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43 パーティは大狂乱

「それでは、身体強化ポーションの効果、とくとご覧あれ!」


 イサイは風船のように丸い体をゆすり、大きな声で呼びかけた。

 パーティ会場の皆の視線が彼に注がれる。


 イサイの目の前には両手を広げたくらいの大きな岩、太い鉄の棒、それから奥の部屋から連れてこられた男がいる。


 この男が身体強化ポーションを飲んで実演するのだろうが、どうにも顔色が悪そうだ。


「あの男の人、なんだか体調が悪そうですね?」


 リタが少し不安げに言った。

 確かに、イサイの前にいる男は猫背で顔色が悪く、目も虚ろだ。


「体調の悪い人が身体強化で元気になりますよっていう実演なのか?」


 俺とリタが首をかしげていると、イサイは「ほら、飲めと言ってるだろ!」と男の髪を掴んだ。


 ずいぶん乱暴に扱うんだな、と思って眺めていると、イサイはそのまま男の口にポーションの瓶を突っ込んだ。ポーションの中身が全て男の喉元に流れたと思うと、男はすっくと立ちあがった。

 

 会場全体がその様子を見守り、しんと静まりかえる。

 イサイはにこやかに会場を見渡した。


「では、今からこの大きな岩を持ち上げてみせましょう。ほうら、前の方にいるあなた、ちょっとこの岩を持ち上げようとしてみてください。どうですか、持ち上がらないくらい重いでしょう? それが、この身体強化ポーションを飲んだ者なら軽々と持ち上げることができるのです。おい、これを持ち上げてみろ」


 イサイが振り返って男に言うと、男はすたすたと岩の前まで移動し、重そうな岩をひょいと持ち上げた。


「すごい! あんな大きな岩を持ち上げられるなんて!」


 リタが感嘆の声をあげる。ポーションを飲むだけであんな怪力を手に入れられるなら、俺だって飲んでみたい。


 怪力が手に入ったら一体どう活用しようか、なんて想像をしていると、岩を持ち上げていたはずの男がぶるぶると震え出した。


「おい見ろよ、あの人、なんか震えてないか?」


「身体強化しても、やっぱり重いものは重いということですかね」


 重いから震えているのか? 何かおかしくないか?


 会場が見守る中、男はぶるぶると震えたまま、やがて岩を床に取り落とした。

 ガツン! と大きな音が鳴る。


「おい、床に傷がついたらどうしてくれる!」と言うイサイを尻目に、男は低い唸り声をあげ始めた。


「ヴヴヴ……ググルゥゥゥゥ」


 その様子を目にした会場がざわつき始めた。


「一体どうなってるんだ?」

「身体強化ポーションだなんて、やっぱり無理だったのね」

「変な副作用でも出てるんじゃないか」


 人々は心配するそぶりを見せるが、皆どこか他人事だ。

 男は両手をダランとぶら下げたまま、唸り続けている。口元からヨダレが垂れるのが見えた。


 何かがおかしい。


「リタ、なんか嫌な予感がする。逃げよう」


「逃げようって言ったって、どこへ? パーティだってまだ続くんですよ。情報収集はどうするんですか」


「情報収集は後回しだ! 俺のカンが何かマズいって言ってる! さっさと制服をさっきの男女に返して逃げよう!」


 しかし遅かった。


 制服なんて返そうと思わず、おかしいと感じた瞬間にリタの手を取って会場の外に逃げれば良かったのだ。


「ガァァァァァ!!」


 男は獣のような唸り声を上げたかと思うと、目の前にあった岩を高く持ち上げ、天井に向かって投げた。


 投げられた岩は天井のシャンデリアをかすめ、そのまま放物線を描いて床に落ちていった。シャンデリアが無事だったのは幸いだったが、その後がよくなかった。


 岩は落ちた先にいた若いカップルを下敷きにしたのだ。


「きゃあああああ!」


 ひとつ悲鳴があがると、それは波をうつように会場全体へと広がっていった。

 会場の出入り口には、我先にと逃げようとする人々が群がる。


「どうしましょう、どうしましょう! あの身体強化ポーションを飲んだ人、様子が変ですよ!? 私達も逃げないと!」


「だからさっきから逃げようって言ってるじゃないか!」


 男を見ると、相変わらずヨダレを垂らしながら、何もない所をじっと見つめている。


「あの人、動かなくなったな。ポーションが切れたんだろうか? 今のうちに外に出ようぜ」


「ヒ、ヒロさん! あれ見てください! ポーションが切れたんじゃなさそうです!」


「なんだって?」


 振り返り、もう一度男のほうを見る。

 

