44 カゲロウとクロジのこっそり潜入作戦
突如パーティ会場に現れたカゲロウを見て、俺は頭の中に大量のはてなマークが浮かぶ。
青髪の美男子がスキルを唱えたかと思ったら、いきなり獣人に変身したのだ。
俺でなくてもびっくりすると思う。
「カゲロウ、なんでここに!? っていうか外国の貴族だと思ってたのに、カゲロウが変装してたの? それにクロジはどこにいるんだよ!?」
「俺様なら、ここにいるのニャ―!」
突然、カゲロウが首に巻いていた黒い襟巻が動きだしかと思うと、猫の形となって床に降り立った。
「俺様のこと、気づかなかったのニャ? 高級な襟巻だとでも思ってたのニャ? ヒロもリタもまだまだ修行が足らないのニャー!」
クロジはニャハハと愉快そうに笑っている。
「外国の美男子だと思っていたら実はカゲロウで、襟巻だと思っていたものがクロジで?? 私は一体何を見てるんでしょうか??」
リタは目を白黒させながら、カゲロウとクロジを交互に指さしている。
俺も二人を問い詰めたい気持ちでいっぱいだが、猪の獣人に締め上げられている男性のうめき声を聞いて、はっと我に返った。
「あの人を助けなきゃ!」
「吾輩もそのつもりで身体強化したのだ。非獣人のフリをしてやり過ごしたかったが、目の前で人が殺されるのを黙って見ている訳にはいかんからな」
カゲロウはそう言うと、その辺に落ちていた鉄の棒を拾って構えた。
「あれ、カゲロウがいつも持ってる剣は?」
「あんな大きい武器をパーティ会場に持って入れる訳なかろうが! 宿屋に置いてきたのだ」
「つまり、カゲロウは武器がないってこと!?」
「この鉄の棒きれで戦うしかない。まがいものとはいえ、獣人相手に棒きれごときでどこまで応戦できるのか……」
カゲロウはグルル、と小さく唸った。
「まがいものって言ったけど、あの猪の獣人はやっぱり元は普通の人間なの?」
「そうだろう。そして身体強化ポーションの材料はおそらく……ああ、口に出したくもない! ええい、細かい話は後だ! おい、そこの猪、その手を放すのだ!」
カゲロウが大きな声で言うと、猪の獣人は焦点を失った目でカゲロウの方に向いた。
その眼を見ただけで分かる。相手は明らかに正気ではない。
奴はその手で掴んでいた男性を乱暴に放り投げると、カゲロウのほうへ一歩踏み出した。
獣人は大きく吠えると、太い足で地面を蹴った。頭を低くして、猛スピードでカゲロウに向かって突っ込んでいく。
猛スピードで駆ける猪の獣人。まさに猪突猛進だ。
カゲロウがひらりと身をかわすと、獣人はそのまま壁際のテーブルへと突っ込んだ。
いくつかのテーブルが轟音とともに破壊されたが、獣人は痛がるそぶりもない。すぐに立ち上がると、再びカゲロウに突っ込んでいった。
カゲロウは床を蹴って天井に向かって高く跳ぶと、突っ込んできた獣人の頭の上から鉄の棒を振り下ろし、渾身の一撃をお見舞いした。鈍い打撃音と共に、獣人が横に吹っ飛ぶ。
「やったか!?」
戦闘になれば、カゲロウの右に出る者はなかなかいない。俺は頼もしい気持ちで獣人が吹っ飛んだ方向を見た。倒しきったかどうかは分からないが、さすがに相当なダメージが入ったはずだ。
獣人はその場で立ち上がったものの、ふらふらと大きくよろめいている。
「さすがカゲロウ! あと一発くらいで倒せるんじゃないか?」
「いや、待て」
呑気な俺に対し、カゲロウは至極冷静に言った。
ふらついていた獣人はその場でピタッと立ち止まると、「う、う、う」と苦しそうな声をあげている。
その様子を見たリタが言った。
「カゲロウに吹っ飛ばされて痛がってるのかと思いましたが、どうも様子が変じゃないですか? ……あッ! あれは、羽!?」
リタが指さした先、獣人の背中には、先ほどまでは無かった大きな茶色い羽が生え始めている。羽は背中の皮膚を突き破って生えてきたのか、背中が血まみれだ。
「尻尾もさっきより長くなってるし、爪もさっきより大きく伸びてるのニャ。猪の獣人かと思ってたけど、これは一体なんの動物なのニャ!?!?」
