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42 エレガンス製薬のちょっと怪しい新商品

 リタが急にスキルを唱えたかと思うと、目の前の男女が床に倒れ込み、スヤスヤと寝息を立てだしたではないか!


「一体どうなってるんだ!? リタ、こんなスキル持ってたのか!?」


「あれ、ヒロさん覚えていませんか? ポイズンビーの幼虫を食べたときに獲得した『安眠スキル』ですよ。あの時は使い道がないかもって思いましたが、今日ここで役に立ってよかったです。どうやら、対象者を瞬時に寝させる能力があるみたいですね」


「こんな便利な能力があるなら、ソワルセルパンと戦った時に使ってくれれば良かったのに!」


「あの時はソワルセルパンの恐ろしさに気が動転していて、思いつかなかったんですよ。しょうがないじゃないですか」


 リタは全く悪びれずに言う。


「それより、この二人を目立たないところに運ぶから、手伝ってください」


 リタと力を合わせ、男女をパーティ会場の外へと運ぶ。物置の影まで運んだあと制服を脱がせて拝借し、申し訳ないと思いながらも手足を縛った。さらに口には猿ぐつわをはめた。


 これでこの人たちの目が覚めても、俺達のやったことはすぐには発覚しないだろう。

 

 物置の影に転がされた男女を見ていると、胸の中にムクムクと罪悪感が湧き上がる。


 ここまでくると、ほぼ犯罪である。

 いや、制服を勝手に拝借して、今からキッチンに不法潜入するのだから、もはやれっきとした犯罪だ。


「情報収集のためとはいえ、こんな犯罪に手を染めるとは思ってもみなかったよ」


「ヒロさんの地元ではこれって犯罪なんですか? ちょっとお昼寝してもらって、ちょっと制服を借りるだけじゃないですか! それに、あとでちゃんと制服も返すつもりです。情報収集の間だけお借りするんですから、何も悪いことしてませんって」


「お……おう」


 リタの意外な大胆さに圧倒されつつ、俺達は手早く服を着替える。

 

 そのままキッチンに向かおうとすると、先ほどの外国貴族と思しき美男子が向かいから歩いてきた。俺はリタの服を引っ張って、素早く柱の影に身を隠す。


「なんで隠れる必要があるんです?」


「いや、なんとなく後ろめたくって、つい隠れちまった。それに俺達は偽物のスタッフな訳だから、料理や飲み物についてあれこれ聞かれたら困るだろ」


「うーん、確かにそうかもしれません。ところで、あの外国貴族さんはどこに行くんでしょうか? こっちにはトイレもないですし、パーティ会場は真逆の方向ですし」


「外の空気を吸いたくなったとか? それなら入り口の方に出ればいいよな? なんでこんな裏の方に回ってきてるんだ?」


 そっと様子を伺うと、例の外国貴族はあたりをきょろきょろと伺っているようだった。


「あの人も何かを探しているのかもしれませんねぇ」


「何かって?」


「そんなの分かりませんよぉ。でも人数も多いパーティですし、色々な思惑が絡み合ってるんでしょう。ささ、私たちも情報収集ですよ! いざ、キッチンへ!」


 リタに引っ張られて、キッチンへと向かう。キッチンに近づくと肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきて、思わず腹がぐうっと鳴った。

 

 そういや腹が減ったなと思い、胃のあたりをさすっていると、コックの一人が「おい! そこの二人!」と怒鳴った。


「は、はひ!?」


 びっくりして思わず飛び上がりそうになった。

 もしや早速バレたのか?