 すると、男は怒りの形相で声にならない唸り声をあげている。怒っているようにも見えるし、苦しんでいるようにも見える。


 その体は筋肉で一回りも二回りも大きくなり、体の表面は獣の体毛で覆われはじめた。


「なんだよあれ……もしかして……獣人か!?」


 俺の声に反応したのか、周りの人々も男の異常な変化に気づき始めた。


「どうしてここに獣人がいるんだ!?」

「おい、あいつまた暴れ出すんじゃないか? 誰か取り押さえてくれ!」


 人々は口々に叫びながら入り口へと向かう。

 俺達も同じように入り口から脱出しようとすると、いつの間にか背後に立っていたイサイにむんずと襟首を掴まれた。


「お前ら使用人は中に残れ! 貴族の方々を先に逃がすのだ! 最悪の場合、お前らが盾となり貴族の方々をお守りするのだ!」


 イサイは俺達がジュリアの従者だとは気づいていないようだった。他の使用人たちにも同じように、逃げるな、盾になれ、と言っている。


「使用人だって同じ人間なのに、どうして私達が盾にならなくちゃいけないんですか!」


 リタが抗議すると、イサイは唾を飛ばしながら「黙れ!」と叫んだ。


「こんなハズじゃなかった。今までの実験では上手くいっていたのだ……。こんなことは初めてだ。やはり獣人の血など使うもんじゃない……」


 イサイは青い顔でぶつぶつと呟いた。

 

 獣人の血ってどういうことですか、と尋ねようとしたその時、俺の顔の横を何かがかすめた。


 物が飛んできた方向を見ると、獣人化した男はその辺にあるものを手あたり次第周囲になげつけているではないか。危ない、と声を発する間もなく、再び皿がものすごいスピードで飛んできた。


 パリン!


 投げつけられた皿は料理をまき散らしながら、俺の後方にあった壁に叩きつけられて粉々になった。

早く逃げなければ、俺もこの皿のような運命をたどるに違いない。


「ヒロさん、何かスキルで応戦できませんか!?」


 リタが懇願するような目でこちらを見る。リタも何かを投げつけられたのだろう、額の辺りにうっすら切り傷がある。


「応戦っていったって、俺のスキルは食材にしか反応しないんだ。食べられるモンスターには反応するけど、人には使えない!」


「ヒロさんの役立たずっ!」


「な、なんて言いざまだ!! 帰ったら覚えとけよ!!」


 そう言っている間にも、獣人は手あたり次第に物を投げつけている。皿やグラスだけでなく、重そうな椅子なども飛び交っている。


 入り口に向かって逃げようとする人、怪我をして倒れ込む人、腰が抜けてその場に座り込む人などで、もう会場は収拾がつかなくなっている。


 ジュリアと爺やがどこにいるかも分からない。二人のことも心配だが、俺達だって無事でいられるか分からない。


 こんな時カゲロウがいてくれたら、と思うが、そんなことを考えてもどうにもならない。このまま獣人の気が済むまで待つのか、うまく逃げるか、それとも……。


 その時、女性の甲高い悲鳴があがった。


「あなた! あなた!」


 必死に叫ぶ女性の目線の先には、獣人に首をつかまれた男性が苦しそうにもがいている。

 身体強化ポーションを飲まされた男は、もう元の面影はなく、今や立派な猪の獣人となっていた。


 顔には殺傷能力の高そうな牙が生えている。あんなもので突かれたらひとたまりもないだろう。


 獣人は男性の首を高く持ち上げた。苦し気にもがいていた男性が、だんだんと動かなくなってくる。


「あのままだと、殺されちゃいます!」


 リタが悲鳴に近い声をあげた時、獣人の前に背の高い男性が立ちはだかった。


「あ、外国貴族の人!」


 リタが指を指す。外国貴族はこちらを一瞥すると、獣人に向き直った。


 あの獣人を止めるつもりなのかもしれないが、あんなお上品な貴族の手に負える相手ではない。早く逃げろ——と言いかけたところで、外国貴族が忌々しげに口を開いた。


「身体強化ポーションだかなんだか知らぬが、お前のせいでまた獣人のイメージが悪くなるのだ! ああ、腹立たしい! 【身体強化】!」


 外国貴族がそう言ってスキルを発動すると、みるみるその体表が深い青色のふさふさとした毛で覆われていく。耳は頭の上に伸び、鼻と口が前に大きくせり出す。


 外国の貴族だと思っていた美男子は、あっという間に俺のよく知る人物へと変貌を遂げた。


「なんでカゲロウがここにいるんだよ!!!!」


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