて止める。
「いや、ジュースはすぐ凍るが、酒は性質上なかなか凍らないからダメだ。冷凍のスキルで凍らせられないかも。ジュースか汁気の多い食べ物を投げてくれ」
「そんなこと言ったって、会場内の飲み物はほとんどお酒ですよ。汁気の多い食べ物も見当たりません!」
「そんなァ。じゃぁどこにジュースがあるんだよ」
「あるとすれば、キッチンです!」
一連の会話を聞いていたカゲロウが、「それならば」と言う。
「吾輩がこのキメラ獣人を抑え込んでいる間に、ヒロはキッチンに向かうのだ。ジュースの入った樽が、ひとつくらいはあるはずだ。吾輩の持っているこの鉄の棒きれも、あとどのくらい持つか分からん。急げ!」
「ジュースの樽だって!? そんな重いもの、俺一人で運べないよ!!」
「愚か者が!!!!」
今日一番のカゲロウの怒号が飛び、俺の鼓膜がビリビリと揺れた。
「自身のスキルを把握しておらん奴がおるか! ヒロはポイズンビーの幼虫を食べたあと、【仕入れ運搬】のスキルを獲得したと言っておっただろうが!!」
リタがハッとして言う。
「言われてみたらそうですね! 運搬系のスキルは、自分の体重くらいの重さなら軽々と持ち運べるはずです。それより重いものでも、運べなくはありません。キッチンからここまでだったら、樽の一つや二つ、運べるはずです!」
「ああ、そう言えばそんなスキルが」
「とっとと行かんか!!!!!!」
カゲロウの怒号に押し出されるようにして、俺はキッチンへと走る。
洋館の入り口と反対側にあるキッチンには、もう誰もいない。全員逃げたのだろう。
パーティ会場とは異なり、キッチンの天井は低い。おまけに壁はすすけて、床は油でギトギトとしている。
「うへぇ、汚い」
料理を運ぶ時には気が付かなかったが、華やかなパーティ会場とは異なり、キッチンはかなり古ぼけている。
まさか、ゴキブリとか出ないよな? ゴキブリならまだしも、害虫型のモンスターなんて出ないよね……?
人っ子ひとりいない空間がこんなにも寂しく、心細いものだったなんて。ビクビクしながら歩いていると、キッチンの奥にジュースの樽を見つけた。
「お、樽を発見っと。早く戻らないと、またカゲロウにどやされる。【仕入れ運搬】!」
スキルを唱えながら樽を抱えると、信じられないくらい軽く感じるではないか。これは相当便利だ。もしかして、これも身体強化の系統なのだろうか……などと考えていると、視界の隅で何かが動いた。
「誰だ!?」
しかし、キッチン内はしんとしている。まさか害虫型のモンスターか。心臓がドクドクと早鐘を打つ。
すると、視界の隅でもう一度何かが動いた。ここは先手必勝だ。
「くらえ、【串打ち】!」
俺の右手から数本の串が飛び出し、壁際に置いてあった肉の塊にブスブスと刺さった。
「ひいぃぃぃぃぃ!!!」
肉の影から、風船のような丸い男が転がり出てきた。男は両手で頭を包み、床で丸くなってガタガタと震えている。
「アンタは、エレガンス製薬の……イサイ!」
「お、お、お前は……誰だ? 使用人の一人だな? 身体強化ポーションを飲んで暴れている男はどうなったんだ!?」
俺を使用人の一人と認識したイサイは、急に威勢が良くなった。
「どうにもなってないよ! アンタが変なポーションを飲ませたせいで、あの男の人は獣人のキメラみたいになってるんだ。もう会場も客もメチャクチャだ! アンタもここにいるならキメラ獣人を制圧するのを手伝ってくれよ!」
「い、い、嫌だ! 私は死にたくない! 大体、あんなことになるなんて知らなかったんだ。今まで身体強化ポーションを飲んだ奴は、あそこまで自我を失わなかった! どうして今日に限ってあんなことになったのか私に分からないし、手の打ちようがない!」
「アンタ、強力な解毒ポーションとか持ってないの!?」
「持っていたらとっくに使っている! ああ、もう私はおしまいだ。パーティはめちゃくちゃ。身体強化ポーションの販売だって白紙に戻されるだろう。そうなれば私の責任追及は免れない。せっかくここまで出世したというのに……」
イサイはしくしくと泣きだした。大のおとな、それもいい歳のオッサンが泣いているのを見るのは、なんとも情けない気分になる。
しかし目の前の弱り切ったオッサンなら、何か情報を引き出せるかもしれない。
「なぁ、あの身体強化ポーションは獣人の血を使っているって本当か?」
「ど、どうして使用人ふぜいがそれを知ってるのだ?」
「じゃぁ本当なんだな? あのポーションを作ったのは誰だ? 知ってる情報を吐かないと、痛めつけるぞ! さっき、肉に串が刺さりまくってたのを見ただろう? お前も串刺しにされたいのか!?」
俺のスキルは人間には反応しないのだが、イサイはそんなことは知らない。それをいいことにちょっと脅してみると、彼はあっけないほどにぺらぺらと喋り出した。
「ううう、許して、許して下さい。ポーションを作っているのは社長だ。社長が一人で作ってるんだ」
「社長っていうのはエレガンス製薬の社長だな? じゃあ獣人を捕まえたのもその社長か?」
「誰が捕まえたかなんて知らない! 私はただ、出来上がった身体強化ポーションを貴族に紹介するように言われただけなんだ。本当にそれだけだ。だから許してくれ!」
「じゃぁ質問を変える。その社長というのはどこにいるんだ?」
社長の居場所を吐かせれば、誘拐されたというカゲロウの弟の居場所も分かるかもしれない。
確信に近づくはずだ。
「社長はエドランの街にいる。そこにエレガンス製薬の工場があるんだ。そこに行けば社長に会えるはずだ。もうこのくらいでいいだろう、許してくれ……」
イサイの顔は涙でぐちゃぐちゃになっている。
「最後の質問だ。お前達エレガンス製薬は、ゲルセミウムと関わりがあるな?」
「それは……」
イサイの目が泳ぐ。ゲルセミウムは明らかに反社会的勢力だ。ここまで追い詰められても、そこと繋がりがあるということだけは認めたくないのだろう。
「メウ横丁の倉庫のこと、知らないとは言わせないぞ! いいか、串刺しになりたくないのなら……」
「すみません、すみません! ゲルセミウムには、調達の難しい資材の仕入れを任せてるんだ。だが、それだけだ! エレガンス製薬はゲルセミウムの一味という訳ではない!」
イサイが本当のことを言っているのかは怪しいが、これ以上追及する時間もない。
今はこのジュースの樽を持って、早く皆の元へ戻らなくてはならない。イサイと喋っている間にもキメラ獣人は暴れまくっていることだろう。
「あのキメラ獣人を制圧したらここに戻ってくるから、そうしたらお前の知ってる情報を全部吐いてもらうからな! 決して逃げようとするなよ!!」
俺はそう念押しすると、キッチンにイサイを残し、樽を抱えてパーティ会場へと戻った。
「なぜあの時イサイを縛っておかなかったのだ!」とカゲロウに雷を落とされるのは、もうちょっと後の話になる。