 おそるおそる声のする方を見たが、どうやらバレた訳ではないらしい。


「間抜けな声を出してんじゃねぇ。料理が冷めねぇうちに、とっとと運びやがれ!」


「かしこまりました!」


 こういった指示をされるということは、ちゃんとスタッフの一人に見えているということだろう。


 ほっと胸を撫でおろすと、その辺にあったトレーに焼き立ての肉が盛られた皿を載せて、ゆっくりと歩き出す。


「モタモタしてんじゃねぇ!」


「は、はいっ」


 ちらりと後ろを振り向くと、リタはトレーにデザートを載せてちゃかちゃかと歩いていた。何かつまみ食いしたのであろう。彼女の頬がうっすら膨らんでいることを、俺は見逃さなかった。


 料理を持ってパーティ会場に戻ると、エレガンス製薬のイサイがなにやら大声で演説している。


「皆さま、パーティは存分に楽しんでいらっしゃいますでしょうか。さて、エレガンス製薬は創業から10年、それまで難しかったポーションの大量生産に成功し、またそれを比較的安価で薬品を販売してきたことにより、皆さまの生活に大きく役立ってきたと自負しております」


「なぁにが『役立ってきたと自負しております』ですか。おかげ様で私のようなヒーラーは閑職に追い込まれてロクに仕事もありませんよ」


 得意げに話すイサイを睨みつけ、リタが小声で言った。


「しっ、静かにしろ」


 リタは「フンッ」と不満げに鼻を鳴らすと、持っていたトレーに載っている焼き菓子をひょいと口に入れた。


 イサイは会場全体を見回しながら話を続ける。


「地方にお住まいの貴族の皆様の助けもあって、エレガンス製薬はその販路を全国に広めて参りました。小さな薬品工房として始まったわが社がここまで成長できたのは、ひとえに皆様のおかげです。本当にありがたいことです。今日はこの場をお借りして、普段お世話になっている皆さまに、いち早くわが社の新商品についてお伝えしようと思っているのです」


 イサイが「新商品」と口にした瞬間、それまで食事に夢中だった人も手を止め、会場の全ての客の視線が一心に彼へと注がれた。


「この度、わが社は実現不可能と言われていた【身体強化ポーション】の製造に成功したのです!」


 イサイが得意げに声を張り上げると、途端に会場内がざわついた。


「身体強化だって?」

「そんな夢のような話が!?」


 人々の興奮する様子を見て、それがいかに難しいことで、なおかつ、いかに人々の興味を引くものであるのかということに気づく。


 俺のすぐ傍に立っていたひげ面の男性が「ほぉ! 身体強化とは!」と感心した声を出した。俺は思わずその人に尋ねる。


「身体強化ポーションって、そんなに作るのが難しいんですか?」


「そりゃぁそうさ。元々、身体強化はスキルだからね。そのスキルを保持していない人は使えないだろ? ところがポーションとして摂取できるのなら、例え一時的であっても自分の持っていないスキルを手にすることができるんだ。これは画期的だよ」


「それは冒険者にとって役立つってことですか?」


「いやいや、肉体労働の仕事の人なら誰にでも役立つんじゃないかなぁ。それにケガや病気をした人の回復を早めることもできるかもしれない。研究が進めば、他にも応用できるかもしれない。これは画期的な発明と言っていい!」


 男性は興奮しながら言った。

 もし俺も身体強化ができるなら、万が一モンスターに襲われても楽に逃げ切ることができるのだろうか。


 俺にも一本サンプルを分けてくれないかなぁなどと思っていると、イサイが再び喋り出した。


「今日はこの新商品を皆様にお配りしようと思います」


 イサイがそう言うと、会場内が驚きと喜びの声で包まれた。

 どの世界でも、新商品というのは皆の心を躍らせるらしい。


「しかし、新商品と言っても薬です。いきなり服用しろと言われても、皆さま不安だと思います。ですから、今日はわが社のスタッフにこのポーションを服用させ、実際にどれほどの効果があるのか、皆さまのその眼で確かめて頂こうと思うのです!」


 イサイが部屋の隅にいた使用人に目で合図を送ると、使用人は奥の部屋から太い鉄の棒のようなものや、大きな岩を運び込んでいた。


「身体強化して、あの岩を割ったりするってことでしょうか?」


 横からリタが耳打ちしてくる。


「いや、あの岩を軽々持ち上げるのかもしれないぜ」


 実はその両方が行われ、なおかつとんだトラブルになるだなんてことは、この時の俺達には知る由もなかった。


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