クロジは獣人の異様な様子に、シャーシャーと威嚇している。
リタやクロジが指摘したように、猪の獣人だったはずの男は、もはやキメラのような姿になっている。猪の平たい鼻と牙はそのままに、背中には羽、尻尾は猫のように長く、爪はライオンのように鋭い。
「なんなんだよ、あれは!? ねぇカゲロウ、獣人ってあんな奴もいるのか!?」
「馬鹿言え! あんなに色々な獣が混ざった獣人などいてたまるか! 両親が異なる獣の血を引いていたとしても、子供はどちらかに似るものだ。あんな見た目の獣人など、生まれてこの方見たことがない!」
「じゃぁ、あいつは一体……」
リタがごくり、と唾を飲み込む音が聞こえた。
獣人の異様な変化に、ここにいる全員の理解が追いついていなかった。
「吾輩の嫌な予感が当たったようだ。身体強化ポーションは、おそらく獣人の血液を元に作られているのだ」
相変わらず苦しそうにその場に佇む獣人を見ながら、カゲロウが早口で説明する。
「あの男が飲まされたポーションには、猪とライオンと、何らかの鳥の獣人の血液が入っているのだろう。それがあの男の体の中で暴走しているのだ。獣人と非獣人では体の造りが違い過ぎるのだ。吾輩たちの血を非獣人に入れるなど、無茶にも程がある!」
「あの人を助ける方法はないのか!? それに、あの獣人をあのまま放置してたら、俺達だって無傷ではいられないぞ!」
「そんなこと分かっておるわ! 解毒ポーションを試してみてもいいだろうが、あそこまで強く反応が出ているならあまり期待できん。その辺の解毒ポーションでは手に負えないだろう。どこかに腕の立つヒーラーでもいれば話は別だが……」
「ヒーラーだって?」
ふと目がリタと目が合う。リタはその眼の闘志の炎を灯した。
「ついに私の出番ですね!!」
「そうだ! リタがいるじゃないか! リタは確か、スキルで解毒できるんだよな!?」
「ええ、マイコでクラーケンの毒を浴びた冒険者たちを解毒して回りました。ついに……ついに私の出番が来ましたね……ふふふ」
リタは意味ありげに笑みを浮かべている。ずっとスキルを使って活躍するタイミングを狙っていたらしい。
しかし、カゲロウは苛立ちながら水を差す。
「腕の立つヒーラー、と言ったであろう! リタは回復職ではあるが、経験豊富ではないだろう!?」
「ぐっ」
リタは言葉に詰まった。カゲロウが続ける。
「だいたい、信じられないパワーで暴れ回っている獣人に、どうやって解毒を施すというのだ!? 吾輩もいつもの剣がなく、こんな棒切れで対応しておるのだ。果たして制圧できるかも分からんし、相手は人間だからヒロのスキルも通用しないのであろう? もっと現実的に考えて……」
ドカン!
カゲロウの言葉を遮るように、再び獣人が暴れ出した。猛スピードでこちらに突っ込んできたかと思うと、鋭い爪のついた腕を俺に向かって大きく振りかぶった。
「あぶねぇ!」
間一髪で避けたつもりだったが、頬から生温かい汁が流れてきた。まさかと思い手で触ると、指先が真っ赤に染まっている。
「ヒロさん、顔から血が!!」
「クソ。こんなの、避けきれねぇよ!!」
獣人はクルリと方向転換し、今度はクロジの方へと突っ込んでいった。羽を広げ、斜めから切り裂くようなスピードで飛んでいく。
ガシャーン!
ガラスが粉々に割れる音とともに、テーブルの上のグラスに入っていた飲み物が飛び散った。テーブルも粉々になっている。先ほどよりも威力がアップしているような気がするのは、気のせいではないだろう。
「クロジ、大丈夫か!?」
「ケガはにゃいけど、ジュースをかぶってしまったのニャ。俺様の自慢の毛がベトベトなのニャ!」
「ジュースを、かぶる……?」
その時、俺の頭に一つのアイディアが浮かんだ。俺のスキルは食品か、食品になりうるものにしか反応しない。ならば、飲み物にも反応するのではないか……?
「突破口が見えたかもしれない! みんな聞いてくれ! ここにありったけの飲み物を持ってきて欲しいんだ!」




